毒親に悩まされている子に恋をした

さけずき

第1話 王都での出会い

 とある世界のとある大陸にあるコーテー王国という国の極東に位置するフツ村という村は平和な村である。魔物は出るが、その魔物を狩って村人達は暮らしている。


「ふぅ…これでヒドラも討伐完了っと」


 黒髪黒目の青年、ユヅルもその内の一人だ。ヒドラはここらで出現する魔物の中では最も強いと言っても過言じゃない。八つの頭を持ち、炎を吐いてきたりするし知能も高いし鱗もオリハルコンという世界最高峰の金属で作られた剣じゃないと断ち切れないくらいである。そしてユヅルの持っている一番強い剣がそのオリハルコン製で、入手が困難過ぎることとヒドラが一国を滅ぼしかねないほど危険であることを除けば簡単に倒せる相手である。尤も、倒した本人は剣のお陰だと思い込んでいるようだ。


 さて、腹を割いてヒドラの内臓を抜いて血抜きも済ませてから数mにもなるヒドラを持ってユヅルは村まで駆ける。今日はヒドラ肉を使った豪勢な食事だろう、と一人で心を躍らせる彼だったが、その日は別の村人が狩ってきた猪肉の残りを食べさせられることになり、ヒドラ肉は翌日に持ち越されることとなった。

 ヒドラ肉は少し硬いのだが、長時間煮込んで柔らかくしてから食べるのは絶品である。醤油や味噌で味付けして米に乗せて食べるのが一番美味しく、ユヅルも最近になって一番の好物という程食べている。

 翌日、ユヅルは朝からヒドラ肉を食べて元気を出している。ユヅルは朝に弱く、こうしてしっかり早起きできるのはヒドラ肉がある時くらいのものだ。


 朝からゆっくりじっくりヒドラ肉を味わって食べていたユヅルを尻目に、台所で食器を洗っている彼の母が溜息をつく。その直後、「ちょっとユヅル、父さんと母さんから話があるんだけど」とユヅルに声をかけた。ユヅルは無視したかったが、どうせ無視しても後々面倒になるだけだとわかっているので「ヒドラ肉に免じて今日は勘弁してくれない?」と必死に頼み込んだ。勿論却下され絶望していた。


 閑話休題。ユヅルがご飯を食べ終わり、食器を片付け終わると、両親揃って既に席についていた。それを見たユヅルはお腹を痛くしつつ、向かい側の席に着く。そして父が開口一番、


「王都に行け!!!!」


そう言った。声が大きいのは非常に迷惑なのでやめて欲しいしなんでそういう結論に至ったのかもわからなかったけど怖いので頷くしかなかったユヅルは心の中で嫌だと大声で叫んだ。ちなみに理由は何となくらしいのだが、何となくで一人旅立たされるこっちの身にもなって欲しいとばかりにユヅルは遠い目で窓の外を見つめるしかなかった。


 その日の内に準備を済ませ、両親に見送られながら早々にユヅルは旅立ったのである。息子の背中を見送ったユヅルの両親は先ほどまでの強引さとは正反対に、心配そうに眉を顰める。


「…いくら王の命令だからって、王都に行かせる必要はないと思うんだけれど」


「わかってるだろ?俺達も一応王に仕える身だ。それに、あの子も成人したんだから、外の世界を見てみるのも悪くないだろうさ」


両親はそのまましばらく、ユヅルの去って行った方角を見つめ続けた。


 一方のユヅルはトボトボと重い足取りで王都へ向かう。だが、無意識であるからかその速度は馬車と同じくらいのスピードだ。途中で更に落ち込み、無意識にかなり速度を上げてしまったため、かなりの距離を半日で移動しきった。そうして気づいたときには王都に到着していたのである。

 これに焦ったのはユヅルだ。このままバックレてもバレないはずだ!と考えたユヅルはその場から去ろうと考え王都へ入る門の直前まで来てUターンした。


「おい!そこの者、止まれ!!」


 が、門番に呼び止められた。そりゃ、門の直前でUターンなど怪しさ満点、呼び止められるのも必然である。呼び止められたユヅルはヒッと小さい悲鳴を上げると振り向いてペコペコしながら「あ、怪しいモンじゃないです、ええ…あの、そういうことなので、へへ」と誤魔化そうとしたが上手くいかず、


