第9話 掴みどころのない主席少女

9.


 俺はただ一人やって来たドローチェを見て、自分で思うのもなんだが、どうして俺を選んだのかと首を傾げる。


 そんな俺の疑問を察したのか、ドローチェは長い髪を揺らすように小首を傾げ、つややかな唇を開く。


「わたくしはあまり、あのお二人に興味ありませんから。それなら、先生をわたくしひとりで独占して能力を鍛えた方がお得でしょう?」


「そう、か。……ダイダロスの先輩で、英雄として活躍しているフィウレ中尉のことは、気にならないのか?」


「はい。フィウレ中尉の勇者としての実力については特に……。人格面はなおさらですね。ましてシズル大尉なんか、言葉に出すまでもありませんよ」


 ビスクドールのように端正な顔に薄い笑みを浮かべたまま、予想だにしない辛辣な言葉が吐かれた。俺は驚いて、かすかに目を見開く。


「今はあの二人より、アイオス少尉の方がよっぽど興味深いんですよ?」


 ドローチェはわずかに笑みを深め、それきり口を閉じた。


 ――ううむ。どうもこのドローチェという子はやりづらい。


 俺はなんと返したものかと頭を悩ます。


 ドローチェはフィウレ中尉の力に興味がないと言えるほど優秀な子で、勇者としての能力を表す階梯も正二位とすでに一級品だ。最上の位階が正一位で、その下に従一位を挟んで正二位と並ぶため、この若さでもう頂点に指をかけているといって過言ではない。


 ヤリス大尉に聞いたところ、実戦配備されている勇者でもそこまでの位階はそうおらず、平均で正四位から従三位くらいということだから、ドローチェは誇張抜きに優秀なのである。


 俺はドローチェの感情が読めない笑みを見ながら考える。


 ――優秀な彼女からすれば、現役の高名な勇者といえど気にならないものなのだろうか。人格面にまで言及するというのは良く分からないが……。


 普段から子どもたちの中で浮いている様子のドローチェだが、やはり中々思考回路の読めない子だった。


 俺は頭に疑問を浮かべつつも、少し離れたところからシズル大尉やフィウレ中尉が教練を開始した言葉を耳にして、余計な考えはいったん置いておく。先ほどのドローチェの言葉もスルーし、教練の開始を告げた。


「雑談はここまでにして……訓練を開始しよう。先ほど説明した通り、できるだけ色のついた的だけ破壊するように魔法を撃ってくれ」


「ふふ。はい、いいですよ」


 神秘的な雰囲気の容貌に、俺の内心を見透かしたように軽く笑みを浮かべた後、ドローチェは右手を前に突き出す。


 そして体内の魔力を励起すると、呪文の詠唱もなく魔法名を唱えた。


「――【氷結】」


 鈴が鳴るような声ののち、ドローチェの体を淀みなく巡った魔力が、余分な放出もなくきれいに魔法へと変換される。


 そして次の瞬間――


「……!」


 俺の視線の先で、二十ほど用意されていた赤い的が、すべて同時に凍り付いた。もちろん通常の的にはなんの影響も及ぼしていない。さらに――


「――【振動】」


 ドローチェがかざした手を軽く振ると、氷に覆われた五つの的がパリンと澄んだ音を立て砕け散った。キラキラと光を反射する氷の粒が、何かの演出のように地面へと舞い落ちる。


「……お見事」


 文句のつけようもない魔法行使に、俺はそう呟いていた。


 ――多彩な魔法行使と、その威力の高さは知っていたつもりだが、魔法の精密性もここまで洗練されているとは……魔法において、俺が彼女に教えられることはほとんどないんじゃないか?


 まるで助言を待つようにこちらを向くドローチェを見て、俺は参ったとばかりに両手を上げる。勇者候補などとはいうものの、魔法行使ではすでに実戦投入しても問題ないレベルなのが、今の代の首席であるドローチェという少女であった。


「さすがドローチェだ。文句なく合格だ」


「ふふ、ありがとうございます。でもそれなら、これからわたくしはどうすれば?」


「ああ、そうだな……」


 教練の合格基準がすでに満たされていることもあり、俺は彼女にどんな課題を与えるか少しばかり考える。


 正直ドローチェの魔法に関しては、勇者として実戦に出るための水準はすでにすべての項目で上回っていると言っていい。速度、威力、正確性――これらをこの歳で高水準に鍛え上げているドローチェに課すべき訓練とは――


 ――よし、決めた。


 俺はドローチェの固有能力のことを思い出しながら、いまの彼女に適切であろう訓練を言い渡す。


「ドローチェ、お前には手札の数を――使える魔法の種類を増やすことに挑戦してもう」


「新しい魔法を覚えればいいんですか?」


「ああ、そうだ」


 ドローチェの言葉に頷いて見せる。そうして俺は、持ってきていた鞄から魔法の教本を取り出すと、それをドローチェへと手渡す。


「ここに乗っている中で……そうだな、中級以上の魔法にしようか。まだドローチェが使えない魔法を探して習得してくれ。もちろん、いま使える魔法との相性を考慮して選ぶよう意識してほしい」


 ドローチェは、『あらゆる属性の魔法に高い適性を持つ』という特殊な能力を持っている。


 どんな魔法でも高水準に使いこなす適性があるドローチェは、現段階でも他の子どもたちに比べてはるかに使える魔法が多い。通常、限られた数の属性にしか適性を持たない魔法士が多い中、その手数の多さは彼女の明確な強みの一つだ。


 使える魔法の種類が多ければ、それぞれに多様な耐性を持つ魔物に対し、有利を取れるような状況が増える。また、複数の魔法を組み合わせて活用することで、戦略の幅も大きく広がる。


 彼女は他にも魔法の速度、威力、精密性という強みを持っているわけだが、しかしすでに高水準にあるそれらを鍛え上げることコストの高さを考慮して、この場ではまず純粋な手札の数を増やす訓練を選択したのだった。


 そういった説明を素直に聞いたドローチェは、俺に了解の意を伝えると教本をぱらぱらとめくり、習得すべき魔法を探し始めた。


 そうして、俺からのアドバイスも聞いて魔法を選択したドローチェは、新たな魔法習得へ向け熱心に訓練に取り組む。


 教導者交代の時間が来てもそれは変わらず、声を掛けた俺に返って来た言葉は何とも反応に困るものだった。


「わたくし、先生に教わるかたわら他の組の様子も見ていましたけど、とくに教導を受ける意味を見出せませんでした。先生の言葉の方がためになるので、ここでずっと訓練してもいいですよね?」


「う、うぅん……まあ、ドローチェがそう言うのなら……」


 子どもたちに信頼されたい俺からすれば、正直、少し嬉しかったのは否めない。


 気付けば交代でこちらに来ていたアネモイが、俺の隣に立ってじっとりした目で俺を見ていた。


「――先生、組の交代よ。ドローチェばっかり見てないで、わたしたちにも指導してもらえる?」


「ああ、そうだな。すまない。……そうだ、ドローチェはこの後もここで訓練するそうだから、俺のところから他へ行く子がいないんだ。みんなの中で、シズル大尉かフィウレ中尉にもう一度見てもらいたい者がいれば、そちらに行ってもらって構わない。――……なんだ、アネモイ? 機嫌が悪そうだが……」


「べつにい」



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