第9話 入学式で走馬灯が見えた件

 保育園事件の後、あの男はちゃんと警察に逮捕されたらしい。


 催眠ガスを吸って倒れた横内先生や他の先生たちも、奇跡的に後遺症なく一命を取り留めた。


  男は「俺はあいつらに頼まれただけなんだ‼」と警察署で答えたそうだが、男が『あいつら』に渡されたと言う車にも、その証拠は残っていなかった。


 ニュースで警察も捜査を続けていると知ったが、ニナを攫うように仕向けた別の犯人は未だに見つかっていない。



 今回の件で、元々心配性だった母さんは更に心配性になってしまった。


 ニナと関わっている以上、このような事件がいつか起こるかもしれない。


 母さんを心配させないためにも、せめてニナと一緒に逃げれる位の体力をつけておかなければ。


 俺は今回の事件で自分の体力のなさを痛感し、時間が空いている時に公園で体力トレーニングをし始めることにした。


 


 それから約3年後……



 ◇



 プラスチック製の輪ゴム銃から、6連発で弾が発射される。


―――パシュッ、パシュッ、パシュッ!

             パシュッ、パシュッ、パシュッ!


 輪ゴム弾は作業台に立ててある6本の鉛筆を、狙い違わずに全て弾き飛ばした。


「ふっ、つまらぬ物を撃ってしまった……」


 俺は輪ゴム銃を左手でクルクル回した後、決め顔で腰のホルダーに収める。


―――沙坂 鏡子(現在7歳)。


 ここは俺が住んでいるマンションの一室。壁には電動ドライバーや、インパクトレンチなどのたくさんの工具が並び、 本棚の横には3Dプリンターや高速切断機などの機械が置いてある。防音室となっているこの部屋は、さながら漢の秘密基地って感じだ。


 なぜこんな部屋があるのかというと、ここは元々父さんの部屋だというのが答えだ。


 父さんは家具職人なので、家の中にもたくさんの工具がある。父さんは海外で仕事中なので、この部屋は使いたい放題。今では俺がすっかり占領し、専用の工作部屋となってもらっている。


 その部屋で自作の輪ゴム銃を試していたわけだが……


「結構うまくなったんじゃないだろうか……」


 俺は作業机の上で倒れた鉛筆を見ながら、そうつぶやく。


 保育園に通っていた頃。家でやることといえば本を読む、工作をする、やる気を出して勉強するの3択だった。つまり、やることがほぼない。


 だが、家にあるもので俺を楽しませるようなおもちゃは、100均の輪ゴム銃しかなかったのだ。


 暇なときに輪ゴム銃で遊んでいたため、腕前はプロ級。元々得意だったのもあるけれど、そりゃあ3年間毎日やれば上手くなるよねっ!


 


 ……その証拠に、前に母さんと行ったお祭りの射的屋で出禁になりました。



 俺はなぜか頬を伝う涙をぬぐいながら、もう一度机に鉛筆を立てる。そしてその鉛筆の下の部分を、倒れないようにペンチで机に固定した。


「んじゃ、もう1段階火力上げてみるか」


 俺が左手に持っているのは、早起きして今日やっと完成させたばかりの『改造済み輪ゴム銃』だ。


 俺は輪ゴム銃の横に取り付けてある、ピンポン玉ほどの大きさのダイアルを回す。


 そして輪ゴム銃を構え、しっかりと照準を鉛筆の先に向けた。


―――バシュッ‼


 勢い良く発射された弾が、狙い違わず鉛筆に当たる。


 


「……」


 普通の人が見たら、その威力に度肝を抜いただろう。だが……


「―――火力が弱いっ‼」


 沙坂鏡子は嘆くように叫んだ。


 前世で工作部のメンバーと共同制作したときは、くらいの威力があったはずだ。(※工作部で実証済み。メンバー全員で怒られました)


 まだまだ改造の余地があるな……と、ぶつぶつつぶやく『元、ゆかいなイかれ工作部員№2』。


 前世で彼がまだ中学生だった頃、工作部員たちで作ったおぞましい道具は数知れず。生徒や先生たちの間でも恐れられていたことを、彼は今だに知らない。


「ん~どこがいけないんだ? プラスチック製でも壊れてないから、輪ゴム銃自体はこれでいいはずだし…………ハッ! 輪ゴムの強度を上げればいいのか!」


 ニヤリと口元を歪める俺。


 多分だが俺は今、子供ながらに悪い表情をしているだろう。


 


