第4話 一次試験

 時は少し遡り、書類を渡しに行ったサラを待つ間ユヅルは冒険者組合の中を物色していた。依頼掲示板(ランクごとの依頼例のみの展示であり依頼は受けられない)や食事処、他にも訓練場やミーティングルームなど様々な設備がある。一応冒険者組合は国営の機関であるため、こういった設備は必要であれば増やすことができるようだ。

 さて、ユヅルは数分ほどで冒険者組合のほぼ全てを見終わってしまい、手持無沙汰といった状態でロビーをうろうろしていた。というのも、ユヅルはまだ冒険者ではないためどこにいればいいのかイマイチわかっていないのである。まぁサラに待っていてくださいと言われたためカウンターでじっとしていればいいだけなのだが、なんだか居心地が悪そうな様子である。


「ユヅルさん!すみません、お待たせしてしまって…」


ただ、ユヅルの居心地の悪さはサラが帰ってきてくれたために解消された。ユヅルはホッとしつつ気にしていない旨を伝えたが、サラは「でも…」と何故か食い下がって来た。ユヅルはそんなサラに疑問を持ちつつ、少し考えて納得したのかサラを真っ直ぐ見据えて微笑むと、


「僕はこのくらい気にしないから、大丈夫だよ。どうしても気にしちゃうならそれでも大丈夫だよ」


そう小さい声で告げた。サラは安堵したような表情を浮かべるとこくんと頷いた。

 そのままユヅルはサラから冒険者になるための試験に関する説明を受ける。そっちを片手間で聞きつつ、ユヅルは別のことを考えていた。


(…っていうか本当に顔がいい。僕はまだ百年は戦える…ふっふっふっ)


「…ユヅルさん、説明聞いてます?」


考えていたのだが、何故かサラにそう言われ、なおかつジト目で見られていた。若干動揺しつつ、ユヅルは声を裏返しながら「聞いてます」と返した。尚、ユヅルは説明を片手間で聞いていたので一応嘘ではない。思考の大部分がサラのことだっただけで。一度だけサラは本当かどうか確認し、ユヅルは尚も聞いていたと言ったため少し頬を膨らませながら「もう、知りませんよ」と言った。

 さて、試験に関しては至って単純で最初に試験官と軽い模擬戦闘を行い、その後合格基準を満たしていればEランク魔物との戦闘、それを終えたら二次試験の一週間のサバイバルが控えているらしい。それをクリアして初めて冒険者として認められる───かと思いきや、一次試験を突破しただけでも冒険者としては認められ、簡単な依頼を受けて生活できるようだ。二次試験に合格すると、Dランク冒険者として活動できるらしい。要するにスタートダッシュの地点が変わるというわけだ。

 そこまでの説明を受けたユヅルがサラに礼を告げると、サラは首を横に振って仕事なので、と返した。そしてすぐ、


「と、いうわけでユヅルさん。一次試験を早速受けましょう」


冒険者組合を後にしようとしていたユヅルに向けてそう言った。即日で受けられるのか、と驚愕するユヅルだったが、サラに準備は整ってますよ、と更に押されてしまったため断るに断れなくなってしまった。「逃げていい?」「駄目です」なんていう即レスがあったものだから尚更である。ユヅルとしてはもう今日はサラを十分過ぎるほど堪能したので宿に帰ってゴロゴロしたり王都の地理を把握するつもりであったのだが、そうもいかないようである。

 さて、そんなことを考えているユヅルを他所に、サラはカウンターの脇にある扉にユヅルを誘導すべく行動を開始した。ユヅルはサラの誘導に従って移動し、備え付けの訓練場へと足を踏み入れた。中はドーム状になっており、石造りの地面に鉄格子が周囲を取り囲んでいる。魔物との戦闘も視野に入れているためかかなり頑丈かつ堅牢に作られているようだ。

 サラはユヅルを訓練場の中央辺りで待たせると入口とは逆方向にある出入口に入って行った。一方のユヅルは試験官とかそんなにすぐ融通が利くものだろうか、と疑問に疑問を重ねるが答えは無論出ない。ただ、そんな疑問はサラが連れてきた試験官の姿を見た瞬間全て吹き飛び、驚いて固まってしまった。試験官は黒髪黒目の30代半ばの女性で、腰には刀が差してある。ユヅルのことを慈しむような視線で見つめている女性はユヅルに向け、刀を鞘から抜き放ちつつ告げる。


「───久しぶりね、ユヅル君。元気にしていたかしら?」


対するユヅルも冷や汗を書きつつ、口の端を持ち上げて笑うと、


「…お久しぶりですね、アサギ師匠」


自らも刀を鞘から抜き放ちつつそう告げた。あくまでも冷静に刀を抜いたユヅルを見てアサギは満足げに笑みを浮かべると一次試験の開始を告げた。


 一次試験前半の合格基準は単純で三分間、戦闘不能にならないこと。場合によっては試験官を倒すことも認められている。つまり、ユヅルはアサギからの攻撃を三分間凌ぐか、アサギを戦闘不能にすることが合格へのカギになってくる。

 だがしかし先に動いたのはユヅルだった。軽く地を蹴ってアサギの間合いを測るために距離を詰める。軽く、とはいえかなりの速度があるため、少なくとも鉄格子の外から見学している一般人のサラにはその姿は捉えられなかった。アサギにとってはそうではなく、ジャブ代わりに放たれた軽めの横薙ぎを刀を寝かせて受け流す。対するユヅルは受け流された体制のまま体を回して距離を取った。

 一呼吸置いてすぐ、今度はアサギが地を蹴った。先ほどのユヅルと遜色ない速さで接近しつつ、巧みな足捌きで微かに攻撃タイミングをズラしている。ユヅルは若干アサギの体捌きに翻弄されつつも四方八方から来る斬撃を的確に避け、あるいは受け流して去なしていく。

 そうこうしている内に残りは一分となった。お互い決定打はなく、しかしアサギに比べてユヅルの疲労が激しいように見える。体を揺らしてユヅルを牽制するアサギに対して、ユヅルは四方八方からの攻撃を常に警戒していなければならない都合上、精神的な疲労はアサギの非にならない。当然、アサギが警戒すべきはカウンターのみであるため、その分の思考リソースが余っているのだ。

 だがユヅルとてただでやられているわけではない。攻撃の合間を縫って後ろに大きく跳躍、アサギから距離を取ることに成功した。そしてそのタイミングで三分のベルが鳴り、戦闘は終了した。


 二分ほど休憩を挟んで、訓練場の脇にある休憩場にて。


「…で、なんで師匠が試験官なんですか。教え子の未来をぐちゃぐちゃにしてやろうって魂胆ですか。あーそうですか師匠ってそんな性悪だったんですね泣きます」


ユヅルは開口一番、アサギに向かってそう皮肉った。対するアサギはその言葉にムッとしたように頬を膨らませると「失礼ね!仕事なんだから仕方ないでしょっ!!」とツッコんでいた。この場にはユヅルとアサギ、そして二人の様子を見ていたサラのみがおり、ほぼ身内しかいないためアサギの口調も思考も非常に乱れている。

 そんなアサギとユヅルに向けて、サラは当然と言えば当然の疑問を呈するべく口を開いた。


「あの…お二人はどういう関係なんですか?やけに仲が良さそうというか…」


その言葉にそれまで若干言い争っていたユヅルとアサギは顔を見合わせたが、ユヅルは説明をアサギに押し付けた。押し付けられたアサギは仕方ないなぁと言わんばかりの表情を浮かべつつ、どこをどう話すか頭を捻る。


「…んまぁ簡単に言えば私達は師弟で、なおかつ同郷なのよ。ユヅル君が小さい頃から鍛えてきたから、こんなに可愛く育ったのよね」


ニコニコしながらそう言うアサギに対し「可愛いは余計です」と透かさずツッコミを入れたユヅルだが、更に補足するため口を開いた。


「まぁ…ちょっと色々あって強くならなくちゃいけなかったから、フツ村で強い方だった師匠に弟子入りしたって感じ。まぁ…それでも僕は師匠に勝てないし前とあんまり変わらなかったんだけどね」


苦笑しつつそうは言ったが、アサギは少なくとも制限時間内にユヅルを倒せなかったことに驚きつつ素直に喜んでいる様子だった。そんなことを露程も知らないユヅルは、それにしても、とばかりにアサギを見た。


「休憩中に聞いたんですけど、師匠って冒険者組合の組合長だったんですね」


ユヅルのその言葉を聞いたアサギは「あ、それ聞いちゃう?聞いちゃう?」とばかりに鼻高々にそうだと宣言した。そして、


「なんたって前任者の組合長とは取っになって、そして勝って手に入れた座だから!!」


訓練場に氷河期が訪れた。ユヅルとサラは凍り付き、一面が凍っている。尚、全て比喩表現である。そんな中、サラはユヅルに凍り付いた表情のまま耳打ちする。


「…ユヅルさん、フツ村の人って皆さんダジャレがお好きな方々なんでしょうか」


ユヅルはサラの言葉をすぐ否定することができなかった。いや、むしろ自分もよく氷河期を巻き起こしているため全く否定できなかった。

 流石に凍り付いた空気を感じ取ったアサギがコホンッと咳ばらいをすると、「とにかく!組合員候補生ユヅルの一次試験前半の合格を宣言する!!」と誤魔化した。そんなアサギをジト目で見る二人の姿がある。


「…逃げたな(ましたね)」


アサギは、何も言い返せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る