第23話② お気遣いどうも

「よっす、赤津。応援に来たぜ」

 赤津の元に一番仲の良い藤岡が駆け付けた。

「うっす。って遅せーよ、でも助かった」

「一人で寂しかったかー? 俺が来て嬉しいんだろー?」

「わきゃねーだろが。その、むさい顔を見せんなよ」

 藤岡と言葉を交わし赤津が合流。それを追いかけるように特務四課が咲月を中心に到着。全員がまとまり、整然とした動きで駆けていく。

 辺りは人の姿はなく幻獣の存在も感じられず静かだ。

「赤津君、羅刹は?」

 咲月の問いに赤津は交差点の先の、木々が生い茂った場所を指し示す。

「そこの白川公園にいますよ。でも咲月様、あいつら本当に敵なんで? 普通に幻獣を駆除して救助活動だってやってんですよ」

「上からは捕殺命令が出てるわ」

「それよか幻獣を駆除した方が……」

「私たちは藩の指揮下にあるの。だから幻獣より優先せよと命令されれば、それに従う義務がある」

「ですけどねぇ」

「分かってるわよ」

 ふいに咲月は強めの口調となる。

「私だって本当は幻獣を先に倒したい。でも、指示は指示。それに連中が幻獣より大きな脅威かもしれないもの。そこまで事細かに確認なんてできない!」

 自分自身に言い聞かせるような咲月に、すいませんと赤津は言って頭を下げた。同時に相手が自分より歳下で、自分よりも思い悩んでいるのだとなのだと、今更ながら気付いたらしい。

 咲月も我に返った。

「ごめんなさい。とにかく、行くわよ」

 既に周辺の避難は終わっているらしく、咲月たちを除き人の姿はない。

 やや古びたビルとビルの間を進む。交差点の向こうに見える木々が並んだ場所が公園だが、その向こうには大型商業施設ビルがそびえている。


 咲月を先頭に公園に踏み込んだ。前面の建物が市美術館だ。辺りには幻獣の死骸が数体転がっており、かなりの数だ。それを成した者たちは――白面をつけ赤ゲット風の布を羽織っていた。

 どうやら、それが羅刹らしい。

 ――慎之介が居てくれたら、ううん、居ない方がいいか。

 心の中で咲月は呟いた。明らかに何か裏がある、人間同士の余計な争いに慎之介を巻き込みたくはなかった。

 羅刹たちは幻獣を倒したところだったが、咲月たちの姿を見ると、幻獣を蹴り飛ばし刀を構え向き直った。逃げる様子もなく平然としている。志野と赤津がそれぞれ数名を連れ左右に動き、羅刹を逃がさないよう取り囲む。

「特務四課です。刀を捨てて、大人しく捕縛されなさい」

 もちろん羅刹が大人しく言う事を聞くはずもなく、たちまち戦いが始まった。

 咲月も乱戦のただ中だ。

 正面から向かってきた羅刹を迎えて刀を構えた。あっという間に迫り躊躇なく刃が振るわれ、風を切った刀が襲って来る。咲月は羅刹の刀を弾き、即座に斬り返した。躱す間もない素早さによる、腰の入った袈裟斬りだ。

 ただし刃を返しての峰打ちである。

 肩にどんっと当たったが、驚いたことに羅刹はそれでも飛び退いてみせた。だが膝を付いて動けなくなっている。峰打ちとは言え、受けるダメージは大きい。下手をすれば肉が裂けて骨が折れるぐらいの威力があるのだ。

 別の羅刹が気合い声をあげ斬り込んでくる。勢いがのった容赦ない鋭さだった。

 それに咲月は冷静に対応。相手の隙をみて即座に踏み込み、その横腹へまたも峰打ちの一撃を叩き付けた。そうして二人を行動不能にしてみせた咲月だが、しかし残りの特務四課のメンバーは苦戦していた。


 その時、赤津の怒鳴り声が聞こえた。しかし咲月はそちらを気遣う余裕もなかった。周りから一斉に向かって来る羅刹に対処せねばならない。

「おい、その者に手を出すな」

 良く響く張りのある声がすると、羅刹たちは標的を志野や赤津に変え向かっていった。しかし咲月はそちらを気にする余裕もなかった。

 やってくる新たな羅刹に強い脅威を感じている。

 その羅刹も白仮面を着用しているが、他の者より装飾的。羽織っている赤ゲット風の布にも幾つかの刺繍がある。出で立ちからして他より格上だ。

「鬼夜叉公、こちらは無力化しました」

「殺してはおらんだろうな」

「もちろん。そこは注意しております」

 後から現れた羅刹は鬼夜叉公と呼ばれており、他の羅刹の態度からしても、やはり格上で指揮官といった立場らしい。

 数歩の間をおいて、その鬼夜叉公と呼ばれた相手が咲月を見つめてくる。

「その髪色、ひょっとして五斗蒔家の咲月か?」

 鬼夜叉は刀の先を下げ構えは取っていないが、しかし下手に動けない圧倒されそうなぐらいの威圧感がある。間違いなく強い。

「五斗蒔家の者に怨みはない。剣を引けば見逃そう」

「お気遣いどうも。でも、そんなことするとでも?」

「確かにな。仕方がない、少し痛い目に遭ってもらおう。すまぬな」

 鬼夜叉の態度に咲月は構えを動かし、足を踏み換えるが、視線だけは微動だにさせていない。そのまま隙を狙っていく。

 ――今っ!

 軽やかに踏み込んで一気に迫り、思いきり振り下ろす。しかし鬼夜叉は軽く刀を払って防ぎ、そのまま擦れ違っていく。同時に咲月は二の腕に鋭い痛みが広がった。どうやら鋭い一撃を受けたらしい。

 それでも咲月の戦意は収まらない、収めるわけにはいかなかった。

 スマホが鳴った。

 辺りの地圧が増した事の通知だ。鬼夜叉の注意が僅かに逸れた、そう思った瞬間に咲月は前に出た。軽々と飛ぶように突っ込む。だが、鬼夜叉も前に出ていた。両者の距離が一気に縮まり、同時に刀を振っていた。

 擦れ違う瞬間、鬼夜叉は予想外の敏捷さで身を捻りすり抜け、しかも咲月の肩を斜め後方から打ち据えていた。突き飛ばされるような衝撃を受ける。

 侍の防護具越しでも凄まじい威力だった。

 ――!!

 その衝撃に咲月の足は堪えきれず、走ってきた勢いのまま地面に転倒する。辛うじて片手を突いて堪え、何とか鬼夜叉を振り向く。

 鬼夜叉は納刀しながら、余裕すらある様子で視線を向けてきていた。

 立ち上がろうとした咲月だったが、急に横から強い衝撃を受け運び去られた。だが、不思議と嫌な感じはしない。むしろ安心できるものを感じていた。

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