第13話 風呂敷は畳めない
翌日、ユヅル達の調査の結果がルキによって齎された。専門の機関に正式に依頼し、調査したところ、件の男爵は違法薬物の横流しに加担していたとして爵位を剝奪された。随分性急な話のようにも思えるが、事前に色々と取り決めをしていたらしい。つまるところ、証拠のみが足りない状況だったわけだ。
ただ、ホアイト侯爵との繋がりは依然として不透明と言わざるを得ないようで、ルキは少しだけ苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていたが、結果的に相手の出鼻を挫いたことにはなるため、一応は納得したようだ。
さて、西部収穫祭も最終日。今日も今日とてサラは祖母の手伝いをし、ユヅルはルキの護衛をこなす。と言っても、サラは手伝いという名目で祭りを楽しんでいるし、ユヅルはルキの護衛という名目で一緒に祭りを楽しんでいる。そして何より、アカモは最早意味のなくなった露店に精を出していた。
調理場にはアカモとガン───こと、ラガンの姿がある。勿論オオトビも接客を非常に元気よくやっている。むしろうるさすぎるぐらいだが、そもそも周囲はお祭り騒ぎ、大きすぎるくらいで丁度いいらしく、客も笑って受け入れていた。
調理場のアカモは、盛況といって差し支えない食事スペースと、自らの状況とを俯瞰して、嘆息を漏らした。
「…連日同じものしか売ってないのになんで盛況なんだろうな」
嘆息と共に、思わずといった形で漏れた呟きに対し、隣で調理場の手伝いをしていたラガンが反応する。
「うち秘伝の肉じゃがですからね。むしろ少ないくらいですよ」
おっさんの腕が悪いって言いたいの??と遠回しに悪口を言ってきたラガンを恨めし気に見るアカモだったが、料理に集中せねば、とばかりにすぐに視線を外すと肉じゃがを作り始めた。
その様子を横目で見ているラガンがふ~んと鼻を鳴らして、少しだけ笑みを浮かべた。実際、アカモの腕は決して悪くない。これだけの客が肉じゃがを求めて食べに来た挙句、リピーターとして連日やってきているのだ。むしろよく頑張っている方である。
「まぁ、その調子で頑張ってくださいね」
「レシピ教えてもらいはしたけど、ちょっとおっさんの扱い酷すぎやしないか?」
ラガンが否定しなかったため、若干だがアカモは傷ついた。その後少し効率が落ちてオオトビに叱られるのだが、アカモは自分の非を絶対に認めなかったとか、そうじゃないとか。
一方その頃、祭りを満喫しているお忍び王子とその護衛はというと。
「いや~、しかし『ポポ草の包み焼きハンバーグステーキ』とやらは中々よかったんじゃねぇか?」
「んー、でもちょっと重たすぎるというか…昼に食べるものではないなーって感想ですかね。僕は朝弱いから特に…」
二人で昼食を終えて、食べた料理に関する感想を話していたところだった。王都西部の食文化は芸術を基礎とするため、『ポポ草の包み焼きハンバーグステーキ』も見た目は非常にアーティスティックな見た目になっている。ただ、勿論味の方も味わい深く、王都西部における料理の腕を競う大会ではこの料理を採点することが多いほどだ。
ルキは第二王子であるが故、勿論のこと舌は肥えている方である。というのも、料理の質は王室育ち故に最高級のものが用意されているため、高級な料理というものにはかなりうるさい方で、王宮の料理長は毎度毎度苦労しているらしい。
そんなルキが好んで食べるのが、王都西部の料理である。見た目による芸術性と、味の両立が堪らなく刺さるらしい。勿論味の好みは分かれるが…。
「ありゃいいな、今度王宮の料理長に作らせるか」
「作れるとは思いますけど…あんまり負担になりすぎるのは良くないかと」
「ばーか、見た目じゃなくて味の再現だけさせるって話だよ。んま、俺も立ち会えばすぐだよすぐ」
手をひらひらと振りながら「うちの料理長は優秀だからな」と続けたルキは、また新たに気になる露店を見つけたらしく、ユヅルを伴ってそこへ向かう。ユヅルは少しだけ嫌々だったようだが、一応護衛なので大人しくされるがままとなっている。
