第8話 魔女バレッタ

「バレッタについてはお前も知っての通り、神聖娼婦の仕事を続けている。人気は以前の比ではないらしい。実際、神殿のお偉いさんたちも大喜びだそうだ」


 ディジエに次いでバレッタの調査報告も同じ日に聞いた。加えて、具体的にどれくらいの人数を相手にしているかを聞かせられた。人数自体は限られたものだったが、ほぼ毎日のように朝方まで誰かの相手をしていた。


「あれは仕事ではない。神殿のお役目だよ、クローサン」

「お前はそう言うだろうな。ただ、客の中には彼女の体目当てだけのやつが増えているんだ。騎士や魔術師ではなく、商人だとか、成金領主だとか。そういうやつらの中に、バレッタを占有しようと考えているやつがいて、今、その方向で話が進んでいる。年単位の専属契約ってやつだ」


「そんなことが可能だというのか? 夫のオレが居るというのに!」

「ああ、金はそれだけモノを言うんだよ」


「バカな! 彼女はオレの妻だ! オレのものだ!」

「そうだな。だが、お前はそれを示していない。いいのか? もしそうなったら、彼女は屋敷に一年は……いや、契約が続けば二度と帰ってこなくなるぞ」


「彼女の祝福はオレにはもう力不足なんだ……」


 オレは項垂れたが、クローサンは何故か不敵な笑みを浮かべる。


「実はな、ロスタル。俺も彼女の客になってきた」

「なんだって!?」


「手持ちを全部使ってたったの四半刻だぞ。まあ、バレッタが知り合いのよしみでと半刻にまけてくれたがな」

「お前、背の高い女は嫌いじゃなかったのか!?」


「なに、意外とデカい女も悪くねぇなと思ったまでよ」

「クローサン、お前……」


「お前が認めたことってのはなんだよ。まずそれを理解しろ。――ただまあ、怒るな。本人からも話を聞いてきてやったから」

「…………」


「バレッタは、今のお前には魅力を感じないと言っていた」

「そうか…………」


「専属契約にも乗り気だそうだ。近いうちに話がまとまるかもしれない。そうなったら手遅れだ。契約後に無理を通そうとするとバレッタと結婚した時以上に厄介なことになるぞ。どうする?」

「オレは…………彼女をオレだけのものにしたい」


「なら決まりだ。俺の最後の頼みを聞いてくれ」



 ◇◆◇◆◇



 夜明け前、まだ空が白み始める前の時間、オレは火の灯った暖炉の前のソファに座っていた。新婚当初は遅い時間までソファの上で四人、語り合ったりしていた。今ではそれも、もう遠い記憶だ。


 コツリ――と玄関前のポーチで音がした。バレッタが空飛ぶ箒ブルームから降りた音だ。合言葉コマンドワードで玄関が開き、彼女が入ってくる。彼女の部屋はかまどに近い部屋だった。使用人に声を聞かれたりしたら恥ずかしいのでやめておけとオレは言ったが、何も恥ずかしがることじゃないと彼女が言って決めた部屋だ。


 クローサンは言った――


『お前のモノならそれを証明してみせろ。祝福は魔女のお役目と言ったな? じゃあこれまで祝福でしか交わっていないお前は彼女とはだ。彼女だって祝福でしか交わってないならお前が初めての相手になるはずだ。そして狙うのは夜明け直後だ。は夜明けとともに失われる』


 オレは朝日が顔を出すのを確認してから彼女の部屋の戸を開いた。ディジエの部屋と違って鍵は掛けられておらず、部屋の中は酒の臭いがした。


 バレッタが床に脱ぎ捨てたオーバーコートを拾い上げ、椅子に掛けてから近づくと、彼女は艶めかしい衣装を半分ほど脱ぎかけたままでベッドに突っ伏していた。黒く艶のあるブーツでさえ脱ぎ切れていない。このまま襲ってもよかったが、それはオレの趣味ではなかった。


「バレッタ、起きろ。バレッタ……」


 何度か呼びかけ、指先を揉む。


「んん…………誰? ロスタル…………じゃない…………よね?」

「ロスタルだ。起きてくれ、バレッタ」


「まさかぁ…………いったいこんな時間に何の用ぉ?」

「君と……交わりにきた」


 オレは寝ぼけているバレッタの服を脱がしにかかる。


「今日の祝福は打ち止め…………もう閉店よぉ」

「祝福じゃないよ、バレッタ。君としたいから来たんだ」


「ロスタルがそんなこと言う訳ないじゃない。だぁれ? 変装ディスガイズの魔法でも使ってるんでしょ。祝福なしではしないわよ」

「違うよ、バレッタ。君をオレのモノにしたいんだ」



「――それから、もう夜は明けているよ」

「ぇ…………」


 薄明に照らされたバレッタの顔は呆けていた。

 彼女がいつもお役目の前に掛けている――つまり避妊のまじないは解けている。


「祝福は無しだ。子をしてくれ、バレッタ」

「ロスタル!」


 息を飲んだ彼女はオレの名を呼んだ。


 それからオレたちはお互いをむさぼり合った。オレ以外の誰にも渡さない。二度とお役目には向かわせない。喩え、彼女の聖秘術がオレに無用だとしても彼女をこうして愛することをやめない。そう訴えながら昼まで交じり合った。隣の厨房の使用人たちも呆れたことだろう。







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