第三話 自由満喫の小鳥売
この岡の
もう朝だと
万葉集 作者不詳 古歌集より
* * *
四年後。
小鳥売は、すっかり健康となり、たらふく飯を食べる
おかげで、身に
真比登の屋敷の家事、とくに食事を一手に引き受けている。
どんな料理を作るのかは、ほとんど小鳥売の好きにさせてもらえた。
つまみ食いし放題である。
今日の夕餉は、
ノビルの漬物。
雑穀米と、
「ど〜れ、瓜は甘いかな? 味見、味見……。」
緑と黒の縞模様の瓜を割り、六等分に手際よく切り、しゃくしゃくしゃく……と味見する。
「んっふっふ〜、甘い。さて、
尻尾のあたりを箸でほぐし、ぱくり。
「んっふっふ〜。美味しいわぁー。」
こんな調子であるが、まったく問題はない。
きちんと、味見で減る量を計算して、食事は作っている。
三人分の食事を作るのは、小鳥売一人の仕事なのだから、誰にも咎められない。
そして主である真比登は、小鳥売がつまみ食いをしてる現場を目撃しようと、食事時に、自分のお椀に雑穀をもりもり山盛りにしようと、
「好きにお食べ。いくらでもお食べ。」
と優しい笑顔で見守ってくれた。
「良かったな小鳥売。今の元気に食べる小鳥売を見てると、
としみじみ、噛みしめるように言った。
つまり小鳥売の、食欲という名の欲望を止める者は誰もいなかったのである……。
機嫌の良い小鳥売からは、自然と鼻唄がでる。
「
これは、
あたしを捨てた
弱かった
あたしの本当の親父に大事にされておきながら、親父が川に流されて死ぬと、あっという間にたちゆかなくなって、身売り同然に、ろくでもない
ろくでもない
もう、母子の情など残っているものか。
あたしが思慕の情で、母刀自を思い出すことは、ない。
そう思うのに、料理をしていると、小声で唄を口ずさんでいた母刀自の穏やかな微笑みと、
───魚の煮付けをする時は、
そう優しくあたしに教えてくれた母刀自の言葉を思い出すのは、どうしてなのだろう……。
「さて、食事の準備、終わり!
時間があまった、どうしようかな。」
あたしは明るく言い、
「やっ……!」
「まだまだ! ほら、脇が甘いぞ!」
でも、真比登と比べるとまだ低く、何より、体格の良さが全然ちがう。
真比登は、
稽古は、いつも真比登が一方的に勝つ。
今も。
(真比登にいつまでも、一回も勝てない。
「ありがとうございました。」
とお礼を言ったあと、悔しそうに、
「オレ、早く
と真比登を見た。
真比登は、自分の肩をとん、とん、と木の棒でたたき、
「うーん。」
と迷い顔で首をかしげた。
あたしは、
郷の
十六歳からは、大人とみなされ、畑仕事に一日費やし、郷の共同の仕事、猪狩りや、柵の修繕なども参加するようになる。
でも、
十六歳になってから、顎にちょび髭をたくわえるようになったのも、きっと、そういった心と無関係ではないのだろう。
あたしとしては、そんな
(……一緒にいてほしい、というのは、あたしのワガママか。)
「
なかには、荒っぽい稽古もある。
あともう少し、もう少しだけ、身体ができてから、鎮兵となってほしいんだよ。
やっぱり、若くて身体が細いとな、それだけ不利なこともあるから……。大怪我してほしくないんだよ。焦るな。」
「…………。」
真比登は優しく言うが、
「うーん、十七歳だもんな……。そうだな、十八歳になったら、鎮兵となる事を許そう。」
「本当ですかっ!」
「ああ、本当だ。」
「やったー! 真比登、もう一度、稽古をつけてください!」
「ああ、次は弓矢だ。
「はい!」
(これいつまでも稽古が終わらないやつ……。)
「
「わかった!」
と
* * *
あたしが向かうのは、郷の共同の井戸だ。
真比登の屋敷の庭には、贅沢なことに井戸がある。
だから、形としては水桶を手にはしてるけど、水を求めてではなく、おしゃべり相手を求めて、あたしは行くのだ。
郷の女は、暇ではない。やる事はたくさんある。
ではあるが、女とは、おしゃべりをしないと死んでしまう生き物である。
井戸のまわりは、いつも、誰かしら女がいて、
たいていはくだらない、楽しいおしゃべりだが、なかには、
「
など、ちょっとした情報もひそんでる。
あたしは、年上の妻たちの会話に、
「じゃあ、どこの浄酒が良いのさ?」
とさっそく参加する。
「ああ、小鳥売じゃないか。相変わらずワガママ
「ワガママにつまみ食いし放題だからってね。羨ましいねえ!」
「あたしも春日部の屋敷にいこうかな?」
「バッカねえ、あそこ
「あはは、そうねえ。」
ちくりと、真比登の
あたしは差別はされないが、気分が良いものではない。
でも、この
あたしは軽く顔をしかめ、この話題は好きではない事を示しつつも、この話題には触れない。
「ねえ、
「そう、
話はつきず、話題は
「おい……、母刀自……。いい加減家に帰ってこいよ。」
井戸で立ち話をつづける女の息子の一人が、井戸にやってきた。
「あっ、小鳥売……。」
その十六歳の男は、あたしをしげしげと見て、甘い顔でムフッと笑い、
「歌垣に来る年齢だったら、オレ、小鳥売に唄をうたうのになあ。」
と言った。今は夏。
秋の実りの祭りのあとに行われる歌垣で、あたしを抱きたいと言うのである。
* * *
※ワガママ
ワガママBODYって、言いたかった。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093080009959649
↓きんくま様より、ファンアートを頂戴しました。
きんくま様、ありがとうございました。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093080323316905
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