第10話 魔導剣聖ハイトリン

「……ハイトリンについては諦めた方がいいかもしれない」


 それまでディジエやバレッタについてどれだけ酷い状況であっても、オレに前へ進めと背中を押してくれたクローサンが、ハイトリンの話を始めた途端、こう言ってきたのだ。


「どういうことだ!? それほど彼女の状況は酷いのか?」

「ああ、酷いなんてものじゃない。彼女、姿を変えられるのをいいことに、次から次へと男漁りをしていた。あの星界網メガラインの記録どころじゃない。国中行き来して、バレッタさえも比べ物にならないほど貪欲に――だ」


 眩暈がした。頭を抱え込み、テーブルに向かって項垂れた。


「――あれはもう男狂いと言ってもいい。お前がどうこうして取り戻せるものじゃなくなっている。諦め――」

「嫌だ! どうしてハイトリンのことも背中を押してくれないんだ、クローサン!」


「ロスタル……」

「オレはあの頃を取り戻したいんだ。ハイトリンだけ諦めるわけにはいかないんだ」


 言葉に詰まったクローサンだったが、柿渋染めの布の奥から俺を見やり、口を開く。


「わかった……自信を持っては言えないが、もしかするとお前のその女好きがなんとか彼女を変えてくれるかもしれん」

「オレは別に女好きというわけではない、三人が好きなんだ……」


「ああ、そう言うことにしておいてやるよ。だから、ディジエのことも、バレッタのことも頼んだぞ」

「…………」



「じゃあな。良い結果で終わったときだけ連絡してくれ。俺はマリのところへ帰る」



 ◇◆◇◆◇



「ハイトリン、話がある」


 ちょうどその日、ディジエは聖堂へ、バレッタは神殿へと赴く特別な用があったため、屋敷に居たのはオレとハイトリンの二人だけだった。少し背の低いハイトリンのことは亡くした妹のように可愛がってきたが、どうやら今は反抗期のようだ。返事が無い。


 ハイトリンは寝転んでいたソファーから立ち上がり、帽子掛けからオーバーコートと帽子を取ると、玄関へと向かう。


 同じくオーバーコートを手にしてついてきたオレを無視したまま、ハイトリンは詠唱を始めた。


「「飛行フライ!」」


 飛び立つハイトリンに並ぶようにオレも飛行の魔術で空へと飛び立つ。

 彼女の呪文を読み解き、同時に発動させたのだ。飛行の魔術は加速が速いため、目印のない空では一瞬で見失うことさえある。ハイトリンは何度か軌道を変えるが、それに付き従う。


「ハイトリン、聞いてくれ。話がある!」

「しつこい!」


 ハイトリンは空中で一陣の風ガストオブウィンドを放ちながらオレの追従を妨害しようとするが、聖剣スコヴヌングで魔術が変化させた事象を斬り裂き、掻き消スペルブレイクす。


 魔法での阻害を諦めたハイトリンは、突然、地上へと急降下した。

 彼女が向かった先は森林。それもかなり深い森だった。


「しまった、森林渡りフォレストウォークか……」


 独り言ちるオレ。

 ハイトリンの姿は痕跡も残さず完全に消えていた。ハイトリンのエルフから受け継いだと言われる能力『森林渡り』だった。彼女の『森林渡り』はかつて勇者一行を導き、怪物が闊歩する危険な森の中を安全に移動することを可能にする貴重な移動手段だった。


 ただ、森林渡りは現実の時間で早く移動できるわけでは無い。『森林渡り』で導かれる者の時間の進みが遅くなるだけだ――そう、ハイトリンからは聞いていた。


 オレは再び空中へ舞い上がると、星界網メガライン接続アクセスした。


『ロスタル:ハイトリンが森林渡りを使った。次に現れる場所を教えてほしい』

『ディジエたん:承知しました。少々お待ちください。泉の傍ですのですぐ身を清めます』

『ロスタル:いや、名前……』

『ディジエたん:かわいいでしょう?』

『ロスタル:……あと、神託まで使わなくていい。予兆プレディクション予言プロフェシーでも十分だ』

『ディジエたん:なりません。神託オラクルでしたら不測の事態にも対応できます』

『ロスタル:だが、君はもう聖女では……』

『ディジエたん:大丈夫。せめてこのくらいは力にならせてください』


 ディジエは今、聖堂へ報告に行っている。彼女が言うには、聖女退任はおそらく何も問題は生じないだろうという。ただ、聖女でなくなった彼女は聖堂の一員でしかない。その彼女が神託を行うならば、体への負担も大きくなるだろう。


 オレと常に繋がっていたいというディジエには、大金をかけて星界網への接続アクセストゥメガラインの魔術をお互い使えるようにしておいた。さらにもうひとり――


「探したわよ! 空で人ひとり見つけるのは鷹の目ホークアイの魔法でも難しいんだから!」


 空飛ぶ箒ブルームに跨ってやってきたのはバレッタ。


「神殿は? もういいのか?」

「ええ、――地母神様のお告げがございました――って言ったらみんな祝ってくれたわ。ディジエも根回ししてくれていたみたいだし。――行きましょう、こっちよ」


 ただオレはバレッタを引き止め、オーバーコートを脱いで彼女のオーバーコートの上からさらに着せた。


「これを。体を冷やさないようにしろ。空は寒い」

「ありがと、ロスタル」


 お礼の口づけを頬に貰い、バレッタの予言プロフェシーの導きの元、オレたちはハイトリンを追った。







--

 クローサン、WizardyっぽいNINJAと見せかけて、諜報・扇動に柿渋染とかがロスタルによってネタ的に語られてますが、いやそれこそ忍者じゃんってツッコむやつです。


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