第10話 上官と部下
10.
――それから、教練を続けることおよそ二時間。
俺は号令に従い幾巡か目の魔法を使った後の子どもたちを見る。いかに膨大な魔力を抱える勇者候補たちといえど消耗は激しく、ほとんどすべての子が息を上げ手を膝に付けている。幾人かは魔力が底をついているようで、立っていられず床に座り込んだ。
――まだ余裕がある者もいるようだが……。
涼しい顔をしている筆頭として、アリーナとドローチェに視線を向ける。アリーナからは一瞬無感情な視線が返って来たと思うとすぐに逸らされ、ドローチェからはにこりと上品な笑みを返される。
俺はおそらく何ともぎこちない表情で教練の労いを伝えたのち、少し離れたところで指導を行っていたシズル大尉のもとへと向かう。
「――次弾装填開始…………斉射! ……そこ、制御が甘くなってきてる! そんな綻んだ魔法では、魔物が纏う魔力に蹴散らされてしまうぞ!」
的に向かって宙を走る魔法を見て、シズル大尉は鋭い指摘を飛ばす。指導を受けた子は「すみません」と謝り、次の魔法発動に向けて意識を研ぎ澄ませようとするものの、どうも魔力の消耗と疲労により上手くいっていなさそうだ。
そうして、再びシズル大尉の号令を受けて魔法が飛び交う中、俺は大尉の横に立って声を掛ける。
「――おや、アイオス少尉。どうかしたかな」
「シズル大尉。……そろそろ教練を休止して休憩にしてはどうかと提案に来ました。みな息が上がっていますし、俺の組では魔力切れの子もいるもので」
「……ふむ、休憩か。まだ少し早い気もするけど……フィウレ中尉!」
シズル大尉は少し考えるように顔を伏せたのち、顔を横へ向けてフィウレ中尉に声を掛けた。
「教導は中断だ。こちらに来てくれ!」
「――はい」
シズル大尉の言葉を聞くや否や、フィウレ中尉は受け持つ子どもたちに何やら告げたのち、小走りで駆け寄ってきた。
フィウレ中尉は極めて軍人らしく従順に、型に嵌ったきれいな姿勢で大尉の言葉を待つ。シズル大尉はその様子を見て満足そうに頷くと、フィウレ中尉の組にいる子たちへ視線を向けた。
「中尉。そちらの子たちはまだ教練を続けられそうかな? 魔力的に厳しそうなら休憩に入ろうかと思うんだけど」
「――はい、いいえ」
フィウレ中尉は問いかけにわずかな間も置かず、直立不動で目線も一切動かさずに言った。
「――休憩は、必要ありません。みな、軍人として魔力の一滴も残さず己を高める覚悟です」
……うん?
俺はフィウレ中尉に教えを受けていた子たちに視線を向ける。彼女らはみな一時的に訪れた休息に腰を下ろし、幾人かは子ども同士お喋りなどしている。そしてまた幾人かは、俺の組にいた数人と同様にうなだれ、疲労困憊の有様だった。
極限状態での任務遂行能力を鍛える場ならともかく、純粋な魔法力向上を狙った教練で無茶をする理由もないように思うが……。
俺は思ったことをどう伝えようかと、少し困りながらシズル大尉へと目を向けた。そして目が合った彼は、すぐに俺の意図を汲んでくれたらしい。
「――フィウレ中尉。どうも君のところの子たちにも、何人か限界に近い子がいそうじゃないか。ここは教練の効率を考え、休憩としないかな?」
柔らかく笑みを浮かべながらそう言った大尉に、フィウレ中尉がなんと言うのかと思った矢先――
「はい、了解しました。ではみなをこちらに呼びます」
フィウレ中尉は何の躊躇もなく、一切の思考を経ていないかのように即答で先の意見を翻す。俺のことは一瞥もせず、すぐに小走りで子どもたちの方へと去っていった。
その振る舞いは、軍人としては上官に忠実に従う良い部下の姿そのものなのだろうが、どうにも俺の目には――――まるで、意思のない人形かのように映った。
怪訝に思いながらフィウレ中尉を見送る俺は、しかし傍らのシズル大尉の声にはっと意識を戻す。
「じゃあ、アイオス少尉。君の提案通り休憩にしようか」
「……はい。私も、子どもたちに伝えてきます」
少し遅れたものの返事をし、踵を返して子どもたちのもとへと向かう。
視線の先には、先ほどまで真面目に己を鍛え上げる未来の勇者たちが、束の間の安息をめいめいに享受している姿がある。幼さが残る歳で立派に義務を果たす彼女たちでも、こんな姿はまだ子どものそれだった。
胸に去来する温かな思いに、俺はかすかな笑みを浮かべる。先ほどまで抱いていた不審感はいつの間にか消え、俺は彼女たちのもとへと歩を進めるのであった。
――そうして、小休憩を挟んで続けられた教練も、陽が落ちる前には終了を迎える。
俺は集まった子どもたちに向かって告げた。
「――今日はみな、いつもより更に充実した教練となったことだろう。現役の優秀な軍人であられるシズル大尉とフィウレ中尉にはよく感謝するように」
さあ、と俺が目線で伝えると、少女たちは頭を下げて「ありがとうございました」と礼をする。それに対し、「構わないよ」と手を振るシズル大尉に、「みなさんとても優秀で驚きました。明日もよろしくお願いします」と頭を下げるフィウレ中尉。
「……明日?」
ぽつりと少女たちの間から漏れてきた声に、俺は力強く頷く。
「ああ、そうだ。シズル大尉とフィウレ中尉のお二人は、軍務でお忙しいにも関わらず、今日を含めて二日間、明日もみなを教導してくださるとのことだ。貴重なお時間を頂くんだから、明日もふがいない姿は見せないよう、今日はゆっくりと休息をとるように」
俺の言葉を聞いて、少女たちはおおむね喜んでいるようだ。幾人かは黄色い声まで上げている。高名な勇者であるフィウレ中尉、そして同じく優秀な指揮官であるシズル大尉の教えを受けられる価値は、正しく彼女たちに認識されているようだ。
――ただ、相変わらずなのは……。
俺は他と違ってほとんど大した反応を見せない銀色の少女――ドローチェをちらりと見る。二人に直接失礼な態度を取っているわけでもないし、個人的に少し苦手意識のある彼女には、どうにも強く言いづらい。
俺の視線に気づいて微笑みを深める彼女に、俺はごほんと咳ばらいをして目を逸らす。
そうして、改めて教練の終了を告げ、この場をお開きとした。俺は教練場を後にする子どもたちを見送りつつ、シズル大尉とフィウレ中尉に改めて頭を下げ、今日の宿泊場所へと案内を始める。
――二人を案内したら、またここに戻って後片付けをしなければ。今日の業務日誌も書かなくてはならないし、そろそろ近づいてきた試験の準備も進めないと……ああ、後は俺自身の訓練も忘れずに――
頭の中で忙しなく様々なことに思いを巡らせながら、俺は客人二人を連れて夕日に照らされるダイダロスの中を進むのであった。
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次話からストーリーが大きく動きます。
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終末世界の勇者生産施設にて ~過酷な扱いの勇者候補に心痛める兵士は病んだ美少女を支えるべく奮闘する。知らぬ間に得た勇者の力でいつか彼女らを救って死ぬとしても~ クー(宮出礼助) @qoo_penpen
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