第5話 帰宅
「ただいま……」
屋敷へと帰る。誰も迎えはなく、返事も無かった。
今日は討伐を休むとディジエには伝えてあった。
朝、古い友人と会ってくるとだけ話したが、ディジエからは嫌味を言われ、
◇◇◇◇◇
夕暮れ時、屋敷にはオレひとりだった。
使用人は決まった時間にしか出入りしない。
オレたちはクローサンも含めて全員が親しい人たちを失っていた。
だから四人で家族になれるとよく話していた。仲の良い一行だった。
オレが
天界の神々に認められるよう全員で協力して神々の試練を乗り越えた。ディジエがオレの千切れた腕や脚を拾い集め、泣きながら癒しの祈りを捧げたこともあった。重い呪いをオレが一手に受け止め、そのオレの呪いを解くためにバレッタが七日七晩介抱し続けたこともあった。ハイトリンと二人、空になるまで魔術を放ち続けたこともあった。あの時はお互い笑っていた。
ディジエが変わってしまったのは何故だろうか。
彼女の性質もそうだが、討伐報酬にどうしてそこまで拘るのか。それまで彼女は金や財産とは縁遠い存在だった。オレとの結婚が彼女を変えてしまったのだろうか。
バレッタは過去の彼女からは変われないのだろうか。
神聖娼婦と言うバレッタを活かすお役目は、オレとの結婚を経たとしても彼女に一生ついて回るのだろうか。クローサンはそれを許したオレにも非があるという。
ハイトリンは何を望むのだろうか。
彼女は自力で何でも手に入れてきた。そんな彼女を手に入れようと、愛の言葉を囁き、結婚しようと告げて受け止めてくれた時のあの笑顔は何に対してだったのだろう。
◇◇◇◇◇
ディジエの部屋の前に立つ。
ノックすれば昔の彼女が出てきてくれるような気もしたが、頭を振ってオレは
ディジエには屋敷の財政面を任せてあった。宝物庫や金庫自体はハイトリンの部屋にあったが、帳簿の類はディジエが持っていたはずだ。
オレは複数の探知魔法を使い、金庫に掛かった魔法を探る。
幸い、金庫には探知妨害しかかかっていなかったため、オレは
金庫の中には羊皮紙に書かれた帳簿がいくつもあった。
オレはそのひとつを手に取り中身を検める。最近の荒々しい言動からはかけ離れたディジエの几帳面な文字が並ぶ。昔から変わっていない。少しだけ嬉しくなって頬が緩んでしまう。
最近の帳簿を眺めていくと、その中に『聖堂への寄付』という項目があった。それも結構な額だ。そしてそれは毎月のように記載されていた。また、『神殿への寄付』というものまであった。こちらも結構な額で、双方合わせるとオレの討伐報酬の半分以上が費やされていた。
――さて、これを額面通り捉えてよいものか……。
ふと、別の帳簿を手にしたと思ったオレは、その表紙を見て息を飲んだ。
――日記。
ディジエの日記がそこにあった。勇者一行として行動していた頃からその表紙には見覚えがあった。以前と比べても随分と厚みが増している気がする。
そこに答えがある――そう頭では理解していたが、どうしても開く気にはなれなかった。このようなことをしておいて何だが――それは違う――と思った。この中身を見るくらいなら本人に直接問い詰める。
オレは日記と帳簿を元へ戻し、斬り裂いた金庫の一部を元の位置に当て、
部屋を出ようとして気が付く。この部屋は昔のままのディジエの部屋だ――そう感じられた。オレに対してあのような粗野な言葉を吐く彼女の部屋とはとても思えない。ベッドは整えられ、掃除は行き届き、調度品は行儀よく整列している。その中には、ああ、オレが贈った玻璃の小さな兎が居た。彼女が止める中、溶けた玻璃をオレが素手と聖剣で直接こねて作った不格好な置物だった。そしてこの部屋には彼女の匂いが漂っていた。
◇◇◇◇◇
今日は使用人が夕食を用意していなかった。皆がそれぞれ、外食してくる予定だったからだ。まあ、オレはまともに食ってこなかったが、食事が用意されていないからと言って困るような勇者様ではない。
オレは庭へ出て火を起こし、昔のように野営での調理を始めた。なんなら食材は昔より豊富にある。だがオレは、あえて日持ちは良いが、そう旨くはない干し肉を使った。芋を入れ、庭に生えた香草を刻み、あの頃のような食事を作った。
「悪くない。腕は落ちていないな」
鼻で笑い、そう独り言ちたオレは、ふと振り返った。
誰かに聞かれていたら恥ずかしいなどと考えたのだが、そこには外から帰ってきたばかりのディジエが
「あー、悪かった。庭でこんなことをして。つい昔を思い出して出来心でな」
バツが悪かったオレは、ディジエから捲し立てられる前に謝ってしまっていたが、何故だか彼女はいつもと違って一言も喋らず、目を伏せたまま早足で屋敷の方へと立ち去ってしまったのだった。
その夜、ディジエは部屋に篭りっきりだった。もしかして部屋に忍び込んだのがバレたのかとも思ったが、翌朝にはいつも通りの彼女に戻っていたので安心もしたし、少し悲しくもあった。
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