第7話 花畑 [side:エリュミーヌ]

 がっしりとしたエドガーの身体にほとんど抱きしめられるような体勢で、エリュミーヌはどうにかなってしまいそうだった。後頭部にエドガーの呼吸を感じる度、身体が跳ねそうになるのを必死で耐える。

 なんとか平静を取り戻し、出発して大丈夫だとエドガーに告げると、ジュードはゆっくりとした足取りで前に進み始めた。


「わぁ……」


 顔に当たる風に、いつもよりも高い視点からの世界。その心地よさに一瞬、エリュミーヌの心が奪われる。

 ぐらり。

 無意識に前に乗り出していたらしく、バランスを崩したエリュミーヌを、太い腕ががしりと受け止めた。


(はしゃぎすぎてしまったわ、私ったら……!)


 子どもじみた行動をエドガーに見られたことへの羞恥心と、落ちそうになった自分を支えてくれたことにより更に密着したことへの羞恥心、倍以上に膨らんだ恥ずかしさで、それからしばらくエリュミーヌは完全に停止した。


「姫、花はお好きですか?」

「え?」


 そう声を掛けられて我に返ると、目の前には花畑が広がっていた。城内では見たことのない、ずっと向こうまで続いていそうなくらいに広大な花畑。


「ここは……」

「城の裏手の丘です。綺麗でしょう」

「はい、とっても……!」

「もう、私も馬も怖くはないですか?」


 耳をくすぐる声は優しかった。城から出たことのなかったエリュミーヌだが、背中に触れるエドガーの温もりが全てから守ってくれるような気がして。

 そもそもエドガーのことは怖いわけではなく、ただただ緊張してしまうだけである。自分を気遣って歩いてくれるジュードに対しても、自分を害するものではないと思えた。


「怖くありません! ……あ、でも、他の馬はもしかしたら……」

「そうですね、野生の馬もいるところにはいますから、警戒して悪いことはありません。まずは馬の瞳を見るといいですよ。人間と同じ、様子のおかしな相手は目を見れば分かります」


 エドガーは馬から降り、エリュミーヌに手を伸ばした。その手を取り、エドガーに体重を預けるようにして地面に足を着く。久しぶりの地面に、身体が揺れているような気がする。エドガーは、そんなエリュミーヌの手を握ったまま、花畑の中へと連れて行った。


「庭園に負けないくらい、いろいろな花が咲いていますね」

「そうですね、春の盛りは過ぎてしまいましたが、夏が近付くとまた別の花が咲きますから」

「エドガー様は、花にもお詳しいのですか?」


 あれと、あれはもうすぐ見られなくなる春の花ですと指差して教えてくれるエドガーに、思わず聞いてしまう。筋骨隆々な騎士団長と季節の花々というのはなかなか結び付かなかった。


「姉の、娘がまだ幼いのですが……私にものを教えるのが楽しいらしく、叩き込まれました」

「まぁ!」


 少女に花の知識を教わるエドガーを想像して、くすくすと笑った。エドガーも口の端でわずかに笑い、エリュミーヌはそれに気付いて目を丸くする。


(笑った……!)


初めて見る表情に、また胸が高鳴った。赤くなったに違いない顔を逸らし、目の前に咲いていたオレンジの花を指す。


「これは何というお花ですか?」

「ファルーカですね、この花は……私の誕生花なんです」

「誕生花?」

「すべての日に、花が充てがわれているのです。姫の誕生花はエリュミス。貴女がお産まれになった年に新しく生み出され、貴女の名を賜った美しい花ですよ」

「その花なら毎年誕生日にお父様が花束にして贈ってくださいます。私の名を持つからと思っていましたが……誕生花でもあったのですね」


 二人はしばらく花畑で過ごした後、城へ戻った。途中、何頭かの馬ともすれ違ったが、エリュミーヌは恐怖を感じなかった。エドガーを見れば、また少し微笑んで、頷いてくれた。

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