第8話 テオを選んだ少女
8.
それから、俺は軽く雑談も交えながら、二人を所長室まで連れていった。なんとシズル大尉も過去ダイダロスで教導の任に就いていことがあるらしく、三人で再会の挨拶を交わしているのを後ろから見守る。
そうして、少しだけ旧交を温めてもらったのち、俺たちは早速午後の教練の場である第一教練場へと向かった。
――それにしても。
教練場への道中、俺は後ろを歩く二人にちらりと視線を向け、何とはなしに思う。
高名な勇者だというのに、フィウレ中尉は一切驕ったところのない、立派な人物だ、と。
話していると分かるが、軍の中で階級や評価が高い者の中には、どこか周囲を見下し横柄な態度をとるような者が少なくない。己の能力が高いことを知っていると、そうではない周囲が愚かに見えるものなのかもしれない。
しかし、一方でフィウレ中尉はといえば、階級が下である俺に対し、上から目線のような態度は一切感じないし、物腰は極めて穏やかだ。一見人当たりの良いシズル大尉でも、裏でどこか俺を侮るような言動があるのに対し、フィウレ中尉からは負の感情を一切感じなかった。
――やはり雷霆の異名を持つほどの英雄は、人格面でも優れているものなんだな……。
俺は彼女の立ち振る舞いに感服しながら、教練場への道を進んだ。そして、渡り廊下を渡って二回りほど小さな建物である第一教練場の中へ入る。
「――ここも、昔と変わりませんね」
高い天井に、教練場として十分な広さの板張りの床。四方を囲う壁にはうっすらと魔力が流れ、防護の魔法が掛けられている。
俺は懐かしそうに周囲を見渡すフィウレ中尉に答えた。
「そうですね。壁に掛かっている防護魔法はどんどん新しい方式に更新されると聞いていますが、外観などは古くからずっと同じだそうです」
俺の言葉に軽く頷きながら、フィウレ中尉はシズル大尉ともにこやかに言葉を交わす。やはり過去同時期にダイダロスで過ごした者同士、思い出話はいくつもあるのだろう。
俺は少しの間彼女たちの話を聞きながら待ち、腕に付けた魔導式時計をちらりと見て、会話の切れ目で口を開いた。
「……さて。お話し中失礼しますが、そろそろ午後の教練の話をさせていただきます。先ほどもお伝えしましたが、今日はここで子どもたちの能力操作向上の教練を私とともに見ていただきたいと思っています。まず、大まかな進め方から――」
そうして、教練の段取りを三人で確認しながら、子どもたちがやってくるのを待つことしばし。
やがて、いくつかのグループに分かれて、腹を満たした子どもたちが教練場へと姿を見せ始める。
みなどこかそわそわした様子で入ってきて、中に立つフィウレ中尉を見るや、高揚した様子で子どもたち同士ひそかに言葉を交わし合っている。アリーナやアネモイも、他何人かの子たちと一緒にやってきて、フィウレ中尉の姿に興奮した様子を見せていた。
そして、教練開始の時間までまだ十分ほどあるものの、教導役と勇者候補たち全員が教練場へと揃った。
俺はいつになく礼儀正しく整列している子どもたちを見て、苦笑しながらシズル大尉とフィウレ中尉へ声を掛ける。
「まだ教練開始の時間まで少しありますが……御覧の通り、子どもたちは皆この時間を楽しみにしているようでして。お二人が良ければ、もう教練を始めてしまってよいでしょうか?」
「ああ、もちろん俺は構わないさ。フィウレも問題ないな?」
「はい。期待に応えられるか分かりませんが、よろしくお願いします」
二人が快く頷いてくれたのを聞いて、俺はさっそく教練の開始を子どもたちに告げる。そして、先ほどの話した段取り通り、まずは自己紹介から始める。
「――みなさん、初めまして。十年前にダイダロスを卒業して勇者になった、フィウレ中尉です。……自分で言うのは気恥ずかしいですけど、巷では雷霆などと呼ばれてもいます」
優美な動きで敬礼して見せたフィウレ中尉に、子どもたちは大きくどよめいた。みな当然『雷霆のフィウレ』の名は聞いたことがあり、そんな大物がわざわざやってきてくれるとは思っていなかったのだ。
そこかしこできゃあきゃあと姦しい声が上がる、まるで人気の女優を前にしたファンのような有様に、好意を向けられたフィウレ中尉自身も苦笑いを浮かべている。
俺はいつまでも落ち着かない子どもたちに注意をしながら、次にとシズル大尉を促す。
「どうも、初めまして。フィウレ中尉の後で少し気が引けるけど――彼女の所属する部隊を統括している、シズル大尉だ。これでも昔、フィウレ中尉がダイダロスにいたのと同じ時期に、アイオス少尉と同じ教導の任に就いていたんだ。分からないことがあれば、気軽に聞いてくれて構わないよ」
シズル大尉は茶目っ気のある表情で、ウインクしながら言った。柔らかく整えた金色の髪と、その甘い顔立ちを見て、一部の少女は小さく黄色い声を上げていた。
さて、それでは自己紹介も終わったところで――
「さあ。挨拶も済んだので、これより教練を開始する――。今日行うのは、能力の精密性を上げる訓練だ。密集するように設置した的のうち、色を付けたものだけを破壊するんだ」
俺が指差す方向には、今日のために準備した人型の的が乱立している。そのうちの一部は赤く着色してあり、それを狙って魔法を撃つことで、力の精密な操作を鍛えるのだ。
頷いた子どもたちを見て俺は続ける。
「では、今日はシズル大尉、フィウレ中尉、俺の三人が監督と指導を行う。教導役全員に訓練を見てもらえるよう、一定時間で担当を交代するようにするが……初めは、希望の教導役にもとに集まってくれ」
俺が組み分けを指定してしまってもよいが、たまにはレクリエーションも兼ねてこういう形にしても面白いだろう。モチベーションの向上は訓練の質にもつながることであるし――と、そんなことを思いながら、我先にと移動する子どもたちを見守ることしばらく。
予想通りとなんというか――子どもたちはかなり偏った人数で、それぞれの教導役のもとへと集まる。
もちろん一番人数が多いのは、フィウレ中尉のところだ。目算で子どもたちの三分の二ほどが集まっている。
ちなみに、俺と接することが多いアリーナとアネモイも、二人そろってフィウレ中尉のところにいた。人の好いアネモイなんかは、ちらりと人気のない俺を気にするようなそぶりを見せていたが、気にするなと身振りで伝えて見せた。
そして、子どもたちのうち残る三分の一は、シズル大尉のところだ。見たところ、先ほど黄色い悲鳴を上げていた者たちが多いようだが、そうではない者も含まれている。後でフィウレ中尉の指導も受けることができるので、子どもたちの人数が少ない回でフィウレ中尉に教われるよう、初めはシズル大尉のもとを選んだのかもしれない。
さて、そして最後に俺のもとを選んだ子どもがいるのかということだが――
「――ここへ来たのは、お前一人だけだな。ドローチェ」
どこか神秘的な雰囲気を纏った銀髪の少女に、俺は意外だという思いを込めて声を掛けた。
少女――ドローチェは、うっすらと笑みを浮かべてこちらを見ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます