第6話 新しい友達
俺は壮絶なおつかいを終わらせ、家のリビングで戦利品のスイカを頬張っていた。
噛むとシャクシャクと音が鳴り、みずみずしくておいしい。
あのおつかいの後、1番謎だったことを父さんに聞いた。
謎に包まれていたメガスケパスマ・エリトロクラミスが遂に何か判明したのである。
そのメガスケ(以下略)は、中南米原産の濃い赤桃色の植物らしい。
父さんはその花を海外の植物園で見たと言っていた。
父さんの仕事は、家具デザイナーだ。
かなり有名な家具職人らしく、修行を積んだり家具の材料を手に入れるために海外を飛び回っている。
今は家に居るが、俺が小中学生の時、帰って来るのはお盆休みや正月だけということが多かった。
海外で見た花がまた見たくなったのかは知らないが、そのせいで俺が意外とひどい目にあったのは言うまでもない。
……こういう珍しいものが載った図鑑を読んでも面白いかもな。
そんなことを思いながら2つ目のスイカを頬張っていると、キッチンから母さんの声が聞こえた。
「今日はおつかいありがとね~!」
「うん」
「今日は変な人がいて怖かったよね、怖いことがあったらいつでもママに頼るんだよ?」
「うん、ありがとう」
「今日の夕ご飯はオムライスだからね~!」
「うん、分かった」
「あと、来月から保育園にいくからね~!」
「うん、分かった」
シャクシャク、やっぱりスイカはうまいなあ……
……うん?
◇
秋
暑さがまだ残る9月。
沙坂 鏡子(3歳)は母さんに連れられて、保育園に向かっていた。
みどり島保育園は、家から車で10分の所にある。
保育園の周りは住宅地になっていて、狭い路地に街路樹や電柱が並んでいる。2階建てでかなり広く、園庭の象を模した滑り台は木造建築。なかなか温かい雰囲気の保育園だ。
「危なかった……」
母さんの車の運転は荒い。10分で着くはずなのに2分で着いてしまった。
車に乗っていると震度6くらいの地震が起きているようなものだ。これでも安全運転なのは謎である。
青白い顔でチャイルドシートのベルトを外し、車から降りる。
「沙坂 鏡子ちゃんだね、今日はよろしくね!」
保育園の先生が、案内をしてくれるようだ。
9月や10月は転勤や引っ越しが増える時期なので、保育園に入園する子供は多い。
実際に俺の父さんは、海外に仕事に行くことになった。
俺が保育園に行くのが4月からではなかったのは、父さんが家にいる間は家族でいる時間を大切にしたかったからだという。
少し寂しくなるが、海外に仕事に行くのはのはいつものことだ。
俺は先生に連れられて、保育園の中に入った。
最初は慣らし保育というものがあるらしく、3時間ほど保育園に預かってもらうようだ。
「今日は新しいお友達がきたよー」
そう言いながら、俺の手を握っている保育士さんは、
花型の名札に『よこうち』とひらがなで書いてある。
俺は園内を見渡す。
まず目に入るのは壁に貼ってあるたくさんの絵で、うさぎやよくわからない
次に目に入るのは木造のロッカーや机。その周りで積み木や折り紙などで遊ぶ園児が見えた。
俺も前世はここの保育園に通っていたので、懐かしい気持ちになる。
確かこの保育園は、タケノコ組や、キノコ組など年齢によってクラスが分かれていたはずだ。
俺は3歳児なのでタケノコ組に入っていて、この組は2、3歳児が合同の組になっている。
タケノコ組とキノコ組……
別に仲が悪かったような記憶はないが、戦争でも起こしそうな組み合わせだな。
ちなみに5歳児の組はキリカブ組である。
「今日はお絵描きをしましょう!」
横内先生の声で、みんなが机の前に集まってきた。
園児は10人ほどいるが、大きな机が2つもあるので場所が足りなくなるようなことはない。
絵をかくのは久しぶりだ。工作部で部品の設計図を描くことはあったが、絵を描くことは一度もなかった。
転生してからも本を読むのに忙しく、家にあるクレヨンには一切手を付けていない。
ここは、後で迎えに来る母さんを驚かせるためにも本気でかいてみるか!
