後日譚
ロスタル回想
「甘んじて受け入れよう――オレはそう考えていたんだ」
ハイトリンを抱いた翌日、暖炉の前のソファーでオレたち四人は寛いでいた。昨日の疲れからか、昼食を食べた後、ハイトリンはうつぶせに俺の膝へ上半身を預けたまま、寝入ってしまっていた。向かいのソファーにはディジエとバレッタ。
「ロスタル……あなたは優しすぎます……。わたくしは――」
心配そうな顔を見せるディジエ。
ただ、彼女がまた謝り始める前に掌を見せて制止する。
「ディジエ、君の不安を分かってやるべきだった」
ディジエを抱いたあの夜、彼女は全てを明かしてくれた。オレの隣に立てない不安から聖堂へ通いつめ、蘇生の奇跡を準備して待つだけの日々を。
「わたくしこそあなたに辛い思いをさせてしまいました。ひどい言葉を吐いて……」
「あんなリングを嵌めてまで……痛かったはずだ……」
「えっ……その……申し訳ございません、ロスタル! はしたない元聖女めにどうか罰を!」
「謝ることはない。オレを想って無理をさせていた。あんなもの、さぞや辛かったろう」
「いっ、いえっ……そうではないのですっ! わたくしめがその……(気持ち)良くてやっていたのです……」
ディジエがいくらか小声で――気持ち良くて――と確かに言った。
「これがか?」
コトリ――とテーブルに置いた小さなリング。
「はぁうっ!」
テーブルのリングを慌てて両手で隠して仕舞い込むディジエ。
「えっ、ディジエ? 貴女、
「ああ、それがな――」
「ロスタルっ!――――どうかそれは内密に……」
「はぁ、言わなくてもだいたい想像はつくわよ。ディジエはひとりで
「わ、わたくし別に独りが好きな訳では……」
「満月と新月の夜やその後の何日か。いつも、あたしがロスタルに祝福を授けてたけど、その間は必ず
「どどどどどどどうしてそれを!?」
「わかるわよ、そのくらい。顔を見ただけで」
「顔を隠していましたのに!」
「口もとがお留守よ。緩んでいたわ」
はっ――と息をのみ、口元を押さえるディジエ。ただ、屋敷では面布をつけていない。泳ぐ目が丸わかりだった。
「それはオレも今朝ディジエから聞いた。ただそれで責めるつもりはない。それだけオレのことを好いていてくれたんだろう? 別に聖女の力は失われていなかったんだ。
「はい…………」
俯きながらも微笑むディジエ。
以前と比べて感情を大きく表へ出すようになった。いいことだとオレは思う。
「しかし、あれが良いのだとは知らなかった。今度オレから別のリングを贈らせてもら――」
「その話はもうおやめくださいまし!」
顔を赤くしたディジエをバレッタがクスクスと笑う。
「――笑ってますけどバレッタこそなんですか。ロスタルにはもう見切りをつけたなんて仰ってましたのに」
「だって……こんな嬉しい贈り物貰っちゃったんだもの。惚れ直すに決まってるじゃない」
バレッタは締まったお腹をさする。
「そこに本当にオレの子が居るのか? 全く実感が湧かないが」
「え? あなた以外の誰の子が居るって言うのよ」
「いや、そうではなくてな。まだお腹も大きくないのに――」
「地母神様のお告げがあったもの。間違いないわ」
「そういうものなのか……」
「そういうものなの。地母神様の秘儀は、男は知らなくていいの」
バレッタの言う秘儀は古くからの地母神信仰に於いて、唯一伝えられてきた口伝だった。女の日々の生活から妊娠、出産にまで関わる秘儀で、男が知ると不能になるという噂まであった。
「わたくしも早くお告げを頂きたいです……」
「ディジエはもうしばらくロスタルとの寝屋事を楽しんだ方がいいわね。すぐお告げを貰ったりしたら貴女、欲求不満でどうにかなっちゃうわよ?」
「でもバレッタを見ていたら幸せそうで……」
「人生150年。あと50年やそこらは産む余裕あるから大丈夫よ。ロスタルさえ元気ならね」
ディジエが不意に、心配そうにこちらを見る。
「大丈夫だ。これからはハイトリンに手助けしてもらうし、君たちにも必要なら手伝ってもらうようにするよ。無茶はしない。約束する。できるだけ毎日帰るようにするし」
「それはよいのです。帰りを急かしたくはありません。ですが、必ず帰ってきてくださいまし……」
ああ――オレは頷き、手を伸ばし、ディジエから差し出された手に触れる。
「――では今晩からはバレッタの分も頑張らせていただきますね」
「あら? あたし別にしないとは言ってないわよ?」
「だってバレッタ。貴女、お腹に――」
「地母神様の秘儀にも魔女にしか伝わってない秘儀があるの。ディジエにはまだ早いかしら。お口でしたり、他にもいろいろ」
「口で…………」
そう呟いたディジエが一瞬、物思いに
ハッ――と息を飲んだディジエはこちらを向いて目を見開く。
「ロスタルっ! あのっ! そのっ! クローサンが言ったという話はでたらめですから!」
クローサンがディジエのために嘘を吐いたというのは既にディジエ本人から聞いていたため今更なのだが――
「それは君から聞いたよ。だから――」
「でたらめですから!!」
ディジエは何故か顔を真っ赤にして語気を強めていた。
何の話?――とバレッタが聞いてくるが、ディジエが口を尖らせ、頬を膨らませてこちらを牽制してくる姿がかわいらしくて、思わず笑ってしまった。ディジエはおそらく、口元についていた縮れ毛の意味をいま理解したのだろう。その様子に、当時は――ディジエがそんなことを――とショックを受けていた自分が馬鹿馬鹿しくて涙さえ出てきた。
ギャッ!――と、自身の笑い声の中、悲鳴を上げたのはなんとオレだった。
突然の股間に走る痛み。見ると、さっきまで眠っていたハイトリンが服の上から噛みついていた!
「痛い痛い! ハイトリン! いきなりどうした!?」
ハイトリンは口を離し、寝ぼけ眼で頭を起こすと――
「うにゃ? だって口でって」
「ハイトリン、歯を立てちゃダメよ」
「歯を立てるどころか! いきなり噛みつくやつがあるか!」
「バレッタ、あとで教えて」
「バレッタ、教えなくていいからな」
「わたくしも詳しく知りたいです」
「ディジエもやめてくれ……普通がいいんだ。ゆっくり育てていこうじゃないか」
オレが慌てて二人を
「……ですって。まあ、今日の所は勘弁してあげましょう」
「致し方ありませんね」
「じゃあ明日教えて」
「明日もない」
何の話をしていたか、何か反省すべきがあったような気もしたが、オレの愛する妻たちが幸せそうならそれでいい。
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『かみさまなんてことを』や『堕ちた聖女は蘇る』と舞台が同じなので、彼らも長生きですね。
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