第3話 冒険者組合

 翌日、ユヅルは冒険者登録をするために冒険者組合へとやって来た。結局先日は観光やらサラの介抱やらでそれどころではなかったため、一日延期したわけである。そんなわけで冒険者組合やって来たユヅルだったが、中に入る直前で冒険者組合でサラが働いているということを思い出した。

 思い出してからというもの、今更先の発言を思い出して一人で恥ずかしくなっているユヅルは入口で立ち止まり頭を抱える。現状、傍から見たらただのやべーヤツである。が、しかし、そんなやべーヤツに話しかける人物がいた。


「ユヅルさん…?なんで入口で頭を抱えているんですか…」


入口の扉を開いて目を丸くしながらユヅルに話しかけたのは、他でもない悩みの種(というには些か自分のことが多すぎる)であるサラだった。ヒュッとユヅルの口から変な音が漏れたが、すぐに体制を整えるとフッと笑ってキメ顔をしながら告げる。


「冒険者登録をしに来ました!!」


サラはキメ顔も何もかもスルーしてこちらへどうぞ~と接客することしかできなかった。ユヅルは心の中で大号泣しつつ固まっていたら入口で立ち止まるな、と怒られた。今度は物理的に泣いた。


 それはさておき、冒険者組合の中へと入ったユヅルは周囲からの視線の多さに戸惑っていた。なんで…と思わず呟いたが、ユヅルを応対しているサラが困ったように笑うだけで答える者は誰もいない。勿論、不審者と一緒にサラが入ってきたからであるが、登録をしに来る人で極稀に本当に不審者がいたりするので警戒しているだけ、という節もある。


 それはさておき、ユヅルはサラから渡された登録にあたって必要となる用紙に文字を書き込んでいく。名前や年齢、出身地などの基本的な情報に加えて得意分野を記載する欄がある。ここで嘘を書いてもこの後に控えている適性検査ですぐにボロが出るため正確に記載する必要があるだろう。ユヅルは5分ほどで用紙への記載を終えてサラに手渡した。用紙を渡されたサラはそこに書かれた内容に目を通していく。こうして見ていると到底15歳には見えないな、とユヅルは頭の片隅で考えた。

 程なくして、サラは『得意分野』と書かれている欄を指さしてユヅルに見せる。そこには『特になし』と書いてあった。


「…ユヅルさん、得意分野が特になし、ってどういうことですか…?」


少し心配しているのか恐る恐るといった感じでサラはユヅルにそう問いかけた。対するユヅルはあっけらかんとした態度で「全部それなりにしかできなくて…得意なことがないんだよね僕」と答えた。その答えに少し戸惑っていた様子のサラだったが、ユヅルにできそうなことを書いて提出してもらうことで話が付いた。


「とりあえず『剣』って書いておいたけど大丈夫?なんか試験とかあるって聞いてるんだけど…」


書き終えた用紙を渡しつつ、ユヅルがサラに問いかける。書類を見ながら、サラはユヅルの腰に差してあった刀を見た。というのも『剣』と『刀』を同列に扱っていいものか、という疑問が湧いたからである。ユヅルも刀に向けられた視線に気が付いたのか、苦笑しながら刀をカウンターに置いた。


「『刀』も『剣』も、何かを傷つけるって点では変わらないから一緒のモノだって思ってるから剣ができるって書いたんだけど…刀にしたほうが良かったら変えるよ」


その言葉にサラは首を横に振って大丈夫だ、という旨を伝えると、用紙をバインダーに挟んで試験内容の説明を始めた。尚、情報開示をし過ぎると贔屓や八百長があったとして試験そのものを受けることができなくなり、最悪投獄されるため、こういう際の対応はマニュアル化されている。

 試験は大まかにわけて二つあり、戦闘面での実力とサバイバル面での実力を測る試験である。戦闘面は試験官との戦闘と魔物との戦闘両方行われ、その後適正ありと判断された場合にのみ限りサバイバル面の試験が待っているというわけである。そこでサラは一旦説明を区切ると、


「その辺も含めた冒険者組合に関する詳しい説明もしますね」


ユヅルを見て微笑みながらそう告げた。

 10分ほど後、説明を受け終えたユヅルがカウンターでゲッソリしていた。ユヅルは暗記が苦手なため詰め込まれた情報量を処理するのに手一杯なようだ。


「…頭熱い、まるで茹でダコだよ…リしてるから本当は茹でただけど」


ついでに頭もどこかおかしくしたようで、くだらないダジャレを言う始末である。サラから受けた説明は冒険者組合におけるランク制度とそれに応じた依頼料と依頼の難易度、指名依頼や国との接点まで様々だ。ランクに関しては簡単で一番下がEランク、そして一番上がSランクである。冒険者組合の組合員になった段階でEランクになり、すぐに依頼を受けることもできる。最初に関してはパーティを組まなければならないという制約はあるものの、それ以外は基本的に自由である。

