第5話 アネモイへの詰問とアリーナへの罰

5.


 初講義が無事終わり、昼休憩に入ってアリーナとアネモイとの会話も済ませてから、 俺は職員や勇者候補たちが使う食堂へと赴いていた。


 先ほどまで講義室で対面していた子どもたちもいるが、ちらりと目を向けただけで離れた席につき、俺は俺で食事を取る。ただでさえ敵意を持たれているようなので、せめて休憩時間くらいは距離を取っておこうという心遣いだった。


 とはいえ、食堂の広さを考えても、多少は子どもたちの会話が聞こえてくる。詳細な内容までは聞き取れないが、あまり明るい雰囲気はなく、楽しい食事時間といった感じでもないようだった。


 子どもたち同士で仲が悪いわけでもなさそうだし、あの年ごろだともっと姦しいものだと思っていたのだが。


 少し気にはかかるものの、「もっと楽しく食事を取ったらどうだ」などと鬱陶しいことを言おうものなら、ただでさえ悪い印象がさらに悪化することは明らかだ。年ごろの少女というものの扱いが良く分からないこともあり、やはりむやみに接触を増やすよりときおり優しくするくらいの関係で十分だろう。


 俺は所長に命じられている飴役をこなすために、まずは関係の悪化を避けた消極的な関わり方を主軸に行動することを決める。これからそれなりの期間彼女たちと接することになるだろうから、まずは様子を見つつというところだ。


 そんな少し弱腰な方針を自身で正当化しつつ、戦場でのくせでさっさと食事を終えた俺は、空いた食器を手に席を立つ。食器を返却した後は、昼休憩が終わるまで、どこか人の少ない場所で次の講義の準備をすることとする。


 その後はヤリス大尉による能力調整を参考に見学する予定なので、子どもたちに言った手前俺が遅刻することはないよう、空いている部屋で時計を気にしつつ講義用の教本を確認するのであった。




 そうして、能力調整の時間になる数分前、俺はヤリス大尉から聞いていた処置用の部屋へと赴いた。


 他にも処置室はあるようだが、今回は子どもたち全員が対象のため広めの部屋らしい。入室して中を見渡すと、よくわからない装置や器具、またベッドが複数並んでいる。雰囲気は、研究要素の強い病室といったところか。


 それに、もう子どもたちも全員揃っているようで、入口から少し進んだところに整列して立っていた。俺が部屋に入ってもあまり反応はないが、固い表情でうつむいている者が多く、どこか重たい空気を感じる。


 違和感を覚えながら、そういえば彼女はどうしているかとアネモイを探すと、こちらを見つめると双眸と視線が合う。


 すこし不安そうに揺れる薄紫の瞳に、先ほどの会話は覚えていると伝える意図で軽く頷いて見せると、アネモイの顔がほわっと緩んで笑みを浮かべかけ、すぐにしまったというように強気に目を吊り上げてくる。閉じた口をへの字に曲げ、うっすらと頷きを返してくる彼女に、すこし微笑ましく思いつつ視線を外した。


 そうして、俺は壁際の机にいるヤリス大尉のところまで進む。気づいて顔を上げた彼に対し、頭を下げて声を掛けた。


「お疲れ様です、大尉。私が一番遅かったようで、申し訳ありません」


「――ああ、アイオス少尉。定刻には間に合っていますから問題ありませんよ」


 首を振って俺の謝罪に返すと、ヤリス大尉は椅子から立ち上がる。そうして、さっと子どもたちを一瞥してから俺に視線を戻し、口を開いた。


「では、早速ですが始めましょうか。ここで勇者候補たちがどんなことをしなくてはならないのか、アイオス少尉にはよく見ていてもらえればと思います」


 そうして、部屋に備え付けられた装置の方へ向かおうとしたヤリス大尉を、しかし俺は呼び止めた。


「すみません、大尉。その前にひとつだけよろしいでしょうか?」


「はい? なんでしょうか」


 振り返るヤリス大尉へ向け、口を開く。


「――どうも、子どもたちの中に体調不良者がいるようでして。特に支障なければ、本日の調整を後日に回してやることは可能でしょうか?」


「……体調不良?」


「ええ、そうです。アネモイが、そう言っていまして」


 俺の言葉にぴくりと眉を動かしたヤリス大尉は、子どもたちの中でも小柄な金髪の少女へ視線を向ける。


「――アネモイ。それは本当ですか? 君がアイオス少尉に、そう申し出たと?」


「あッ……えっ、と……ッ」


 感情のうかがえないヤリス大尉の問いに、アネモイはびくりと肩を跳ねさせる。おどおどと視線をさまよわせ、言葉が喉につっかえたように意味のない音を発する。


「――どうなんですか、アネモイ」


 ヤリス大尉は腕を組み、こつこつと、靴で床を叩く。アネモイはいっそう萎縮し、顔を青くさせていく。


 ――なんだ、いったいどうしたというんだ?


 俺はこの空間の異様な雰囲気をいぶかしむ。詰問のような会話をする二人と、周囲の子どもたちの間にも漂う張り詰めた空気。


 明らかにおかしい。これでは、まるでたちの悪い上官による部下いびりではないか。


 俺はどう動くべきか思考を巡らせ始め、しかしヤリス大尉に何かを言う前に、この空気の中で口を開く者がいた。


「――アネモイは、悪くないですよ」


「なに?」


 その凛とした声に、皆の視線が一点へと向いた。向かった先は、薄桃色の髪を垂らす少女――アリーナだった。


 彼女はヤリス大尉の注意も己に移ったことを確認した後、一瞬だけ俺に鋭い視線を向けてから言った。


「私がアイオス少尉に言ったんです。アネモイの調子が悪そうだから、今日は休ませてあげられないかって。――ね、そうですよね? センセ」


「……ああ。アリーナの言う通りだ」


 再び俺を睨み、返事を求めるアリーナにそう返す。


 ヤリス大尉は俺の発言を聞くと、ふむ、と呟き、顎に手を当て何かを考え込む。重苦しい沈黙がこの場を支配し、誰も身じろぎすらしようとしない。


 そうして、数秒の時間を経たのち、ヤリス大尉は顔を上げて言った。


「――まず、アネモイ。君は他の者と同様に調整を受けてもらいます。体調不良であろうと、勇者として完成するために必要な処置なので、これは絶対です。君たちはそのために、帝国の資金で処置や教育を受け、また生活すら援助してもらっているのですから。――まさか、そのことを理解していながら、ただ処置が嫌だからと我儘のような理由で申し出てはいないですね?」


「……はッ、……はい」


「よろしい」


 アネモイはもはや過呼吸になりそうなほど息を荒くし、しかしヤリス大尉の言葉に頷いた。


 あの異様な怖がりようは気になるが、しかし俺もヤリス大尉の言には納得せざるを得ない。たしかに彼女たちは、食料も安全も簡単に約束されることがなくなったこの世界で、衣食住のすべてと、勇者になるために必要な処置・教育を無償で提供されていると聞いている。


 体調不良と言っても、午前中講義を受けた後にここまで来られるくらいのもので、はた目にも明らかに危険な状態というわけではないのだから、今日の処置内容を熟知しているだろうヤリス大尉が問題ないというなら、甘んじてその決定を受け入れねばならないだろう。


 心情的にはまだ大人でない彼女に肩入れしたくなるが、公金で援助を受ける彼女たちは、立場的に軍人である俺とそう変わらないのだから、仕方がない部分はあった。


 ――……この辺り、判断する者によってアネモイに多少の便宜を図るくらいはしてもおかしくないものだが、ヤリス大尉はそういったタイプの方ではなかったか……。


 後でアネモイには、余計な期待をさせることを言ったと、考えの甘かった発言を謝罪しなければならない。


 そう反省していると、まだ話は終わりではないらしく、ヤリス大尉の声が続いて聞こえてきて俺は顔を上げた。


「次は、アリーナ」


 アリーナがどうかしたかと、俺は首を傾げる。しかし、続くヤリス大尉の言葉を聞いて、俺は絶句した。


「――君は、己の勝手な浅い判断で、規律を乱そうとした。その罪に対し、罰を与えなければなりませんね。……そうですね、君には――――今日の調整で、特に強度を上げた処置を受けてもらいます」


「――ッ大尉! それはッ」


 気づけば、俺は声を上げていた。




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