終話 酔っぱらい五百足
※著者より。
飲酒のシーンがありますが、奈良時代ゆえ、です。
令和を生きる我々は、飲酒は二十歳になってから、です。
* * *
酒飲みて
万葉集
* * *
真比登があたし達二人を優しく見守りながら、ゆらゆら手にとった酒杯を揺らした。
あたしは報告を思い出した。
「そうそう、真比登、この浄酒が呑み終わったら、
「え〜、そうなの……。」
「親父が倒れてから、味が落ちたそうで。他の
「うん、わかった……。」
真比登は、しょぼん、とした。大男なのに、しょぼくれて肩を落とすさまは、可愛らしいものがある。
「そんなにがっかりするものですか?」
と声をかける。
ぱちぱち、真比登はまばたきし、
「そうだ、これが飲み納めなんて、がっかりだ。美味いからな。
どれ、
とイタズラっぽく笑った。
「オレはいりません。酒は嫌いです。」
と言って、断る。
「嫌いって言っても、呑んだこと無いだろ?
鎮兵になったら、まず間違いなく、呑まされるぞ?」
真比登にこう言われて、今日の
「……わかりました。頂戴します。」
「うんうん。小鳥売。」
真比登が、
「はい。」
あたしは、新しい
真比登が、酒を注いでくれる。
恐る恐る口をつけた
「……美味しいですね。」
と驚きの声をもらし、
「だっろぉ〜?」
真比登は嬉しそうに破顔した。
「呑め呑め!」
しばらくは、それで良かった。
しかし、酒がすすむと、
「……えぐっ。」
いきなり、ぼろぼろっと
「えっ?」
「どうしたの
「えぐっ、えぐ……、悲しい。とにかく、泣ける。」
酒に酔った赤い顔を、くしゃりと悲しみにゆがめ、涙を流しながら、まだ、酒をあおる。
「
「悲しいよぉぉぉぉ〜〜。」
えぐえぐえぐ。
「うぇ、これ、泣き
と困った声をだした。
「泣き上戸って言うと……、酒を呑むと、酔っぱらいながら泣くという……?」
「そうだ小鳥売。ひどい奴は、泣き通しで、手がつけられなくなる。」
「うっ、うっ、うえええ……。」
「泣き止め!
「うええええええええん…………。」
真比登の命令を無視し、果てなき号泣がはじまった。
あたしは呆れ、真比登はため息をつき、あまりに終わりが見えないので、
「しょうがない、やるぞ。」
と拳を握った。あたしは、
「ご随意に。」
と目をつぶった。直後、ぼくっ! と打撃音が聞こえ、泣き続ける男は静かになった……。
遠く
* * *
さて、四年後。
あたしは、念願の十六歳になった。
そわそわ。
そわそわ。
(あたし、大人の、
もしかして、五百足が
あたしは期待のこもった目で五百足を見る日々だったが、鎮兵として大怪我する事もなく、今や
(やっぱり
心で泣きながら、いつもの甘える大作戦で、五百足に、ぎゅっと抱きしめてもらう。
それでも、五百足の態度は変わらない。
(郷の
それでも、たった一人の恋いしい
(あーあ……。)
あたしはため息をつく事が多くなった。
七月。
真比登が、
「
と夕餉の時に言った。
「えええー! いつまで?」
あたしは、あやうく、大事な、雑穀ましまし盛りのお椀を下に取り落とすところだった。
真比登は困ったように首をかしげた。
「いつまでって言っても、戰が終結するまでだな。こればっかりは、わからないよ。」
(五百足に妻問いもしてもらってないのに! 会えないままになってたまるか! あたしのいない所で悪い虫でもついたらどうしてくれる!)
「あたしも行くっ!」
「ええ───!」
真比登と五百足が驚いた。五百足が、
「戰場だぞ、危ない!」
と反対し、真比登が、
「おそらく、兵舎には
と言う。
「直接、戰場に立つわけではありません。
真比登や
離れた場所で、二人の安否を心配しながら過ごすより、あたしにとってはよっぽど心の健康に良いです。
兵舎に寝泊まりする必要はありません。
戰場なら、避難した
ワガママは言いません。」
「あはははっ!」
真比登が爽快に大笑いした。
「さすがだな、小鳥売。」
含みのある笑顔で、あたしを見た。
あたしは、気持ちを見透かされて、頬に朱がさした。
真比登は、あたしが
「同行を許す。」
「ありがとうございます!」
「真比登っ!」
「
まあ、もう、十日過ぎたがな。
おそらく、一月……、そんなに長い戰にはなるまい。
小鳥売のワガママを聞いてやれ。
「…………はい。」
そう言いつつも、まだ
「あたし怖くなんてない! 真比登と
あたしは堂々と言いきった。
「くっ……。」
「わかった。必ず守る。小鳥売。」
と言ってくれた。
さて、ばたばたと荷造りをし。
それから三日。
真比登は、屋敷の留守を預かる、もと
「いつ帰ってくるかわからないが、教えた場所の財貨は好きに使ってくれて良いからな。」
「そこ以外の財貨に手を出したら殺す。あたしは全部、手布一つに至るまで、場所も、数も覚えてるからな。」
あたしは真比登の後ろにたって、二人の
真比登は気さくに、
「
人がいないってわからないように、雑草とかも抜いておいてくれよ。
庭の果実は、食べごろになったら食べて良いから。」
「雑草の手入れをさぼって、畑をダメにしたら殺す。
炊屋の教えた場所以外、触れたら殺す。あたしは鍋のフタ一つに至るまで、場所を把握してるからな。」
「小鳥売……。」
とうとう、真比登が引きつった笑いを浮かべながら振り返った。
「小鳥売、勘弁してくださいよ!」
「昼間、いつも門番してるでしょ? 信用してくださいよ!」
片腕のない
「あはははは……。」
「じゃあ、行ってくる!」
「留守を頼みます。」
「言った事は守れ。」
それぞれ、旅立ちの言葉を残し。
二人の門番は、
「行ってらっしゃい!」
と門で手をふってくれた。あたしは気合も十分に、
「さあ、行きますか!」
と、お尻をぱん、と叩いた。長時間、
真比登が、
「さすが小鳥売。頼もしい。」
とおかしそうに言い、
「ああ、行こう!」
と、あたしの手をとった。
物語の舞台は、
───完───
挿絵&あとがき。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093080069138353
守りつつをらむ 〜真比登とその雛たち〜 加須 千花 @moonpost18
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