……10分後
俺は歴史に残るほどの大作を完成させていた。
工作をすることによって磨き上げられてきた細部への作りこみ、おおよそクレヨンで描いたとは思えないほどの細かいアート作品。
ちらりと横を見る。隣の園児はぐちゃぐちゃのトマトのようなものを完成させていた。
「うおおおおおおいっ!」
可愛らしい叫び声とともに、俺は自分で描いた絵をビリビリに引きちぎる。
あ、あぶねえ。考えすぎかもしれないが、こんなに絵がうまかったら転生したことがばれてしまうかもしれない。すまない最高傑作。
不思議そうな顔でこっちを見てくる男の子を尻目に、次の作品に取り掛かる。
だ、ダメだ。工作で細部にこだわってしまうクセが抜けず、どうしてもいい感じの絵になってしまう。
そこである妙案を思いついた。
俺は右手のクレヨンを左手に持ち替える。こうすることで、絵がガタガタになるはずだ。
予想通り、子供が描くような味のある絵になる。
これから文字の練習をするときに、最初から文字をきれいに書けたら変だ。
左利きに変えれば、普通に文字を練習しているように見えるだろう。
こうして俺は、左利きになることを決めた。
◇
なんか避けられてる気がする……
自由時間になり、園内で絵本を読んでいる時だった。
普通に話しかけてくれる子もいるし、気のせいか。
今日来たばかりだから、話しかけにくいのかもしれない。
そう思って、気にせず絵本の続きを読み始めようとした時だった。
「なんで、そんなかみのいろなの?」
突然、誰かが話しかけてきた。
パッチリと開いた目に、黒い艶がある少し長い髪の女の子だ。チューリップ型の名札に、『にわな』と書かれている。
「そんなかみのいろより、ニナのかみのほうがかわいい!」
なるほど、
何だか感情的な言い方になっている。
「銀色の髪もいいと思うけど……」
以前母さんに、なぜ俺の髪の色は銀色なのか聞いたことがある。
医師は、髪のメラニン色素が少ない、少し多いを短時間で繰り返していて……というような説明をしていたらしい。
原因は完全には分かっていないが、別に健康に害はないらしいのであまり気にしていない。
……静かになっていた女の子の方向を見てみると、「うああああん!」と急に泣き出した。
やばい、泣かしてしまった。
俺がオロオロしていると、
「あのね、うぅ、ニナね、ぎんいろのかみもいいなぁっておもってたの……だからね、ニナのかみのほうがいいっていっちゃったの」
どうやら羨ましくて強がっていたらしい。
「これ……」
そう言いながら俺に手渡してきたのは、ぬりえ本。
表紙には、変身して怪獣を倒す魔法少女的なものが描かれていた。
表紙をめくる。
カラフルな髪の色をした魔法少女達と
庭菜は「このひとかっこいいんだよ」と言いながらその銀髪の女の人を指差した。
これが羨ましかった理由か。
どんな理由であれ、銀髪はかっこいいといわれ悪い気はしない。
「ピンクちゃん(主人公)をね、バアアアアアッ!てたおしちゃうの。つよいんだよ」
……悪役?
ここで理解した。だから皆、俺のことを避けているのだ。
「いっつもまえむきなんだよ。みかたがやられてもずっとわらってるの!」
……想像以上にやばい敵役だった。
ズーンと気持ちが沈む俺に対して、意気揚々と説明をする庭菜。
彼女の涙はもう引っ込んだようだ。
よかったネ。俺はなぜだか涙が出てきそうだヨ。
「だからね、その……さっきはごめんなさい……」
「いいよ」
即座にこう返した。
別に怒ってもないし、この銀髪のせいで変な目で見られることもあると思っていた。この子は自分が悪いと思ったことを素直に謝れるいい子だ。
……やばい、また泣き出しそうになってる。
そうだ。
俺は近くの机に置いてあった折り紙を1枚とり、折り始める。
「なあに、それ?」
作ったのは白とオレンジ色の髪飾り。こういう工作も得意だ。
「黒髪もかっこいいと思うよ」
完成したそれを髪につけてやる。
「ありがとう!」
やっぱり笑顔が1番だ。
庭菜はお礼を言った後、思い出したように口を開く。
「あっ、きいてなかった! なまえは、なんていうの? えっと……きう……」
俺にも名札がついていて、『きょうこ』と書いてあるが、まだ文字がうまく読めないらしい。
「お……」
俺は……と言いかけたのを止めた。仮にも今の姿は女、ここは私でいこう。
「私は、
「じゃあ、キョーちゃんだね! ニナは、よつくさ にわな。ニナってよんでね!」
こうして、2度目の人生初めての友達ができた。
テレビシーエムでよくやってる四草製薬と同じ名前だな。
そういえば、この製薬会社、お嬢様がいるってニュースで聞いたけど、まさかこんな普通の保育園にいるわけないよな。
―――これが波乱の幕開けになることを、彼はまだ知らない。
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