第6話 勇者の造り方

6.


 俺が上げた声に、ヤリス大尉の目がこちらを向く。彼は不思議そうな顔で、かすかに首を傾げて見せる。


「アイオス少尉。私の決定に何か不満が?」


「それは……その程度の理由で、懲罰というのはやり過ぎではないですかッ? その強度を上げた調整というのが、いったいどんなものか、私には分かりませんが……」


「ふむ……少尉、君にはいろいろと伝えないといけないことがありますね」


 俺の言葉に取り合うつもりもなさそうなヤリス大尉は、特に表情を変えることもなく応える。


「まず、今回行おうとしている調整というのは、彼女たちに発現した勇者の能力を向上・安定させるために必要不可欠な工程です。たしかに処置時に少しばかり苦痛を感じるようですが、定期的に続けなければ彼女たちの健康にも悪影響があるので、仕方のないことです」


 ――勇者の能力。


 俺はいつか見た、勇者が魔物を蹴散らす光景を思い返す。通常の魔法とは違う、勇者ひとりひとりに発現する固有の魔法は、たぐいまれな――それこそ、人類を滅亡の淵にまで追い込む魔物たちを、鎧袖一触と薙ぎ払えるほどの力だ。


 そんな強大な力を育て、安全に扱うことができるようにする処置だというなら、確かにその重要性は言うまでもない。


「アイオス少尉。彼女たちが定期的に調整を受けることは、国益にも適う規則なんです。それを大した理由なく破ろうとすることは、大きな罪です。規律の乱れがいずれ大きな問題につながることは、前線にいた君も知るところでしょう」


 ヤリス大尉の言うことは、間違ってはいない。いないが、しかし……彼女たちはまだ、子どもではないか。


 苦痛が伴うという処置を、罰則代わりに強度を上げて実施するなど、まだ十代半ばの少女にはあまりに酷い仕打ちだ。これが『鞭』だというなら、それはやりすぎだろう。


 俺は上官であるヤリス大尉に二度目の反対意見を述べる意味を理解しながら、しかし己の軸に従い動くことを決める。


 彼女たちが法的には半ば軍人のような扱いなのだとしても、倫理的に、今はまだ守られる立場でいさせるべきであり、現場の判断で柔軟に対応すればよいと、そう伝えようとして――


「――私は、罰を受け入れますよ」


「ッ……」


 アリーナが、そう声を上げた。


 ヤリス大尉に、そして俺にもちらりと鋭い視線をぶつけ、それから顔を伏せて沙汰を待つ。


 ……その身体はよく見ると、微かに震えていた。


「……よろしい。では、早速みなの処置を始めましょう。すでに余計な時間を使ってしまっていますからね」


 ヤリス大尉はそう言い、再び装置のもとへと歩いていく。そしてこちらに背を向けたまま言った。


「アイオス少尉。まだ何か意見があるとしても、私はこの場での上位者として、彼女らに必要な処置を実行しますよ。それでも楯突くと言うのなら、その時はあなたにも相応の処罰が下されるでしょう」


 「軍人ですからね、我々は」と、それだけ言ってヤリス大尉は装置の操作を開始する。何人かの名を呼び、歩み出てきた子どもたちの腕に装置から伸びる管を固定していく。


 俺はヤリス大尉の行為にそれ以上何も言うことができず、ただ彼が手際よく準備を進める様を見ているだけだった。


 大尉の言う通り俺たちは軍人であり、そして大尉は俺の上官だ。子どもたちの立場には情状の余地があると思うが、この場ではヤリス大尉が決めた扱い方が正であり、そこに俺が口を挟むことは許されない。


 罰則があるとしても、俺の意見で大尉の決定を変えられるならそれは望むところなのだが、しかし彼の様子を見るにその期待もできなかった。


 軍を組織として回すためには、規律を破らせない。ヤリス大尉は、ある意味どこまでも正しいその考えで、俺に二の句を告げさせなかった。


 俺はアリーナとアネモイに申し訳なく思い、彼女たちの様子をうかがう。まだヤリス大尉に名を呼ばれていない二人は、後ろで他の子どもたちとともに待機していた。


「ごめんね、アリーナ……わたしのせいで……」


「気にしないでいーよ。センセにお願いしようって言ったのは私だし。あの二人の階級差も知ってたんだから、こうなる予想はしとくべきだったね……」


 二人は声を潜めて言葉を交わしている。その顔色はどちらも悪く、これから始まる調整とやらがどれだけ負担になっているのか見て取れる。


 二人の様子を見ながら何もできない自分に歯噛みしていると、一瞬アリーナの方と視線があって、しかしすぐに逸らされる。ヤリス大尉の性格や勇者の能力調整についての深く知らぬまま安請け合いした俺に、思うところがあるのは当然だろう。


