第四話  応援してますから。

「べーっ!」


 小鳥売ことりめは、たはむれで誘ってきたおのこに、舌をだした。

 あはは、とおみなたちが笑い、


「バカだねえ、小鳥売はまだ十二歳さ。」

「まだ女童めのわらはだよ。」

「そりゃあ小鳥売は、良い肌ツヤで、豪華なワガママ(ワガママBODY)をしてるけどね。」


 美女と言われないのは、おみなは素直だからである……。


「まったく、岩人いわひと、早すぎるだろ? あたしの息子は、さかりのついた馬かい?」


 あはは……、とおみなたちのあけすけな笑いは続くが、


「うるせっ! こういうのは早めに言っとくのが良いんだよ!」


 と岩人いわひとは噛みつくように言い、一転、あたしに甘ーい顔で微笑んだ。


「四年後か。なあ、四年たったら、オレを選べよ……。」


 あたしの後ろから、


「それはない。」


 五百足いおたりの冷たい声がした。


五百足いおたり!」


 あたしは喜んで、大好きな兄人せうとをふりむく。

 五百足いおたり岩人いわひとをにらみつけ、


「ない。おまえはない。」


 と言い捨て、


「小鳥売、遅くなってすまない。帰るぞ。」


 とあたしの手をにぎって、その場から連れ出した。

 背中に、かまびすしいおみなたちの、


 きゃはははっ!


 という声と、岩人いわひとの、


「ちぇっ。ざーんねん。」


 という声がしたが、


(強引な兄人せうと、素敵……。)


 と思うあたしには、もうどうでも良い事だった。







 あたしは、このワガママつまみ食い体型のせいで、時々、悪いやからをひきよせる事がある。

 今日の岩人はましなほう。

 自分の母親がいる場所で、戯れを言っただけだ。


 人気のない路地、または、人が多すぎる祭りの時などは、人さらいが出る。


 いかにも健康といった肌つや、郷においては珍しいふくよかな体型のあたしは、そういった人さらいの目に、上物じょうものとして写ってしまうのだ……。


 しかし、心底、危ないと思った事はない。

 いつも、真比登や、五百足いおたりが、あたしを守ってくれるから。

 あたしの息抜きの、井戸での立ち話も、行きは一人でも、帰りは必ず、五百足いおたりに迎えに来てもらうようにしてる。


兄人せうと、ありがとう……。」


 あたしが、手をつないで前を歩く兄人せうとにお礼を言うと、兄人せうとは振り返り、


「うん。」


 と優しく微笑む。

 岩人の甘い顔より、五百足いおたりのこの気軽な微笑みのほうが、あたしにとって山より高い価値がある。


(大好き。兄人せうと……。)





    *   *   *





 真比登の屋敷に戻ってから、炊屋かしきやで。

 小鳥売は、猛烈に五百足いおたりに甘えたくなった。


 時々、五百足いおたりにむかって、甘えたくてしょうがなくなる衝動が、あたしにはやってくるのだ。


兄人せうと……。」


 上目遣いで五百足いおたりを見上げ、


(抱きしめてほしい。温もりを感じたい。)


「あたし、さみしい……。」


 と、小さく言った。

 こう言えば、五百足いおたりが、


「さみしくない。兄人せうとがいる。小鳥売。」


 と言って、あたしを抱きしめてくれるのを知っているから。


 予想通り、五百足いおたりはあたしを優しく、ばふっ、と遠慮なく、抱きしめる。

 温かい胸。

 夏なので、ちょっと汗くさい。

 でも、そんな五百足いおたりも好き。

 あたしの額に、五百足いおたりのチョビ髭が、チョリチョリ、とあたる。

 あたしは、五百足いおたりの背中に手をまわし、きゅっと五百足いおたりを抱きしめる。

 いつまでもこうしていたい。

 兄人せうとに抱きしめられているのは、気持ちが良い。


(あたし……、あたし、多分……。)


 多分、五百足いおたりおのことして、恋うてる。



 でも、この想いは伝わらないのかな。



 いつか、五百足いおたりには、誰か恋するおみなができて、そのおみなを妻にしちゃうのかな。



 あたしの事は、万々妹ままいも(義理のいもうと)としてしか、見てないのかな。



 あたし、十二歳だもんね……。まだ、女童めのわらはだよ。婚姻もできないし、歌垣に行く年齢でもない。おみなとして見てもらえるわけがない。


 悔しいなあ。


 早く、大人に、十六歳になりたいよ。





 そんな事を考えていると、ぽんぽん、と背中をたたかれた。

 離れなさい、という合図だ。

 聞き分けの良い万々妹ままいもであるあたしは、素直に離れ、


兄人せうと、大好き。」


 想いをこめて、微笑む。

 五百足いおたりは、兄として、余裕のある笑顔を浮かべ、


「うん、兄人せうとも、小鳥売が大好きだよ。もう、さみしくないな?」


 頭をポンポンしてくれる。


「うん。」


 あたしは頷き、


(もう大丈夫、心配しないで。)


