ミラーズ スクエア

いえまる

第一章 灰色の英雄

第0話 望め! 

―――あれは、俺が転生する前の話だ。


 あの時の俺は14歳で、まだ「沙坂さざか とおる」と言う名前だった。


 4月8日、新学期の初め。


 暖かな日差しが降り注ぎ、木漏れ日が地面に影を落とす。まだ春寒が少しだけ残った穏やかな風が吹き、これでもかというほど春らしい日だったはずだ。


 そんな、ごく平凡で、どこにでもありそうな普通の1日。


 俺はあの日、言葉で説明しても分からないような、奇妙な事故に巻き込まれた。





「今日から中2か……」


 そう独り言を言いながら、肩からずれかかった学生カバンの紐を直す。


 俺は、等間隔で桜の木が配置された坂道を、ゆったりとした速度で歩いていた。


「……やっぱり、休みでなまった体には結構いい運動になるな。この道」


 斜度15%位の、かなり急な坂道。


 まだ朝早く、登校している生徒はちらほらとしかいないが、後ろの方にいる女子生徒が、立ち止まって水筒の水を飲んでいるのが見えた。

 

 俺の通っている中学校は、この坂道を登り切った所にある。坂の上に学校があるのは多分、立地が安いからなのだろう。


 15分ほど登った所にあるので、車で登校できない生徒はかなり大変そうだ。


―――まあ、きちんとアスファルトで整備された道だから、俺はそんなにキツイとは思わないけど。


 息も切らさずに黙々と坂道を登りながら、俺はここ一年のことを思い返していた。


―――思えば色々なこともあった気がする。


 いや、ありすぎた。 


 工作部の奴らとペットボトルロケットを作って先生に怒られたり、工作部の奴らと一緒に作った輪ゴム銃の威力が強すぎたり……


 他にも、英語のテストの点が悪くて母さんに笑顔で凄まれたり、工作部の皆でマンガフェスに行ったり……


「―――ほとんどあいつら関係だな……」


 中学2年生になっても、あいつらと同じクラスになれるだろうか。


 新学期で久しぶりに会うから楽しみだ。


 俺は少し頬を緩めながら、段々と坂道を歩く速度を早め……


 そして、一瞬顔を強張らせた後、ゆっくりとその足を止めた。


「英語テスト……」


 完全に忘れていた。


 そう。休み明けには必ず、「休み明けテスト」という巨悪が存在するのだ。


 国語と数学はいけるが、英語はダメだ。


 カタカナ英語で「ソレ、ドーユーイミ?」と聞きたくなる。



―――もう英語はやりたくねぇ!! 百姓一揆だ!!


 頭の中で英語という概念に、バックドロップやコブラツイストを仕掛ける俺。


 だが、背後から現れた『英語テストさん』に、俺の体は片手で握り潰されてしまう。


―――まだだ。世の中には、翻訳機という素晴らしい物があるじゃないか!


 復活した俺が、「この印籠が目に入らぬか!」的な感じで、光り輝く翻訳機を『英語テストさん』の前にかざす。


 もだえ苦しむ『英語テストさん』。


―――ふっ。やはり文明の利器は偉大だな。


 勝利を確信し、うんうんと頷く俺。


 だが、どこからともなく現れた英語の先生が、「テスト中には使えませんよ」と、翻訳機を地面にはたき落とした。


 途端に元気を取り戻す『英語テストさん』。


 からの増殖。


 大量の『英語テストさん』が俺の周りを取り囲み、牙の生えた巨大な口をガパリと開いた所で、俺はこの想像をやめた。


「勝てる気がしない……」


 俺は涙目になりながら、トボトボと歩き出す。


 何が楽しくて、朝からB級ホラー映画の想像をしなければならないのか。

 

 もう俺の得意な工作をテストにして欲しい。そうすれば、こんな惨めな思いはしなくて済む。


「もういっそのこと、好きな本やマンガを読んで暮らしたい……」


 なんだろう。目の前を舞う桜がよどんで見える気がしてきた。


 いや、気のせいだ。こんなことを考えるのはやめよう。


 俺はしばらく、心を無にして歩き続けた。



 ◇

 


「そろそろ着くな」


 坂道を登り切り、学校の校門が見えてきた時だった。


 かなり後ろの方から、小さくエンジン音が聞こえる。


 振り返ってみると、大型のトラックがエンジンを鳴らして、坂道を登って来ているのが見えた。


「―――?」


 やけにスピードを出してるな。何か急ぎで、届ける荷物があるのだろうか。


 とりあえず道の端に寄る俺。


 その時、ふと視界の隅に人影が見えた。青いランドセルを背負った男の子だ。


―――小学生? 


 ここの近くの小学校は、この坂の下にあるはずなのに。


 不審に思っていると、その男の子がふらふらと車道に出て行くのが見えた。

 

 おいおい! すぐそこまでトラックが来てるんだぞ!


