第4話 聞いてくれクローサン 3

「ロスタル、お前、三人が男に寝取られていると言っていたよな?」


 ああ――とオレは答える。クローサンの口から改めてそのことを問われると胸が苦しい。


「だが、話を聞いた限りじゃ……ロスタルお前、この問題から目を背けようとしていないか?」

「だってな……好きなんだよ、愛しているんだよ三人とも。信じたいんだ……」


 どうしてか言葉にすると目頭が熱くなった。


「わかった! わかったから泣くな。勇者のクセにみっともないぞ」


 そう言いながらもクローサンは金糸で刺繍されたヤドリギが美しいハンカチーフを、使えと手渡してきた。


「すまん。ありがとう」

「礼を言われるようなことじゃない。気にするな」


 折りたたんで返したハンカチーフを胸にしまうクローサン。


「そういえば恋人は聖国出身だったか」

「ああ、マリは刺繍が上手でな」


「オレも聖国の神さまにあやかりたいよ」


 聖国の象徴はヤドリギ。恋人たちを祝福し、絆を保つ神さまと言われていた。


「お前はちょっと欲張り過ぎだから聖国の神さまも呆れるかもな。だが、それ以外は特に何を求めているわけでもない無欲な勇者だ。お前の幸せを祈るよ」


 クローサンが葡萄酒と蜂蜜酒を注文し、二人でマグの口を打ち合わせた。


「――さて、じゃあ聞かせて貰おうか。ハイトリンについてだ。あの子は天才ではあったがまだ若かった。ロスタルに鈴でも付いているのかと思うくらいにはいつもお前の傍で楽しそうな声をあげていた。それに知る限りじゃ男性経験も無かったはずだ」


「ああ、その通りだ。聞いてくれ、クローサン」



 ◇◇◇◇◇



 その昔、今はもう魔王領となって久しい樹海と呼ばれた土地にエルフという種族が居た。エルフは妖精の一種だという。オレたちにとっては、妖精というと魔族が使役するゴブリンだのオーガだの、とかく悪戯妖精ボギーと呼ばれる醜く粗暴な存在という印象があるが、エルフはとても美しい妖精なのだそうだ。


 エルフは時に人に恋するが、エルフとの間に生まれた子は彼らの世界では育てることができないらしい。エルフとの間にできた子供もまた美しく、優れた身体能力と魔術の素養を持つという伝説があった。


 ハイトリンはそのエルフとの間にできた子供だったらしい。らしい――というのは、彼女に親はなく、誰かしらの証言があるわけでもないからだ。だが彼女は白磁のような肌と絹糸のような輝く髪を持つ美しい少女で、さらには幼い頃から一本の魔剣をたずさえていたそうだ。それはエルフのみが鍛えられると言われる囁く雪ウェスナ鋼と呼ばれる幻の鋼を使った鏡のように美しい刀剣だった。


 ハイトリンは剣術、魔術、共に優れた才能を持っていた。それもオレたちのように神さまからの祝福で得た借り物の才能などではなく、自身が積極的に吸収していった技術や知識だった。ハイトリンの力は全て自らが経験し、学んだものばかり。それこそが天才と呼ばれる所以だった。


 ハイトリンは最初、オレの得た勇者の祝福を以てしても敵わないほどの強者だった。特に剣技と魔術を巧みに組み合わせて戦う彼女独自のスタイルは、オレには真似のできないものだった。それでも、魔王を討ちとるためにオレはハイトリンに倣って努力した。


 やがて、勇者の祝福を超えるこのを手にした時、彼女は少しだけ寂しそうだったのを覚えている――。



「そうだな。圧倒的な力の差には小手先の技術など通用しない。赤子の手を捻るようなものだ。ロスタルに対して思うところもあったろう」

「ああ、だからかもしれない。ハイトリンへ求婚した時、彼女はまた何か新しい目標ができたようにも見えたんだ。例えばそれは愛のような……」


 ブフォッ――突然咽込むせこむクローサン。


「……まあ、お前がそう言うならそうなんだろう」

「どういう意味だ?」


「幸せだったなら何よりってことだ。ともかく、彼女の初めての相手だったんだよな、お前が」

「ああ。そうなんだが――」



 ――三人との結婚式、それをいちばん楽しみにしてくれていたのはハイトリンだったと思う。三人は仲が良く、オレを含めた四人でいつまでも一緒に居られることを何より喜んでくれた。慎み深い代わりに消極的なディジエを舞台へ引っ張り出し、魔女には似合わないと言うバレッタに純白のドレスを着せ、二人にオレと腕を組ませ、オレの前にちょこんと立つ彼女が愛らしかった。彼女の頭に頬擦りすると鈴の音のように笑ってくれた。


