第3話 聞いてくれクローサン 2
「わかった。だが落ち着け。ロスタルの思い違いかもしれない。俺が調べてやる」
思い違いなど――そう言いかけたオレの肩に手をやると、疑念を振り払ってくれるかのように肩を揺するクローサン。
「ディジエの変わり様には驚くが、仮にも彼女は聖女だ。夫に冷たく当たったり、不在を見越すように出かけたりされたからって、市井の女の思惑を
クローサンは、聖女の力については触れずにそう
「――それからバレッタ。彼女についてはお前も事情を分かった上で求婚したのだろう?」
「ああ、その通りだ」
クローサンの言うバレッタの事情――それは魔女として最大限力を発揮できる聖秘術――或いは単に魔女の祝福――と呼ばれる魔法の性質に依る部分が大きかった。
聖秘術とはつまり、
その
加えてバレッタは魅力的だった。初めて会った時はオレも二十代後半で、それまでに女を抱いた経験が無かったわけではないのだが、それでも彼女の虜になる男たちの気持ちは理解できた。加えてオレ好みの背の高い女だった。
「――だが決して、求婚は彼女の体だけが目当てだったわけじゃない」
「嘘を吐け。メロメロだっただろ。よくディジエが嫉妬していたぞ」
「そ、そうなのか!? ディジエが? どんな風に?」
「いいからバレッタのことを聞かせろ。話が進まない」
「わかった。聞いてくれ、クローサン」
◇◇◇◇◇
『勇者一行』に加わったバレッタは魔王討伐のため、オレ専属の魔女となった。この時点で、多くの寄付が必要な彼女を占有してしまうことを理由に害意を向けられる可能性はあった。しかし当時のオレは勇者としての使命感に頭が一杯でそこまで考えが及ばなかったのだが、何も問題が起きなかった理由は今考えてもわからない。
バレッタの聖秘術の効果は一ヶ月。ひと月に一度、術を掛ければ十分だったのだが、魔法の切れるタイミングが満月か新月の日没にまとめてだったため、複数の聖秘術を常に維持するためにもバレッタは半月に一度、オレと交わった。ただ、いま思えば彼女とのこの祝福が市井の者に知られ、あのハーレム税事件に繋がったのだろう。
経験豊富な彼女はまた、戦線で戦い続けるオレの精神的な癒しとなった。折れそうになる心を支えてくれたのが彼女だった。そんな彼女をオレはいつの日か、自分だけのものにしたいと考えるようになっていった――。
「それで実際にお前だけのものになったのだろう? どちらも覚悟の上だ。違うか? ロスタル」
「ああ。だがな、例えばこれは半月前の話だ――」
「バレッタ……明日から少々厄介な魔族を相手にせねばならない。
オレは明日からの遠征の前に、バレッタの聖秘術を施してもらおうと彼女に掛け合っていた。
「ロスタル? あなたもう私の祝福なんて必要ないでしょう? 悪いけど今晩は騎士団長様に御呼ばれしているの。五日後から遠征なんですって。ひと晩分の寄付を頂いてるから朝まで帰れないわ。あ、夕食も向こうで取るから、宜しくね」
そう言ってバレッタは、艶めかしい装いをオーバーコートで包み、屋敷をあとに――
「待った待ったロスタル! どうして未だにバレッタが神聖娼婦を続けているんだ!?」
「それなんだが――」
――結婚してしばらく、オレは三人との屋敷での生活を続けながら魔族との戦いを両立していた。あの頃はよかった。クローサンこそ欠けていたが昔のように、いやそれ以上にオレの愛する妻たち三人を守りながら使命を果たしているという充実感に溢れていた。
ただ、あるときバレッタが言った――
「あたし、神聖娼婦としての仕事に戻ろうかなって考えてるんだけどロスタルはどう思う? 嫌かしら?」
「それは……またどうして?」
「ロスタルがどう思うか聞いてるんだけど?」
「……君がそうしたいというのなら、力を遺憾なく発揮できる場へ戻るのも悪くは無いだろう」
そ――とバレッタは一言だけ残し、その話はそこで終わった。
実際、その頃はもう彼女の祝福ではオレの力はどれほども
「許したのか!? 神聖娼婦の仕事を!」
「ああ。だがオレはどんなバレッタでも受け入れるつもりだ。心にオレがある限り」
「いやいや、バレッタについてはお前にも非があると思うぞ」
「どうしてだ。妻のお役目への遣り甲斐を応援してやるのも夫の役割だろう?」
「けどな、仕事に彼女を取られてしまっていいのか?」
「まさか。やっていることはこれまでと同じだろう?」
「じゃあどうして今のお前は辛そうなんだ?」
「ああ……。そういうことか、クローサン」
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