第10話 後悔しても、しきれない [side:ティナ]
意識を取り戻した時、花畑に人の姿はなかった。慌てて立ち上がると立ちくらみがする。太陽の位置からして、それほど長く気を失っていたわけではないと思う。
エリュミーヌが、拐われた。血の気が引いていく音が聞こえるようだった。
ふらつく足を踏み締め、痛む腹を押さえながらティナは走った。早く、早く助けを呼ばなければ。
あまりにティナが必死で走っていたからか、馬を引いていた青年が協力を申し出てくれた。ボロボロのティナを抱えるように馬に乗せ、城まで駆けていく。
あの日、エドガーと一緒に馬に乗るエリュミーヌは幸せそのものだった。あれ以来エドガーもエリュミーヌを意識しているようだったし、花束のプレゼントは二人の仲を進展させるいいキッカケになり得たはずなのだ。
(それなのに……私のミスだ……)
エドガーを遠ざけこそすれ、他の護衛まで置いて二人きりで出掛けることはなかった。一人だけでも護衛がいれば、そもそも自分たちが狙われることすらなかったはずで。
本当なら今頃、ファルーカの花束を抱えて城へ帰っていたのに。エドガーに見つからないようにエリュミーヌの部屋で、水の入った盆に入れて明日を楽しみに待っていたはずなのに。
じわり、涙が滲む。けれど今の自分に涙を流す資格さえない。歯を食いしばって前を見つめるティナに、青年が声を掛ける。
「大丈夫、もうすぐ着くからね。スピードを上げるから、そのまま硬く歯を食いしばっていて」
ティナは頷いた。青年が手綱で馬へ指示を出すと、馬が更に早く掛けていく。顔に身体に当たる風が痛い。微かに浮かんだ涙も、その風がすぐに吹き飛ばしてしまって。どんどん近付く城に、ティナは意識を切り替えた。
「エドガー様!」
この時間、エドガーが詰所にいるのは知っていた。誰に報告するよりエドガーに話した方が早いと判断したティナは詰所に飛び込み、起きたことを話す。焦りと恐怖で上手く喋れなかったが、エドガーは真剣に話を聞いてくれた。
「みな、聞いたな。一刻も早くエリュミーヌ様を見つけ出せ!」
ビリビリと、空気が震える。エドガーから発せられる殺気は凄まじく、普段であれば気絶してしまうかと思うくらいだった。けれど今は、彼に任せればエリュミーヌは大丈夫だと思わせてくれた。
騎士たちが一斉に詰所から出て行き、ティナは一人残された。ほとんど気力だけで立っていた足がガクガクと震え、地面にへたれ込む。我慢していた涙が耐えきれず一粒こぼれ落ちると、もう止められなかった。
「うっ……ふ、うぅ……ッ」
ぼとぼとと落ちた涙が床を濡らしていく。まだエリュミーヌが助かったわけではないのに。泣いている場合ではないのに。立ち上がれなかった。
「あ、ここにいた」
聞こえた声に、城まで連れてきてくれた青年を置き去りにして走ってきたことを思い出す。けれど涙は止まる気配もなく、彼の方を向けなかった。
彼の気配がゆっくりと近付いてきて、隣にしゃがんだのが分かる。ティナはせめて泣き声を漏らさぬよう必死で息をした。
ぽんぽん。
ティナの頭が、大きな手で撫でられる。伝わる体温に、涙の量がまた増えた。
「騎士様たちがたくさん出ていったよ。それは君が報告したからだろう? きっと大丈夫。この国の騎士様は強いって、みんな知っているから」
「…………でも、わた、しのせいで……エリュ……ううう〜〜」
「起こってしまったことは、もう
ハンカチが顔に当てがわれ、頭を撫でていた手がティナを引き寄せる。名も知らぬ青年の胸に顔を
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