第1話 勇者養成所ダイダロスへの着任

1.


 畑や管理用の小屋が並ぶ中に伸びる一本の道を、軍用の魔導車が走っている。後部には物資や人員の輸送に用いる荷台がついているが、今は何も載せられておらず、代わりに車内に乗っている人物が二人。


 運転席に座る軍帽を被った男が、後部座席に座る俺へ振り返らずに言った。


「もうそろそろです、アイオス少尉。降車の準備をしておいていただければと」


「……ああ、もうか。早いな、伍長。このくらいの距離、訓練代わりに徒歩で行ってもよかったんだが」


「はは、勘弁してください。自分も上からの命令です」


 俺の送迎を担当してくれた初対面の伍長は、苦笑いしながらハンドルを握っている。


 ――しかし、『少尉』か。まだ慣れないな。


 俺は伍長の言葉を反芻し、わずかな違和感に目を閉じる。まだ己の感覚では、軍人になってわずかな時間しか経っておらず、気持ちはまだ准尉のままなのだが。


 軍役に就いてから3年。4年目に入ると同時に、階級が少尉に上り、職場もガラッと変わることになるという辞令受け、そして数日間事務処理を行った後の今日だ。気持ちはまだ帝都防衛の最前線で、准尉として隊を指揮していた数日前と何も変わっていない。


 ――それがまさか……あの勇者の養成機関で、勇者候補たちを相手に教鞭を取り、勇者育成の助力をとは。


 予想だにしなかった異動に、俺はまた何度目か分からないため息を吐く。思い描いていたキャリアと全く違う、未知の任務だ。


 しかし、国防のための重要な任務であることに違いはない。城壁の外で帝国の脅威たる魔物たちを直接狩ることも、国防の要である勇者の育成に貢献することも、どちらも極めて重大なことだ。


 かつて軍に所属する勇者に救われ、国の制度によってここまで生きてこられた俺は、全力を賭してこの帝国に尽くしていかねば。


 ふう、と腹に力を込めて息を吐いた俺は、つむっていた目を開け、フロントガラスの向こうへと目を向ける。そして、視界に入った巨大な石造りの施設に、力を込めた視線を投げかけた。


「――さあ少尉、到着です。ここがかの有名な――――帝立勇者養成所『ダイダロス』です」




 厳重な外壁に囲まれたダイダロスの中へと進んだ魔導車は、入ってすぐの詰所前で停車して俺を下ろすと、またもと来た道を帰っていった。


 そして残された俺は、詰所の軍人に首元の認識票を見せ、必要な手続きを行い、ダイダロスの中へと案内される。


 角ばった石造りのダイダロスは、その無機質な外観通りの内装だった。飾り気のない廊下を案内に従って歩きながら、俺はふと昔通っていた軍学校のことを思い出す。


 ――あそこは軍の施設とはいえ、子どもたちの学び舎として多少の温かみもあったものだが、一方でここは…………まるで研究施設、だな。


 そんな感想を思い浮かべながら廊下を進むことしばらく。案内の軍人は足を止め、横にある扉を指し示す。


「この部屋で勇者候補たちが待機しています。本日は安息日ですが、少尉の着任と同時に挨拶できるよう集められています」


「……ここの責任者の下へ向かっていたのではなかったのか?」


「はい。まずは彼女らに会ってもらった方が話が早いからと、所長より指示がありました」


「……了解した」


 着任後はまず所属の長へ挨拶することになるかと思っていたが、その長本人の指示であれば問題ない。


 という言葉には少し引っかかるが、まずは先に教え子たちと顔を合わせるとしよう。


 俺は一呼吸おいてから、案内の軍人に促されるままに扉を開き、そして部屋の中へと足を踏み入れた。


 その直後――


「――ッ!!」


 ――全身が押さえつけられるかのような圧迫感。


 体から血の気が引き、思わず力が抜けそうになる。この感覚は……城壁外で、極めて強力な魔物と相対したときと同様の――


 思考は刹那だった。前線で戦いを続け染みついた反射が、生物的な本能を押しのける。


 俺は瞬時に全身へ魔力を回し、腰に収めた魔導拳銃とナイフをそれぞれ両手に握る。


 ――そして、瞬きほどの間もなく眼前まで接近してくる人物を知覚し、首元へナイフを、額に銃口を突きつける。


「……へぇ」


 その人物――桃色の髪の少女は、俺の胸に向かって片手を突き出した体勢のまま、底冷えするような目つきで、にやり笑った。


「やるじゃん、センセ。ここの子たちでも私に反応できる子なんてほとんどいないのに」


 好戦的かつ爛漫な表情を浮かべる少女に向かって、俺は厳しい視線を投げかける。


「なんのつもりだ? 俺は帝国軍人だ。軍人に危害を加えようとするとは……国家に牙を剥くつもりか?」


「え~?」


 少女はおかしそうに笑みを浮かべる。そうして俺に向けていた手を下ろすと、ナイフと銃口を避けるように下がり、背後で俺を睨みつけている何人もの少女たちのもとへと戻っていく。


 俺の体にかかる重圧――敵意を含んだ強大な魔力は、まだ収まっていない。その出所は、先ほど接近してきた桃色の少女や、その他幾人もいる勇者候補の少女たち。


 ――なるほど。


 俺は自分を鋭く捉えるいくつもの視線を受け止めながら、軽く目をつむって鼻を鳴らした。


 ――ずいぶんと、俺は歓迎されているようだ。


 声に出さず、吐き捨てるように皮肉な思いを浮かべ、開いた目を厳しくすがめて少女たちを睨む。しかし、そんなことで怯むようなたまではないのは、今のやり取りから自明だった。


 眼前の小さな勇者たちは、威勢よく魔力を吹き出しながら、堂々と俺の視線を受け止める。


 そして桃色の少女が一人、一歩周りより前に進む。啖呵を切るように、不敵な笑みを浮かべ、言った。


 「――ようこそ、勇者ダイダロスへ。……歓迎するよ、センセ」




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