 と微笑む。




     *   *   *




 



「おっ、この茹でた卵、堅魚かつおの味が染みてて美味しいなあ。紫蘇の風味も良い。

 腕を上げたな? 小鳥売?」


 母屋にて夕餉。

 主である真比登は、にこにこ微笑みながら、機嫌良く食べてくれる。


「はいっ。」


 あたしはにっこり笑って、右腕に力こぶを作ってみせる。……あまり盛り上がらないが。








 ちなみに、あたしは二人の男に飯を盛り、水や浄酒でつきを満たしながら、しっかり自分も食事をとっている。

 真比登が、


「三人しかいないんだから、無理に食事の時間をずらす事もあるまい。一緒に食べよう。」


 と言ってくれたからである。

 真比登は、主としては、優しすぎるぐらいだった。







 真比登があたしを見た。


「小鳥売、聞いてたと思うが、五百足いおたりを、十八歳になったら、鎮兵とする。」

「はい……。」

「昼間、男手がない時間帯は、オレの伝手つてで、信頼のおけるおのこを二人、門番に置く。だから、何も心配するな。」

「はい……。」

「小鳥売? 浮かない顔をしてるぞ?」

「……そんな事は。」


 そこで五百足いおたりが口を挟んだ。


「何も心配いらない。全部うまく行く。オレが鎮兵となって、強い男となるのを、小鳥売は見守っていてくれ!」

兄人せうと……。」


 あたしは心をしめる心配を吐き出すことにした。


「荒っぽい稽古もあるんでしょ? ひどい怪我をしないか、あたし、心配で……。」




   *   *   *





 五百足いおたりは、己を心配そうに見上げる小鳥売に、


「なんて可愛いんだ、オレの万々妹ままいもは!」


 と叫びたい衝動を、ぐっと息を呑み込んで耐えた。


(心配するな小鳥売。オレは真比登についていく。おまえを守れる強いおのこになる。どうかわかってくれ。)




    *    *   *




 真比登は、五百足いおたりと小鳥売を見守る。


 五百足いおたりは、小鳥売を熱っぽい目で見つめ、


「大丈夫だ。心配いらない。」


 としっかり言った。


(良く言ったな。それでこそ男。五百足いおたり、立派な大人になれよ。おまえには、小鳥売がいるんだからな。)


 五百足いおたりが鎮兵となり、独り立ちできるようになったら、もしかしたら、二人でここを出ていってもらう事になるかもしれない。

 それは小鳥売次第だ。

 真比登はさみしくなるが、それで良い。

 ここは、雛を守る巣だ。

 真比登は、幼い時に拾った二人が、成長し、二人だけでも生きていけるようになるまで、ここでりつつ居らむ。(守りながら過ごす)

 それで良い。

 真比登は明るく笑って、小鳥売を安心させるべく、


五百足いおたりの言うとおりだ。なにも、はじめっから、荒い稽古じゃないさ。」


 と言った。


(まあ、はじめっから、歓迎の輪はあるだろうけど。オレがそれなりに鍛えたから、五百足いおたりは大丈夫さ……。)


 小鳥売が一瞬、冷ややかに真比登を見た。


(おや?)


 真比登がちょっと嘘をついた事を、看破されたらしい。

 伊達だてに何年も一緒に暮らしていない。ばれている。




   *   *  *





 小鳥売は見逃さなかった。

 真比登が、


「はじめっから荒い稽古じゃないさ。」


 と言った時、左眉がぴくぴくと動いた。心にない事を言う時の、真比登のクセである。


(嘘ね。あたしを安心させようと、嘘を言ってるわ。)


 あたしは真比登を放っておいて、五百足いおたりに向き直った。

 心配は、胸から消えない。

 でも、兄人せうとがあたしから欲してる言葉は、多分、これだ。

 だからあたしは、きちんと、言う。


「本当ね? ひどい怪我はしないでね? 兄人せうと。あたし、応援してますから……。」





 応援してますから。





 あたし達二人は、母刀自から捨てられた。

 親父は捨てた。

 だから、この言葉は、万々妹ままいもであるあたししか、言えない言葉だ。





 五百足いおたりは、


「ああ、ありがとう。オレは頑張る。応援していてくれ。」


 と満足そうに、男らしく笑った。







    *   *   *





 陸奥みちのくの  多賀たが早稲田わさだ


 でずとも


 なはだにへよ  りつつらむ





 美知乃久能みちのくの  多賀之早田乎たがのわさだを

 雖不秀ひでずとも

 繩谷延与なはだにはへよ  守乍将居もりつつをらむ






 陸奥国みちのくのくに多賀たが早稲田わさだに、まだ穂が出ていなくても、縄を張って守ろう。穂が実るまで、守りながら過ごそう。



  





     



 ↓小鳥売。(以前描いた挿絵です。) https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093076214163789  

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