 ただそれも、彼女との初めての夜を迎えるまでだった。

 あれからハイトリンは物思いにふけることが増えた。

 悩み事かと聞いても自分の問題だとしか答えてくれなかった――。



「なんだ? 何をマズったんだ? 女性経験が乏しいわけでもないよな、ロスタル」

「ああ、オレの方には問題はなかった…………はずだ」


「じゃあ何だ? 何をやらかした?」

「それが………………彼女、海星マグロだったんだよ」


 ブフォッ、ゲホッ――再び咽込むせこむクローサン。


「……はぁ、はぁ…………いきなり変なことを言い出すな」

「すまん」


「しかしそのくらい何度か経験を重ねれば改善されるだろ?」

「それが……オレが頑張ってもハイトリンは毎回、ほとんど無表情なんだ。その内、だんだんとこちらも自信を無くしてな……」


「バレッタに相談しなかったのか?」

「ああ、いや。オレもそれを考えた。考えたんだが、その頃にはもうバレッタはオレと夜を共に過ごさなくなっていたんだ」


 ふぅ――と溜め息をついたクローサンが天井を見上る。


「だがまだ手遅れじゃない、そのくらいなら何とかなる。大きな問題じゃ――」

「それだけじゃないんだ」


「なに?」

「それだけじゃないんだ、クローサン。これを見てくれ」


 オレは懐から出した便箋の束を紐解き、クローサンに手渡す。


「これはなんだ?」

「大賢者様に頼んだんだ。星界網メガラインって知ってるだろう? その記録だ」


 星界網メガラインとはつまり、魔術師たちが張り巡らした情報網。距離を無視した情報伝達が可能な特殊な連絡手段だった。彼ら魔術師たちは、我々の世界に隣接する星界の海アルトラルプレインを経由して前線との連絡を取ったり、魔術的な知識の情報交換を行う。


「お前……こんなもの、国の上層部でも閲覧できない機密じゃないか! 何を代償に手に入れたんだ!?」

「大賢者様は――いいよ――って言ったんだ」


「またかよ! 軽いだろ!」

「まあ、それはオレが勇者だったからかもしれない。とにかくここだ。読んでみてくれ」



『ハイりん:ゆるぼ えっちを上手に教えてくれる素敵な男性募集☆宿代別銀10』



「なんだこれ!?!?」

「宿の代金は男に払わせて、別に銀貨10枚の報酬を要求しているらしい」


「いや、そうじゃねえよ! てか銀貨10枚って安っす! 今時、神聖娼婦を雇えない娼館でも倍はするぞ」

「そこはいいから、続きを読んでみてくれ」



『■■■■:>ハイりん 俺上手だよ。会わない?』

『■■■■:>ハイりん 僕なら今すぐでも大丈夫』

『■■■■:>ハイりん ハイりんちゃん、どこ住み?』

『ハイりん:>■■■■ 本当に上手? 経験人数は?』

『■■■■:>ハイりん 50人くらいかなあ』

『ハイりん:>■■■■ じゃあ会ってみよっか』



「このハイりんってハイトリンのことか!?」

「ああ、一応偽名のつもりらしい。黒塗りはさすがの大賢者様もいろいろ都合が悪かったそうだ」


「そもそも星界網メガラインに偽名が使えること自体初耳だ! まさかこれ、実際に会っていないよな!?」

「いや、それだけは確かめた。ハイトリンが知らない男と宿に入っていく所を見かけたんだ。ただ、彼女は擬態ポリモーフの魔術で完全に別人になっていた」


「密会に擬態ポリモーフまで使うのか! 完全に別人だったなら別人かもしれないだろう?」

「いや、オレは真実の目トゥルーシーイングの魔術で確かめた。その記録に記されていることも一度や二度じゃない……」


「この便箋の束が? いったいどれだけ……」


「全部……全部そうなんだよ、クローサン」







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