第5話 侍女の計らいに覚悟を決める [side:エリュミーヌ]

 馬への恐怖を克服するため、温厚な馬との触れ合いをすることになった。ティナからそう聞かされていたエリュミーヌは、自分を待つ相手がエドガーと気付いて愕然がくぜんとした。

 だからこの侍女は、やけに念入りに支度をしたのだ。長い金の髪の毛は邪魔にならないように編み上げられ、エドガーの瞳の色と同系色の石が彩る髪飾りでまとめられていた。化粧も、いつにも増して肌の透明感が際立っていたし、乗馬服にしても無骨になりすぎず、少し洒落ているなと思っていた。


「知っていたのね……!」

「いいことを思い付いたと申し上げたでしょう? 馬とも騎士団長様とも触れ合えて、最高ではありませんか!」

「こ、声が大きいわ!」


 庭園には、王子王女たちそれぞれのために整えられた区画がある。エリュミーヌの名を冠する区画は、エリュミーヌの生まれ月に合わせて咲き誇る花々を中心に構成されていた。その入り口で、エドガーが彼の愛馬と共に立っている。


 エドガーを乗せても揺らがぬ筋肉質な体躯を持ちながら、とても優しい瞳をしている馬だった。エリュミーヌに気付いたエドガーが馬の腹を撫でて声を掛けると、膝を折ってその場にしゃがむ。

 頭も地面に伏せるようにして、エリュミーヌを怖がらせないようにしてくれているのが分かった。

 それでもあまり近くには寄れず、どうしようかと思っていると、エドガーが一人エリュミーヌの元へ歩いてきた。そしてエリュミーヌの前にひざまずく。

 自分が声を掛けるまで、こうべを垂れたエドガーは何も出来ない。緊張して声が震えそうになるのを必死で平気なフリをして、胸を張って彼の前に立った。


「本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「エドガー・グレンヴィル、部下の不手際で姫のお心に傷を付けてしまったこと、大変申し訳ありません。せめて早いご回復のため、お力になれればと思います」


 元から伏せられていた頭が、さらに深々と下げられる。大きなエドガーが自分の前で小さくなるのを見て、エリュミーヌは悲しくなった。

 エリュミーヌが、第三王女が馬への恐怖をなくしたいと言っただけで、騎士団長であろうと自分の前でこんなにも。エリュミーヌはただ、真っ直ぐに前を向くエドガーを見ていたいだけなのに。


「あの……エドガー様、こちらからご助力をと願っているわけですし、あまり畏まらずに接していただけないでしょうか……」


 せめて、少しでも自然体で接してくれたなら。何を言っても無駄かもしれないけれど、チャンスはチャンスである。せっかく丸一日行動を共にできるのだ。できる限りのことはやっておきたかった。

 エドガーは顔を上げ、しばしエリュミーヌと見つめ合ったあと、ふ、と口元を緩めて頷いた。


「分かりました。では、お手を」


 エドガーの微笑みを至近距離で見ただけでも心臓が爆発するかと思ったのに、立ち上がったエドガーから差し出された手はエリュミーヌを待っている。無理だ、死んでしまうかもしれない。

 ほとんど泣きそうになりながら、斜め後ろに控えるティナの方を見る。エリュミーヌだけに聞こえる声量で「がんばってください」と囁かれただけで、助け舟を出してはくれなかった。


 覚悟を決めて、エドガーの手の上に自分の手を乗せた。まるで子どもみたいな小さな手が、骨張って暖かな彼の手で包み込まれる。父の手とも、兄の手とも違う、戦う人の手。

 今でこそ平和な王国だが、エリュミーヌが物心つく少し前までは他国との小競り合いも多かったと聞く。きっと彼も、戦場で傷を負ったのだ。顔や、首筋に見える幾つもの傷跡は、彼がこの国を命懸けで守った証だった。


「怖くなったら、すぐに教えてください。彼はジュード、私の愛馬です」


 エリュミーヌは頷き、ゆっくり足を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る