「上から聞いてる通りの特徴だな。お前がフツ村のユヅルか?」


あわや大惨事、と思いきや呼び止められた理由は怪しいからではないようだ。ユヅルは拍子抜けしたが、相変わらず緊張しっぱなしである。首を傾げそうなほどに混乱している雰囲気を醸し出していたユヅルに向け、門番が補足する。


「黒髪黒目、フツ村からやってきた者の特徴に加え、突然声を掛けたらオドオドするところ、そして特に何の特徴もない顔…間違いなくお前がユヅルだな」


人違いです、とショックを受けつつ返したくなったユヅルだったが我慢し、そうです、と答えた。そのまま門番から王都に関する説明を受けてから王都内へ入ることができた。


 王都内は外壁含めて四重の壁があり、一番外郭である第一防壁内には軍事施設や冒険者組合、商業施設などが多々あり、壁を一つ越えるごとに平民、貴族、王族と住み分けされている。無論、ユヅルが入れるのは平民たちの住む第二防壁内部までだ。

 さて、事前に門番から道を聞いていたユヅルは、両親に貰った地図を見ながら仕事を探すために冒険者組合へと向かった。道中王都の喧騒が凄すぎて目を回したり、屋台で串焼肉を買って食べたりとなんだかんだ楽しみつつ、目的地である冒険者組合へと歩を進めていく。

 道中、少し休憩するべく王都内の広場の中央部にある噴水付近までやってきたユヅルは適当なベンチに腰かけた。そうしてしばらく休んでいると、少し体調の悪そうな女性がフラフラと歩いてユヅルの隣に腰かけてきた。思わずユヅルも女性の方を見てしまったのだが、そのまま固まってしまった。

 肩口で切り揃えられた翡翠色の頭髪に、翡翠色の瞳が特徴的で、全体的に整った顔立ちをしている。ユヅルは自分が呆けている自覚があったものの、先述の通り見惚れてしまいそこからしばらく動けなかった。

 ただ、ユヅルは女性の体調があまりよろしくないことを察すると、すぐに気を取り直して女性に声をかける。


「大丈夫ですか…?先程から体調が悪いように見えて…」


そう声をかけてみたユヅルだったが、相手の反応がしばらく無かったために声をかけるという選択を後悔しかけていた。しかしその考えは即座に体調の悪そうな女性によって覆されることとなる。それまでベンチに腰かけていた女性の体がずるずるとベンチからずり落ち、まるで糸の切れた人形のようになっていたからだ。ユヅルは一瞬驚いて体を震わせたが、すぐに覚悟を決めて彼女を介抱することに決めたのだった。


 意識を失った女性をそのままベンチへ寝かせて父親に貰った下町の病院へと駆け込んだユヅルは、医師を連れて広間へ戻った。すると診察を終えた医師からによって意識を失っただけなので命に別状もない、と言われて少し安堵感を覚えたようだった。命に別状がない、とわかったとはいえ無防備な女性を一人にしておくわけにもいかず医師に相談したところ、一枚の羊皮紙を渡された。これを女性に渡せばいいとは言っていたが、ちゃんと渡せるだろうか…とユヅルは別の不安を抱えることとなった。


 二時間後、女性はようやく目を覚ました。ベンチに横たわり、布が掛けられていることに気付いた女性は辺りをきょろきょろと見回していたが、程なくしてユヅルと目が合った。ユヅルは女性が目を覚ましたのを確認し、また一瞬固まったが、体調はどうですか?と問いかけた。女性は弱々しい笑みを浮かべると、「もう大丈夫です、ご迷惑をおかけしました」とだけ告げて起き上がって立ち去ろうとしたが、立ち上がろうとして体制を崩してしまった。

 ユヅルはすかさず女性を支え、再びベンチに座らせた。そして待っててください!と念を押しつつ一瞬いなくなると、程なくして飲み物を持って戻ってきた。そして女性に向けて飲み物を差し出しながら、


「僕の名前はユヅルって言います。フツ村っていう極東の村からやってきました。あなたは?」


まずは自己紹介だ、と言わんばかりに微笑みながらそう告げた。対する女性も面食らったように固まっていたが、すぐに笑みを浮かべて、


「私の名前はサラ…サラ・ホアイトと言います」


と、左手で飲み物を受け取りつつそう答えるのだった。

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