 彼女たちには改めて謝罪しなければと、俺が自らの浅い考えによる行動を反省していたその時。


 俺は、まだまだ自分の認識が甘かったことを知る――


「――ぃぎいああぁぁっぁああぁァァッ!!」


「ッ?」


 突如耳に飛び込む悲鳴に、俺はすぐさま発生元へと目を向けた。


 視線の先では、先ほどヤリス大尉に呼ばれて装置につながれた数人の少女が、みな床にうずくまって苦痛にあえいでいる。


 腕につながれた管を薄く発光する何かが流れ、それが少女たちの体へと流れ込む。少女たちは腕を掻きむしり、軽く痙攣し、それでもその苦痛に必死に耐えていた。


 俺はあまりの光景に一瞬言葉を失い、しかしすぐにヤリス大尉のもとへと向かった。


「ヤリス大尉、これは……彼女たちは、大丈夫なのですか? この苦しみようは一体」


「……ああ、少尉、問題はありません。いつも通り、処置は順調に進んでいますよ」


「これで、いつも通り……」


 まだ幼さの残る勇者候補たちのダイダロスでの生活は、想像以上に酷なものだった。


 こうしてそばで見ていれば分かる。


 あまりの苦痛で全身に力が入って強張っている。痛みによる痙攣。腕を掻きむしるのは強烈な異物感でもあるのだろう。


 戦場でも、大きな怪我でショック症状になった戦友たちが、同じように苦しみ喘いでいた。それと同等の苦しみが、こんな子どもたちに……。


「ああ、いや……いくらか見栄えが悪いのは私も自覚していますよ。彼女たちに投与しているこの精製魔力は、身体に馴染むまでそ麻酔も効果がないほどの苦痛があるようでして。ただ、こういった処置をいくつか耐えるだけで、勇者としての破格の能力が目覚めるというのであれば――――この光景も、いっそ聖なる試練のように見えてはきませんか?」


「ッ……」


 まるで自らの所業を誇るかのようなヤリス大尉の言葉に、俺はなにも返すことができなかった。


 勇者――幼い頃より特殊な処置と訓練を課すことでしか完成しない、人類存亡の危機を救う戦士。ただ、そうとだけ周知されている存在が、子どもたちの苦痛を礎に造られていたなど……大人として、とても誇れるものではなかった。




 そうして、子どもたちが悲痛に叫びを上げる間、ある程度見学したら後は好きにしていいというヤリス大尉の言葉に頷きながらも、俺はこの部屋で彼女たちを見続けた。


 何もできることはないが、それでも勇者という力を礎にこれまで暮らしてきた俺は、この現実から目をそらしてはいけない。


 今はまだ何もできないが、しかしいずれ彼女たちの毎日から少しでも苦痛を除かねば。


 そんな俺の決意をよそに、淡々と少女たちの処置は進んでいく。処置が始まる直前は泣きそうにすらなっていたアネモイも、他の者の時より明らかに悲鳴が大きかったアリーナも、気丈に処置を耐え抜いていた。


 そうして全員の処置が終わると、疲労困憊の子どもたちを前に、ヤリス大尉は事務的な言葉だけ残して去っていく。続いて、足取りが覚束ない子どもたちが、俺を一瞥もせずに退室していった。


 ――最後に、部屋を出る前のアネモイから掛けられた言葉は、俺にとって唯一の救いのように、そして呪いでもあるように、俺の体をしばらくこの場へと縫い付けた。




「――先生が気遣ってくれたの、わたしはうれしかったよ。ありがとうね……」




------

アネモイはちょろくていい子ですが、まだ恋愛的に堕ちてるわけじゃないですし、もっといろいろ闇は深いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る