本来ユヅルは生真面目だが、流石に何時間も外を連れまわされるのは、インドア派には厳しいものがあった。正直に言ってしまえば、すぐにでも屋内でゆっくりしたいと思っている。だが任務は任務、ユヅルは他人に迷惑がかかることに関してはしっかりこなすため、周囲への警戒は欠かさない。今のところ、というか護衛開始時からずっとだが、怪しい人物はゼロだった。つまるところ仕事と称したただの西部地区の観光である。これでいいのか、とユヅルは少し遠い目をしたが、次の瞬間にはまぁいいか、と適当に考えることにした。
実際傍から見たら仲の良い友人にしか見えないだろう。高級志向の民が多い西部では特に、第二王子が平民といるとは夢にも思うまい。意図せず他人の空似作戦を決行している二人は、そのままルキの食欲の赴くままに買い食いを続けるのだった。
そんな二人、正確にはユヅルを見つけたものの、ルキに気づいて物怖じしている人物がいた。その人物は何故か探偵帽を被り、形だけのキセルを口に咥えているピークと、サラだった。ピークは観光、そしてサラは例の如く祖母の手伝いであるが、道中で合流してユヅル達一行を発見、今に至るわけであるが…。
「…なんでピーちゃんはそんな恰好なの…?」
サラは、謎の探偵スタイルであるピークに向けて、若干引きながらそう問いかけた。普段は敬語のサラだが、プライベートでかつ、付き合いの長い友人と二人きりということもあって口調が砕けている様子だ。
「そりゃさ~、ゆづるんに怪しい影がないか調べるためっしょ~」
そんなサラに向け、ピークはそう言い放った。実際恰好としては人間関係…のみならず多方面でトラブルが起きた時頼りになる存在の格好ではある。しかし今ではない。
「…そもそもユヅルさんがどのような交友関係だろうと私には関係ないと思うんだけど…」
サラは若干友人の行動に呆れつつそう言葉を漏らしたが、逆にその発言がピークの探求心(?)に火をつけてしまった。
「はっは~ん?アタシは別に、サラの話はしてないんだけど?まっさか~、孤高の女神サマがね~、勘違いとか、ね~?」
プークスクスと顔を真っ赤にしながら笑うピークに対し、これまた別の意味で顔を真っ赤にしているサラはもう知らない、とばかりに歩き出し、ピークが慌てて続く。なんだかんだとは言いつつ、気になってしまうらしい。
サラ達はユヅル達の後ろを200mほど離れて歩いている。勿論、祭りは楽しみつつであるため尾行が露呈する心配はない。仮に露呈してもサラが恥ずかしい思いをするだけなので問題はない。暴論である。
一応、ユヅルは現在第二王子ルキと行動を共にしている。女性ではないが、影がいるのは事実であるため、サラは若干むっとした。特に、ユヅルとルキの二人が親し気に回っている辺り、事情を知らない第三者視点でいえば友人であることは疑いようもない。
であれば何故一番に自分を誘わないのか、とサラ自らが一応仕事という体で西部へきていることをすっかり忘れてそう思っている。特に人付き合いがかなり浅いサラにしてみれば初めてできた異性の友人で、初めてできた王都の友人と言ってくれた人物なのだから当然だが、ユヅルとて仕事でここにいるため早々簡単に一緒に回ることはできないだろう。
「…悔しいって顔してるね~。まー、気持ちはわかるよ。でも男友達っしょ?そんな嫉妬するほどじゃないとアタシ思うけどね~」
ぴくっと体を震わせたサラだったが、すぐに肩を落として悲哀を全身で表現した。そんなサラの様子を見たピークはあー、と声を漏らしながら気まずそうにしていた。そしてなにかかける言葉を探しているようにも見える。
わずかに時間を置いて、
「…ま、来年もあるし。王都の祭りってこれだけじゃないし。そっちは誘ってみたらいーんじゃん?ってか、もしかしたら誘われる可能性だって微レ存だし」
ひとまず未来の自分へバトンタッチした。要するに丸投げであるが、現状少しメンタルがやられていたサラとしては未来に希望があるとわかっただけで大儲けである。ただ何か気になることがあったのか何かを考えこむように首を傾げていた。ピークがそれについて尋ねると、
「…ねぇ、ピーちゃん、微レ存ってなに?」
サラはあっけらかんとしてそう言った。ピークは「まぢごめんアタシが悪かった、めっちゃあるよダイジョブ」と焦ったように返すことしかできないのだった。
なにはともあれ、ユヅルの依頼は一応一区切りつき、西部収穫祭の終了と共にルキと幾つか連絡方法などの確認をしてから別れ、王都東部へと帰還するのだった。
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