 俺は慌てて、トラックの位置を確認する。


 そこから見えたのは、エンジンを吹かせながらどんどん加速するトラック。小学生との距離は20メートルほどで、明らかにそのスピードがおかしい。

 


 「―――ッ!」


 そして俺は、トラックの運転席を見て声を詰まらす。


 そのトラックの中には、



 からだ。



―――おかしいだろ!!  


 自動運転か⁉ なぜこんな場所で⁉ 


 だが、そんなことを考える暇はない。


 小学生とトラックの距離、あと5メートル。


「やばい!」


 俺は肩にかかっていた学生カバンを放り投げ、右足に思いっきり力をこめた。


 そのまま弾丸のように飛び出し、小学生を抱きかかえるようにして、タックルを届かせる!


―――グオオオォォォ―――ン!!


 直後、トラックの爆音が右頬をかすめた。


 まさに間一髪。


 視界の隅で、トラックがギリギリ通り過ぎていくのが見える。まるでスローモーションのように、はっきりと。


 俺は小学生を抱きかかえたまま、手足をコンクリートに擦って地面を転がり、そのまま錆びれたガードレールに体をぶつけた。


「―――ぐっ!!」


 痛みで頭がチカチカと点滅する。


 そして、ガソリンの焼けるような匂いで、俺の意識は現実に戻された。


 「……」

 

 助かったのか⁉ 


 体中が痛いが、小学生の男の子は無事なのか確認する。

 

「大丈夫か⁉」


 先ほどの恐怖で、ガタガタと体を震わせているようだが、見たところけがはなさそうだ。


「―――はぁ~、良かった」


 安心して一息つく俺。


 危機が去ったことが分かり、男の子も安心したのだろう。


「お、お兄ちゃんは大丈夫だった?」


 その男の子は、心配そうに俺の顔を覗きこんできた。


「ん。問題ないよ」


 俺は痛みをこらえながら、ゆっくりと立ち上がる。その後、無事なことを証明するように、自分の肩をグルグルと回してみせた。


―――うん、そんなに痛みはないな。まあ、一応病院に行っておいたほうが良さそうか。


 俺は地面に座っている男の子に、笑顔でアピールする。


「ほら、全然だいじょう……」


 俺は言葉を詰まらせた。


 上を見た男の子の顔が、何かの影で曇っていたからだ。



―――なんだ、上に何か……


 ゆっくりと、上を向く俺。


 



 眼前いっぱいに広がるのは、無機質なトラックのバンパー。


 

―――ぐしゃっ。



 圧倒的物量に潰されて、俺の視界は黒く染まる。


 不思議と痛みはなかった。



 ◇

 


 あれから、どれだけ時間が経ったのだろうか。


 とても短い時間だったような、遥かに長い時が流れたような。


 時間の境界線が曖昧になっていく。


 ただ、暗い視界の中で、段々と体が冷たくなっているのが分かる。


 

 ……ごめん母さん。俺、死んじゃったかもしれない。


 いつも明るくて、俺のことを一番に考えてくれた母さん。


 母さんはたぶん、俺が死んだと知ったら、とても悲しむだろうな。


 

 ……工作部での、楽しかった思い出がよみがえる。


 あいつらとも、もう話すことはできないのか?


 楽しかったことも、楽しみだったことも、もう何も感じることはないのだろうか。


 わからない。


 考えれば考えるほど、霧がかかったように意識がかすんでいく。


 ……あの小学生の男の子はどうなってしまったのか?


―――多分助からなかったんだろうな。


 かすれていく意識の中で、ぼんやりとそんなことを考える。


―――俺は馬鹿だ。


 助けられる確証もないのに、後先考えず飛び出して。


 それで自分も命を落として、他の誰かを悲しませて。


―――ああ。……弱いや、俺。


 俺がもっと強ければ、こんな事にならなかったかもしれない。


 誰も悲しませずに済んだのかもしれない。


 じゃあなんで、あの子を助けようとしたんだ?


―――自分の命を使ってでも、誰も守れなかったくせに。




 ……それでも。


 それでも、体が動いてしまった。


 そうしなければ、いけないと思ったから。


 大切な人を失うのが、怖かったから。


―――また、目の前で、誰かを失いたくはなかったから。



 ……



 なんだ?


 俺は何の話をしていた?


 俺は目の前で、誰かを失ったような記憶はない。……はずだ。


 記憶がかすむ。


 何か大切なことを忘れているような気がする。


 思い出せない。―――いや、思い出したくもない。


 ただ、もっと強くならなければいけないという思いが、グルグルと渦巻く。


 そのためにはどうすればいい?


 どうすれば良かった?

 



 そして1人の少年は望む。




 もし願いが叶うなら。


 大切な誰かを守れるような、誰よりも強くて優しい人になりたい。


 俺は、

 


 『―――ヒーローみたいな人に』



 そして最後のピースが埋まる。


 この物語の歯車は、ゆっくりと加速を始めた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あとがきもどき


 「ミラーズ スクエア」を読んでいただき、本当にありがとうございます!


 まだまだ文章がつたないので、近いうちに修正するかもしれません。


(修正完了→0話)


 よければ、続きも読んでください!

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