[番外編] 身体能力お化け
ここは三階建てでコンクリート構造の、どこにでもあるような普通の小学校。
時刻はちょうど昼休み終わり。運動場に校舎の影が少しだけ伸びた頃だ。
普通なら4月のポカポカとした陽気で、すぐに眠たくなってしまうことだろう。
だが、その運動場は眠気など吹き飛ばすかのように、元気な歓声に包まれていた。
「50メートル走、はっ、8.45⁉ えっ? ほんとにまだ小学1年生?」
記録を計測した黒縁メガネの男教員が、計測の間違いを疑うかのようにタイマーと俺を交互に見る。
「ふっ。ざっと、こんなもんよ」
周りの生徒の歓声を聞きながら、俺はニヤリと口角を上げた。
入学式から二週間後。今日は体力測定の日。
俺は持ち前の運動神経を使って、絶賛体育無双中だ。
「立ち幅跳び……2.35m⁉ この子、前世はバッタだったのか……?」
最後の方は小声でつぶやく先生。
残念、前世は普通の男子中学生です。
「スゲー‼」
「どうやったら、あんなにとべるの⁉」
俺が記録を出すたびに、周りの生徒の歓声が聞こえる。
やはり、小学生は運動できた方がかっこいいのか。
運動できるだけでこの騒ぎよう。……実に単純だが、悪い気はしない。
腕を組み、ウンウンと頷いていると……
「キョーちゃん、すごーい!!」
少し離れたところから、楽しそうなニナの声が聞こえた。
長めの黒髪に、被っている赤白帽が良く似合っている。
そう。ニナと俺は、偶然にも同じクラスになれたのだ。
ニナは体育座りの姿勢のまま、ちょいちょいと手招きして俺を呼んだ。
「次はソフトボール投げだね! 勝負しようよキョーちゃん!」
ニナは気合を入れるように両の手を握りしめて、俺の顔を真っ直ぐ見つめる。 その瞳は、メラメラと燃えているようだった。
「そう……だね」
少し歯切れが悪そうに返す俺を見て、不思議そうに首を傾げるニナ。
「どうしたの、キョーちゃん? 目が泳いでるよ?」
「いや、何でもない。こっちも全力で行くよ」
俺は周りの小学生たちの声援を受けながら、地面に描かれた円の中心に向かう。そして気合を入れるように腕を十字に組み、ストレッチをしながら、勝つための計算式を考え始めた。
―――俺は転生してから、身体能力がかなり向上している。
ここで本気を出すのは、少し大人気ないかもしれない。
だが、俺にも男のプライドがある。 (※女です)
さらに、公園で体力トレーニングまでしていたのだ。
これで負ければ男の恥‼ (※何度も言いますが、女です)
―――ニナには悪いが、ここは全力で行かせてもらうぞ‼
「よしっ」
俺はボールを右手で握りしめ、右足を少し後ろに下げた。そのまま腕をピッチャーのモーションで大きく振りかぶり……
大砲を撃つようなイメージでぶん投げる‼
―――こてんっ
「2.5メートルです」
淡々と言い放つ先生。
驚きで言葉を無くす生徒たち。
ボールを投げた状態の姿勢で固まる俺。
「……」
4月なのに、凍えるような風が運動場を突き抜ける。
―――これだからソフトボール投げは苦手なんだ……!
俺はガックシと、地面に膝をついた。
俺は昔から、ボールを投げることが苦手だ。運動能力の高い体に転生したから、もう少しマシな方になっていると思ったのに……
もはやなんかの呪いなんじゃないかな、これ。
「見ててね、キョーちゃん!」
俺が真っ白な灰になって燃え尽きている間に、いつの間にかニナの番になっていたようだ。
「えいっ!」
少し不格好な姿勢から飛ばしたボールは、緩やかな弧を描きながら飛んでいき……
「記録、9mです」
「やったー!」
満面の笑みで喜ぶニナ。
―――ニナも嬉しそうだし、手加減してよかったな……
遠い目をしながら、ニナに向かって微笑む俺。
……すいません、うそです。本気で投げて完全に負けました。
「どんまい、キョーちゃん」
そう言ってニナが、俺の頭をぽんぽんと撫でる。
その後、花柄の
「……」
―――いや、泣いてないよ⁉
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
おまけ
体力テスト記録
【鏡子】 【全国平均】 ※小学1年生女子
握力(kg) 22.1 8.52
上体起こし(回) 20 11.77
長座体前屈(cm) 36.4 28.49
反復横跳び(回) 48 26.88
20mシャトルラン(回) 53 15.60
50m走(秒) 8.45 11.77
立ち幅跳び(m) 2.35 1.08
ソフトボール投げ (m) 2.5 5.63
「結構いい成績ではないだろうか?」
「でもキョーちゃん、ソフトボール投げは平均より下だね」
「―――グサッ!」(チクチク言葉が心臓に刺さる音)
「安心して! キョーちゃんのために、ニナが投げ方教えてあげる!」(超どや顔)
「解せぬ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます