第12話 誰にも奪わせない [side:エドガー]

 エリュミーヌが拐われたと聞いた瞬間、全身の血が沸騰するような怒りを覚えた。しかし、ティナを怖がらせては正確な情報が得られない。努めて平静を保ち、拐った男の人相や襲われた時の状況を聞き出していく。

 人相を聞いてすぐに、ここ数ヶ月追っていた人身売買グループの一人だと分かった。部下たちを見やれば、同じことを考えていたようで既に彼らの資料を広げていた。


「みな、聞いたな。一刻も早くエリュミーヌ様を見つけ出せ!」


 エドガーの一声で騎士たちが一斉に動き出す。今までの調査でグループの拠点の幾つかは把握していた。部下を向かわせつつ、エドガーは考える。城の裏手で襲われたこと、襲われた時から現在までの経過時間。個人使用の拠点があると目星を付けていた場所が何ヶ所かあり、その内のひとつに馬を走らせた。


(無事でいてくれ……)


 幾つかの小屋が並ぶ場所まで来ると、馬から降りて中をあらためていく。間違いなく人身売買のために使われている小屋たちだった。至る所に血の跡があり、檻と、粗末なタンスに不釣り合いなドレス。何部屋かに分かれた小屋もあり、手分けしてエリュミーヌを探す。


 誰もいない小屋から出た時、遠くからエリュミーヌの声が聞こえた気がした。視線を向けると、少し離れた森の入り口に、木に隠れるようにしてポツンと小屋が見える。エドガーは駆け出していた。小屋との距離が近付くにつれ、声がハッキリした。


「いや……いやぁ……! さわららいれっ……えどがーさまらなきゃいや、えどがーさまぁ……ッ!」


 舌の回らぬ発音で自分の名を呼ぶエリュミーヌに、エドガーの怒りが弾けた。


「エリュミーヌ!」


 扉を蹴り飛ばし、そのままの勢いで小屋の中へ。エリュミーヌを押さえ付ける男を体重を乗せて殴り飛ばした。剣を抜かなかったのは、なけなしの理性を総動員させた結果だった。


「無事か、エリュミーヌ!」

「えどがーさま……」


 涙に濡れた瞳でエドガーを見上げるエリュミーヌに、胸が苦しくなる。身体がうまく動かせないようで顔色も悪かった。うまく喋れないことからも、筋弛緩系の強い薬を飲まされたのだろう。


「姫、これを。飲めますか」


 エドガーは常に携行している回復薬を取り出しエリュミーヌの口元に当てがった。

 うまく飲めないのを見て取ると、躊躇いなく小瓶の中身を口に含んだ。そして呼吸を整え、エリュミーヌの薄い唇の間から、それを流し込む。こくり、とエリュミーヌの喉が鳴った。


「騎士が有事の際に使用を許可される高品質の回復薬です。ご気分は」

「だ、だいぶ、意識がはっきりしてきました……」

「ああ、よかった」


 発音が戻ってきたことに安堵し、エリュミーヌを抱きしめる。白い腕に赤く残った縄の跡に唇を落とし、まだ少し顔色の悪いエリュミーヌを見つめた。もう、誰にも害させない。陶器のように滑らかな肌に、少しの傷も許さない。


「あの男、切り捨ててやりたかった……けれど、色々と情報を得ねばと……くそ、貴女の美しい肌に、忌々しい」

「エ、エドガー様」


 戸惑うような声を聞いても、止まる気はなかった。助けるためと触れた唇の柔らかさも、エドガーの背中を押している。聞き分けのいい大人の仮面など、もはやどこにもなかった。


「先ほどは、薬を飲ませるためとはいえ無礼を、失礼しました。けれど、わた……いや、俺は、貴女を失いたくない。……お慕いしております、エリュミーヌ様」

「私も、私もお慕いしております! お願い、エリュミーヌと、お呼びになって?」

「それでは貴女も、エドガーと」


 エリュミーヌを抱きしめると、今度は彼女もエドガーを抱きしめた。

 殴り飛ばした男を運び出す部下に視線で合図し、少しの間、二人きりで抱き合うのだった。

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