第2話 テオの役割

主人公の名前を以下の通り変更してます。

シン → テオ(テオドール)


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2.


 それから、俺に歯向かってくるかと思っていた勇者候補の少女たちとは、意外なほど素直に言葉を交わすことができた。


 俺はまた案内役の兵士に連れられて廊下を歩きながら、先ほどまでいた部屋の中のでのことを思い返す。


 初め、少女たちは俺に対して敵意をむき出しだったが、攻撃を仕掛けてきた少女がみなに声を掛けてからは、比較的マシな空気での交流が始まった。互いに軽く自己紹介し、彼女たちの名前や関係性などもある程度は見えた。


 いの一番に突撃してきたと思えば少女たちの敵意を収めて見せたリーダー格の少女は、その名をアリーナと言うらしい。強気そうな整った顔立ちで、肩口まである桃色の髪を頭の片側で一部だけまとめている。


 年齢はまだ十五歳で、あまり聞きなれない単語だが、勇者位階が正三位とやらの優れた勇者候補だとか。


 俺が短い時間見た限り、アリーナはあの場にいた少女たちの中心人物のようだった。十二名しかいない小規模な集団ではあるが、ほぼ全員がアリーナを立て、その言葉をよく聞いていた。


 とくに顕著だったのは、俺に対して最も鋭い視線を向けていたアネモイという少女だろうか。金色の髪をその真っすぐおろし、肩口で綺麗に切りそろえた人形のような少女だ。


 彼女は俺がアリーナに武器を向けたことを警戒してか、一挙手一投足を見張るように圧力をかけてきており、非常にやりづらかった。


 ……あとは、唯一アリーナを頭と認識していなさそうな少女も一人だけいたが――


 さて、あの扱いの難しそうな少女たちとどう付き合っていけばよいか。俺が思考を深く巡らせかけたその時。


「着きました。こちらが所長室です」


 案内役の兵士は足を止め、先ほどの部屋より立派な艶めいた木の扉を示す。そのまま「では、私はこれで」とだけ言って、俺に背を向け来た道を帰っていく。


 残された俺は、いったいどんな厄介な話を持ち掛けられるのかと身構えつつ、上席者を待たせ続ける無礼を嫌い、躊躇はなく扉に手の甲を打ち付ける。


「――入りたまえ」


 間を置かず帰って来た言葉を聞き、俺は扉を開いて部屋へと進む。半身を向けて扉を閉めると、部屋の奥へと向き直り、執務机で書類作業をしていたらしい壮年の男性へと敬礼した。


「お初にお目にかかります。本日ダイダロスへ着任したテオドール・アイオス少尉です。勇者候補たちとの顔合わせを済ませ、所長にご挨拶へ伺いました」


「うむ、話は聞いている。――帝立勇者養成所・ダイダロスの所長を務めるマクレガー大佐だ。よろしく頼むよ」


 所長は手元から視線を上げ、俺に向かって敬礼を返す。


 視線の先の上司は、俺が想像していたより軍人然とした人物だった。歳はもう五十近くに見えるが、かなり体格はよく、日々トレーニングを怠っていないだろう筋肉も見て取れる。


 短く刈ったグレーの髪を後ろになでつけ、威厳のある髭も生やしていた。


 俺は無礼にあたるかと観察もそこそこに、所長に向かって問いかける。


「それで、所長。さっそくですが私の任務については、どなたに詳細をお伺いすれば? 直属の上官の方がいるものと思われますが……」


「はは、聞いていた通り真面目だな、アイオス少尉。君の上官はあとで紹介するから少し待ちたまえ。それよりも君には、私からいくつか伝えたいことがあってね」


「伝えたいこと、ですか」


 所長の言葉に、俺はかすかに首を傾げる。具体的な任務内容は直属の上官から聞かされるだろうから、ここで働く上での心構えだとか、激励の言葉だとか、そういった話だろうか。


 俺は所長の意図を推察しながら、その口が開くのを黙って待つ。何を言われたとしても、帝国軍人としてこの国のために、粉骨砕身で任務へあたるつもりだった。


 ――しかし。耳に入って来た言葉は俺の意表を突くものだった。


「アイオス少尉。――君に期待するのは、勇者候補たちの心を絡めとる蜘蛛の糸の役割だ」


「……は?」


 少女たちを絡めとる蜘蛛の糸――意図の分からない言葉を聞いて、頭の中に疑問符が浮かぶ。


 しかし、解答はすぐに所長から返って来た。


「要は、鞭と飴における飴の役だ。君は強力な力を持つ勇者の卵たちの心を掌握し、その力が帝国へ牙を剥かないよう、魔物たち相手に誘導してほしいという訳だよ」


 「もちろん軍事関連の教導も含まれるがね」と、所長は何ともないような調子で続けた。


 俺は所長の言葉を頭の中で反芻しながら、先ほどアリーナたちから向けられた重たい魔力と敵意の塊を思い出す。


 つまり、所長はあれを手懐けろと言っているわけか。軍が保有する戦力が、守るべき国へと向かわないように。


 しかし、ならばそもそも、なぜああも敵意を向けられるような状態まで――


 疑問が口をついて出てくる前に、所長はまるで世間話でもするように笑みを浮かべて言った。


「君は極めて優秀な前線指揮官であったと、私のところまで報告が来ているよ。よく部下たちの手綱を握り、自身も希少な魔法使いとしての才能を活かして前線を駆け、軍に入ってからわずか三年で少尉に昇級するほどの活躍を見せたと。そんな人材を人手不足の前線から引っ張ってくるのはどうなのかと、そんな意見もあるにはあるがね……しかし、君には期待しているんだ」


 所長はにこやかな表情のまま、計算高い高級軍人の色を瞳に浮かべる。


「――君の教え子たちが勇者として出来上がったあかつきには、君が彼らを前線に連れて行くんだ。そうしてその強大な力をうまく導き、帝国に平和を」


 それだけ言って、所長は俺を見つめたまま口を閉じる。まだ笑みは浮かべたままだが、そこには有無を言わさない不可視の圧力があった。


 どこか不気味な所長の表情に、俺はちいさな違和感を覚える。しかし、彼の言っていることは別に間違ってはいない。


 現状、あれほどの敵意をダイダロスの運営側へ向けられる状況になっているのは、飴と鞭における鞭のやりすぎによるものなのか何なのか、運営側が反省すべきことではあるのだろうが、戦場における人心掌握の方法としてはありふれたものだ。いずれ危険な場で力を振るうことになる以上、きっちりと統制を取れるようになる必要はある。


 所長の言葉にはいくつか疑問点がありつつも、しかし俺が異を唱えるようなものではなかった。俺は軍人として、上官の指示に対して頷きを返した。


「……お任せください。栄えある帝国軍人として、国へ平和をもたらすため、この身を砕いて任務にあたります」


「うむ。期待しているよ、アイオス少尉」


 ――そうして所長との会話は終わり、すぐに直属の上官である兵士と顔を合わせ、明日からの任務の詳細を聞く。その後は持ってきた荷物を施設に併設された兵舎へと運びこんだり、いくつかの事務手続きを進めたりと、着任一日目はあわただしく過ぎていった。


 所長との会話から感じ取ったわずかな違和感も、そのうちに薄れて気にならなくなっていく。


 所長の言葉を本当に理解するのは、明日、本格的に少女たちとの交流が始まってからそれほどの時間も必要ないということに、俺はまだ知らない――



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