 サラは少しだけ心配そうにユヅルを見ていたが、ダジャレのせいで無表情どころか絶対零度と言わんばかりのポーカーフェイスを浮かべたかと思うと、


「組合長に書類提出してきます。ユヅルさんはどっか適当なところいてください」


踵を返してそう言いながら組合の奥へ消えていく。「え、っと…僕の扱い、雑過ぎ!?」などとまだ戯言を言っているユヅルだったがそのまま置いてけぼりにされるのだった。


 ユヅルから提出された用紙を持ったサラが冒険者組合の奥へと入っていく。その先には超がつくほどに多い書類と、それを鬼の形相で整理する人々の姿があった。王都の冒険者組合には大小様々な依頼が寄せられるため、それらを全て整理整頓したり正式な文書にしたりするのは全て冒険者組合員の仕事なのである。だからこそ就職は20歳からであることが必須条件となっているわけだが。

 そして一番奥にある執務室で煙草の煙を纏いながら眼鏡を光らせあらゆる書類に目を通しつつ『認可』『不認可』『保留』の書類をそれぞれ仕分けているのが、王都冒険者組合の組合長であるアサギである。歴代の組合長の年齢が大抵初老の年齢であるのに対し、アサギは30代前半という若い年齢で王都の組合長になっているスーパーエリートであり、基本的には不正や蛮行を許さない人物である。それに加えて珍しい黒髪黒目が特徴的である。

 ユヅルの書類を持ったサラが執務室の中に入ると、アサギは相変わらず煙草を吸いながら仕事をこなしていた。サラは組合長、と声をかけて書類を渡す。アサギはサラの方を見ずに書類のみを受け取ると、目を通し始めた。基本的に冒険者組合員は自身が推薦する冒険者候補の書類を自分で組合長へ持っていく取り決めがある。冒険者が問題を起こした時に誰が冒険者組合へ推薦したかわかりやすくするためである(不正防止のため)。

 アサギはある程度項目に目を通し終わると書類を置き、サラを真っ直ぐ見据えて口を開いた。


「それで、この青年が冒険者組合に入りたいってことだったね、ホアイト君」


当然、サラとて15歳の就職が禁じられていながら冒険者組合で働く身であるため、不正を許さないアサギの圧は少し恐ろしいものがあるだろう。無論、採用したのもアサギではあるが、それでも不正はしているのだ。サラと言えども緊張───


「ま~~~~~可愛い可愛い君の推薦だから全ッ然オッケー!おばさんオールオッケーしちゃう!!」


───別の意味で緊張が走っているサラは額に手を当てて現状を憂いながら冷静に…そう、あくまで冷静に「組合長、仕事中ですのでお静かに…」と告げる。

 先の発言からわかる通り普段はただの残念なおばさんである。サラに一目惚れ(?)した挙句冒険者組合で働くことを許可した張本人であることからもわかるだろう。ここだけ聞くと聞こえが悪すぎるが、補足しておくのであれば現状ユヅルとサラの家族以外で唯一サラの事情を知っている人間であり、サラを冒険者組合に入れたのは彼女を助けるためにしたことである。

 さて、静かにしてと注意されたアサギだがそんなことはお構いなしに仕事中でありながらサラに抱き着く。当のサラは最早抵抗を諦め無表情である。


「でもさーサラちゃん。やっぱり仕事には息抜きが必要なのよ。その点ではサラちゃんはこの世界の誰よりも役に立ってくれてるわ!いつもありがとうね!!大好きよ!!!」


旦那さんが泣きますよ…とサラは思ったが口にはしないし、そのまま耳元で大声を出すアサギから鼓膜を守るために両手で耳を塞いだ。無論、アサギの言動のほとんどは冗談である。

 ここまでされて全く動じなくなったサラに「かわいいサラちゃんが見れなくておばさん悲しいわ~」などと言いながら抱き着くのをやめると執務机まで戻った。


「…ま、おふざけもこのくらいにしましょうか」


そしてそのままアサギは眼鏡をクイッと上げつつ煙草に火を着け仕事モードに移行し、その一言を聞いたサラも表情を引き締める。脚を組みながら尊大な態度で書類に再び目を通すその姿は、ある一種の芸術のようであった。


「…他でもない君からの推薦というわけだったね。見たところ経歴詐称もないし偽造の痕跡も見受けられない。問題なく試験に通して良さそうだ」


そう言いつつ書類に判を押して『認可』へと仕分け、アサギは礼をしていたサラを下がらせた。


 サラを下がらせ、一人になった執務室で大きくため息をつく。やがて目を細めて先程『認可』へ仕分けたユヅルの書類を見つめる。その目にはかつての情景が映っているのか、どこか懐かしさを感じているようだった。


 土砂降りの雨とボロボロの少年。地面に滲みる鮮血と少年に抱えられる少女。少女はピクリとも動かず少年はただ、赤に染まりながら少女に泣き縋っている。


───僕のせいで…ッ…僕が……ッ!!!僕が代わりに死んでいれば…!!!!


その情景と少年の慟哭を打ち払うようにアサギは瞼を閉じ、そして口の端を持ち上げて笑うと、


「…ユヅル君、貴方は今大切なモノを護れるだけの力があるかしら」


様々な感情の籠った声音でそう呟くのだった。

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