 すると突然、扉をノックする音が響いた。


「鏡ちゃん入るよ~」


 ガチャリと扉を開けて、母さんが部屋に入ってくる。


―――あぶねえ~、心臓が飛び出るかと思った。


 先ほどの悪魔的表情をニコニコ笑顔で取り繕い、冷や汗を浮かべながら輪ゴム銃を背中の後ろに回す俺。


 これ見つかったらヤバイで。絶対に怒られるで、ホンマ……


「ん~? 鏡ちゃん。なんか隠し事してない?」


「いえっ、なにも隠しちゃあらへんでっ‼」


 なぜか大阪弁で答える俺。たまに勘が鋭いんだよな、母さん。


「そっか。ならよーし! では、今日からついにピカピカ1年生だから、遅れないように着替えましょう!」


 もうそんな時間か。時計をみると、時刻は6時半を回っていた。


「はーい」


 俺は元気に返事をする。


 母さんと一緒に部屋を出る直前、俺は目にも止まらぬ速さで『輪ゴム銃・改』を机の下に投げ捨てた。


 俺が帰るまで、見つからないように祈るばかりである。


「はぁ~、鏡ちゃんも1年生かぁ。さっきまで赤ちゃんだった気がするのに、もう7歳になっちゃって。時の流れは速いなあ……」


 リビングに向かいながら、しみじみと話す母さん。


 そう、俺は最近7歳になったのだ。

 

 誕生日の度に能力が強化されたので、ここで俺の能力がどうなったか順に説明しておこう。


・4歳……脳内マップの範囲が広がる(学校1つ分くらいの大きさ)


・5歳……脳内マップの範囲が広がる(市内くらいの大きさ)


・6歳……脳内マップの範囲が広がる(県1つ分くらいの大きさ)


  

 ……範囲広がりすぎだと思う。


 

 そして7歳。今回得た能力は、なんと瞬間移動ディメンション回数の増加である。


 今、俺が持っている能力を全てまとめると、



・脳内マップ(半径50㎞) ※県1つ分くらいの大きさ

 目をつむると俺を中心として脳内に白黒の地図が見える。


瞬間移動ディメンション(1日2回まで)

 脳内マップ内の場所に瞬間移動できる。物だけを移動させることはできない。


・サーチ

 脳内マップ内で困った人を黄色、危険を感じた人をオレンジのマークで表す。

 なお、オレンジのマークが現れた場合、俺の頭にアラームが響く。(アラームのオン、オフ可)


 


 こんな感じか。この能力は俺が誕生日の4月3日に、いつの間にか強化されている。誕生日プレゼントみたいなので、俺は勝手に『祝福ギフト』と呼ぶことにした。


 いやあ、俺が3歳の時の脳内マップは半径10メートルだけだったから、かなり便利になったもんだ。あの頃はスマホのマップ機能の劣化版だっ……ゲフンゲフン。


 しかも瞬間移動ディメンションの回数が2回になったことで、どこか遠くに移動してもすぐに戻ってこられる。



 ……道に絶対迷わないし、すぐに家に帰ってこられる能力?


 なんだ? 神は俺に日帰り旅行でも勧めているのか? 


 もしや神様って、旅行会社の方ですか……?


 

 そんなしょうもないことを思いながら、俺は新しい制服に着替え終わる。


「お~! 似合ってるよ~! 鏡ちゃん‼」


 母さんがパチパチと手を叩く音を聞きながら、俺は姿鏡の前に立つ。


 さらつやの銀色の髪。横髪は顔の輪郭りんかくをなぞりながら肩くらいまで伸ばされ、前髪は眉毛を覆い隠す程度で、ある程度切り揃えられている。


 俺はショートカットの方が動きやすくていいのだが、母さんの要望でこの髪型になった。


 次に、薄く青みがかった黒い瞳。長めのまつ毛と奥二重は、凛々しい感じをかもし出している。


 そういえば俺って、まつ毛の色は黒いんだよな。髪だけ銀色なのは謎だ。


 そして、胸元に藍色のリボンがある制服に、長めのスカート…………スカート?


