第9話 贈り物がしたいの [side:エリュミーヌ]

「もうすぐエドガー様のお誕生日だわ」


 花畑で誕生花を教えてもらった翌日、城の図書室で図鑑を広げ、エドガーの誕生日を知った。一月ひとつきほどで訪れるほど近い誕生日に驚きつつ、もう過ぎていなくてよかったと胸を撫で下ろした。

 男性相手のプレゼント選び。父や兄に対して何かを贈ることはもちろんあるが、彼らはエリュミーヌが贈るものであればほとんど無条件で喜んでくれる関係性であったし、基本的に誕生日が近付くとリクエストをしに来てくれるのである。


『そろそろ新しい万年筆が欲しい』

『エリュミーヌが描いた似顔絵が欲しいな』

『エリュミーヌの弾くあの曲が聴きたいのう』


 限定された物の中から贈り主に似合うであろう物を選び出すという意味の選択であれば経験があったが、贈り物自体をゼロから選ぶ経験はなかった。困ったエリュミーヌは兄に助けを求めることにした。エドガーとも度々手合わせをし、交流がある第一王子に。


「エドガーに? うーん……あいつは物を欲しがらないんだよなぁ。お父様もエドガーに褒美として何をあげるか悩んでいらしたよ。なんせ何も要りませんって堂々と言うやつだから」

「そうですか……」

「お前がエドガーと親しいとは知らなかったな、助けてもらったと聞いたけど、それでか?」

「はい、その後もお世話になって」

「何か二人の思い出とかがあれば、それを思い返せるような物でもいいかもな」


 そう言われ、エリュミーヌは顔を輝かせて兄に礼を言った。頑張れと手を振る兄にお辞儀をして、ティナの元へと走る。


「ファルーカの花束を贈りたいの」


 ティナにそう言うと、すぐにエドガーの予定を調べてくれた。花束を贈ることは当日、その時まで秘密にしておいて、できれば驚いてもらいたい。

 ちょうど誕生日の前日のお昼、騎士団全員で行う訓練が予定されていた。そのタイミングでなら、バレずに花束を作りにいける。


 エリュミーヌはドレスではなく、なるべく平民に紛れるよう少年の服装をした。ティナも似たような格好になり、長い髪を帽子に隠して城を出る。前もって話をしておいた商人の荷馬車に乗せてもらうと、裏手の丘はすぐだった。

 馬車から降りて花を選ぶ。なるべく大きくて、形の綺麗なファルーカを。花束を受け取ったエドガーはどんな顔をするだろう。そんなことを考えながら花を摘んだ。


「ひっ」

「ティナ?」


 悲鳴が聞こえた方を見ると、ぎょろりと目を剥いた長身痩躯の男がティナの首元に刃物を向けていた。あまりの出来事に声を出すこともできない。

 エドガーの言っていた、”目を見れば分かる”という意味を、エリュミーヌは完全に理解した。ティナを拘束する男の目は、夜の闇よりも深かった。


「静かにしてろよ、あそこにある馬車まで歩け」

「そ、その子を離して……」

「あぁ? 大した金にならねぇ男一人連れて帰れるかよ」


 その言葉を聞いて、エリュミーヌは心を決めた。帽子を脱ぎ、髪をおろす。その手は震えていたし、ティナはやめてと目で訴えていたが、止まれなかった。

 自分だけ逃げれば、ティナ一人に割かれる捜索の手など高が知れている。二人とも捕まるより、ティナだけが捕まるより、自分一人捕まる方がいい。


「私、女なの。その子を離してくれるなら、抵抗しないでついていくわ」

「な、なんだよ、上玉じゃねぇか……分かった、ほら、歩け」


 エリュミーヌを見て歪んだ笑みを浮かべた男は、ティナを乱暴に蹴り飛ばした。ファルーカの花を散らして地面に倒れ込んだティナは、ぐったりとして動かない。

 約束が違うと叫ぶエリュミーヌの口に刺激臭のする布が押し当てられた。

 ぐらり、視界が歪む。


「殺しゃあしてねぇよ、俺ァ約束は守る男だ」


 エリュミーヌは男に抱えられ、意識を失った。

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