 

―――やめろ。気にしたら負けだ……羞恥心に殺されるぞっ! 無感情になれ。



 かつてないほど死んだ目で、鏡に映る自分の姿を見る俺。


 だが、

 

「ああ~かわいいっ! 天使だよ、鏡ちゃんは!」


―――パシャ、パシャ、パシャパシャパシャ、パシャ


 デジカメで俺の写真を大量に撮る母さん。


 その瞬間、羞恥心が俺の心に強烈な右ストレートを放った。


 俺のHP『10』→HP『7』


「次! 次はランドセル背負って! かわいいポーズやってみて!」


 母さんが持ってきたのは、深緑色のランドセル。黒色にしたら、前世が男だとばれる可能性があるかもしれないので、深緑色にしておいた。


 問答無用で背負わされ、グリコのような謎のポーズをとらされる。



―――パシャ、パシャ、パシャパシャパシャ、パシャ


 母さんが写真を撮る音に合わせて、羞恥心が俺の心を連続で殴打してきた。


 ああ、これがずっとアルバムに残ることになるんだな……


 俺のHP『7』→HP『2』


 そろそろやばい。


「次は……」

 

 もう勘弁してください。助けて旅行会社かみさま


 「防犯ブザーも忘れないように持ってかないとね~」


 助かった、地獄の撮影会は終わったようだ。


 ありがとう旅行会社。間違えた、ありがとう神様。


 

 母さんが防犯ブザーを取りに、リビングに向かう。


 それにしても防犯ブザーか。おっちょこちょいの母さんが、防犯ブザーの存在を忘れていないなんて。やはり母さんは保育園の事件で、かなり心配性になったらしいな。


「おまたせー!」


 リビングから戻ってきた母さんが、俺に防犯ブザーを手渡してきた。


「???」




 その数、計


 

 多くね?


「な、なんでこんなに……?」


 驚く俺に対して、その問いに平然と答える母さん。


「まずはランドセルに着ける用でしょ? それと手さげかばんに着ける用と、筆箱に着ける用。スペアは2つあれば足りるかな。最後の1個は……庭菜ちゃんに分けてあげてね!」


 ニコッと笑う母さん。


 

 問題、母さんは心配性になったでしょうか?


Aアンサー、見りゃ分かる。 Q.E.D. 証明完了。



 俺が証明の出来の良さに打ち震えていると、


―――ピンポーン!


 突然インターホンがなった。


『キョーちゃん! したでまってるよー!』


 インターホンのモニターには、満面の笑みのニナが映っている。


 俺と一緒の小学校に通いたいと両親にお願いしたらしく、ニナも同じ小学校に通えることになったのだ。なお、娘にいい友達ができたと喜んで、秒でオッケーしてくれたらしい。


 「了解。すぐ行く」


 俺は母さんと一緒に、エレベーターを降りる。



 マンションの駐車場には、黒塗りのベンツが止まっていた。どうやら学校まで送ってくれるようだ。


「キョーちゃん、ひさしぶり!」


「久しぶり、1週間ぶりかな?」


 俺たちが話している間、運転手さんと母さんも何やら楽しそうに話をしていた。母さんのコミュ力は高いから、もう仲良くなってるな。


「そろそろ行こっか~!」


 なぜか嬉しそうな母さんの声を聞きながら、俺たちは車に乗り込んだ。 


 中はクーラーが効いて丁度いい感じの温度になっており、黒色の椅子もフカフカで、えも言われぬ高級感が漂っていた。


 すごいな。車の中に冷蔵庫まである。こういう高級車に乗るのは初めてだから、ちょっと面白い。


 優雅な気分でニナの隣に座り、シートベルトを着ける。


 だが、その優雅な気分は一瞬でぶち壊された。


「ん?」

 

 ……恐るべきことに、なぜか運転席には母さんが座っている。


「いや~、運転手さんに1回運転してみたいって言ったら、乗せてくれちゃった!」


 さっき嬉しそうだったのは、車を運転させてもらえるからだったのか⁉


「ちょっ、待って‼」


 母さんがハンドルを握ったら、運転が荒い所ではない。


「じゃあ、行くよ~!」


 あ、もう間に合わないやつだ。これ。


 俺は全てを諦めて、遠い目をしながらニナに話しかけた。


「―――ニナ、ジェットコースターって好き?」


「えっ、キョーちゃん。それって、どういう……?」


―――エンジンが吠える。


 

 俺のHP『2』→HP『0』



 俺が覚えているのは、ジェットコースター並みの揺れとニナの悲鳴。


 その日の入学式は、どうやって乗り切ったか覚えていない。

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