第5話 おつかい戦線(下)

 そりゃそうである。


 変な銀髪の子供が突然話しかけてきたと思ったら、メガスケなんとか(以下略)である。


 そりゃそんな表情にもなる。


「あははハハ、知らないですね……」


 なんて言いながら戸棚の奥に消えていった、店員の憐れむような顔を俺は生涯忘れることはないだろう。


 俺は新たなる黒歴史と引き換えに輪ゴム銃を手に入れた。


 100円ショップには、100円では学べない何かがあるのだ。


 こうして俺は100円ショップを後にした。



 ◇

 


 ヨークルモールの食品売り場は、1階の4分の1を占めるほどの大きさだ。

 

 食品売り場につくとまずは買い物カートを取る。


 ケチャップから取りに行くか。


 お肉売り場と、生鮮食品売り場を抜け、調味料コーナーにたどり着く。


 目的のものは、すんなりと発見できた。


 ケチャップを買い物かごに入れた時だった。



 ……なんかすごい視線を感じる。



 後ろに振り替えると、商品棚の奥に誰かが身を隠した。


 あれは、岩中のお母さん⁉


 確か母さんのママ友のはずだ。


 ここで働いているのかレジ打ちの恰好をしている。


 ……なるほど。


 心配性の母さんだから俺を1人でおつかいに行かせることはないと思ったが、岩中のお母さんにお目付け役を頼んだわけだ。


 なんか気になるが次に行こう。


 次はお菓子だ。


 買い物カートをガラガラ転がしながら、お菓子売り場を目指す。


 ビーフジャーキーやあたりめがいいかもしれない。


 おっ! おつまみセットだ! 俺はおつまみ系のお菓子が大好物なのだ。


 久しぶりに買ってもいいな。


 そう思っておつまみセットを手に取った。


 あ、岩中のお母さんがこっちを見ている。


 お前も、おつまみ仲間なのか?


 ……と思ったがどうやら違うようだ。


 『いや、どういうこと⁉』みたいな目で俺を見つめてくる。


 ああそうか。そりゃあ3歳児がおつまみセットを買おうとしたらそうなるか。


 変に思われるので、ここは無難にパンヒーローラムネにしておこう。


 残念、俺はいつになればおつまみを食べれるのだろうか。

 

 次は問題のスイカだ。


 このために買い物カートを用意したといっても過言ではない。


 ちなみに買い物カートは、サービスカウンターに行くとあっさり貸してもらえた。


 この見た目で上目遣いをすると効果は抜群。ふっ、ちょろいぜ。

 

 これで家までスイカを持っていく算段だ。


 まず1個目のスイカを持つ。


―――重いっ!


 今の筋力じゃとてもじゃないが持てそうにない。


 「……」


 助けて! 岩中のお母さん!



 ◇



 こうして俺は無事、買い物かごにスイカを載せて買い物を済ませることができた。


 今回、岩中のお母さんにはお世話になった。


 お礼を済ませて俺はヨークルモールの出口を目指す。


 これでミッションはオールクリアだ!


 えっ⁉ メガスケパスマ・エリトロクラミス?


 そんなものここには存在しない!


 まあ、家の隣には市立の図書館がある。


 そこで調べるか、父さんに聞くことにしよう。


 そんなことを思いながら、自動ドアを抜ける。


 その時だった。


 ビィィィィィィーーーーー!


 脳内に直接、警報音が響く。


 なんだこの音⁉


 多分、脳内マップから音が鳴っている。


 俺は目をつぶって、脳内マップを確認した。


―――⁉


 自動ドアを抜け、自動販売機に隠れた狭い通路の奥がオレンジ色のマーカーで染まっている。


 俺が今使える能力は、『脳内マップ』 『瞬間移動ディメンション』 『サーチ』の3つ。


 おそらく『サーチ』の能力だろう。


 困った人がいると黄色いマークで教えてくれるはずの能力は今、オレンジ色のマークになっていた。


 こんな機能もあったのか⁉


 買い物カートを放り出し、即座に近くの壁に移動。壁に背を向けて、通路の奥を盗み見る。


 見ると通路の奥で若い男が、眼鏡をかけた1人の大学生に何か言い寄っているようだ。


 ザ・カツアゲである。


 こういう時は近くの大人に助けを求めるのが1番だ。

 

 俺はヨークルモールの中に引き返そうとした。


―――いや、ダメだ。


 自動ドアの前には、立ちふさがるように2人目の男が立っている。


 体が大きく、大学生をカツアゲしている男と同じようなラフな恰好。


 おそらく仲間だろう。

 

 「ああ? なんだこのガキ」


 大柄なほうの男に見つかった。

 

 やばい!


 ヨークルモール内に入る道は塞がれているので逆方向の道に逃げる。


 追って来る!


 全力で走るが、体が思うように動かない。3歳児は体の大きさに対して頭の大きさが大きい。今まで不便は感じていなかったが、走るとバランスを崩しやすいのだ。


 確実に追いつかれる。何か逃げ込むところは―――


 

 あそこだ。


 ヨークルモールの一端に外調機が連なっていた。外調機は喚気、空調管理のためスーパーなどで取り入れられている。


 俺はすぐさま外調機の隙間に逃げ込む。


 こういう時に小さな体は便利なのだ。


 外調機が死角になり男の目から逃れた瞬間―—


 『瞬間移動ディメンション




 体が宙に浮く感覚。

 

 即座に視点が切り替わる。


 「あのガキ、どこに消えやがった⁉」


 後ろから怒鳴るような声が聞こえた。


 これで男から逃れることができた。だが、瞬間移動ディメンションは半径10メートルまでしか移動できない。


 居場所がばれてしまう可能性が高いが、少なくとも30秒は稼げる。


 俺は元来た道に向かって走る。


 これで、ヨークルモール内に入る道をふさぐ障害はいなくなった。


 ヨークルモール横の通路の奥にはカツアゲされている大学生がいる。まずは大人に助けを求めるのが先だ。


 一刻の事態を争う。


 息を切らしながらヨークルモール前に差し掛かった時だった。


 


 マズイな……


 ヨークルモール前では、カツアゲをしていた方の男が携帯電話で話をしている。その男に脅されていた眼鏡の男は、足がすくんで動けないようだった。


「おっ、本当にきやがった!」


 話し終わった男はダルそうな態度で、手に持った携帯電話をブラブラと揺らしている。


 先ほど俺を追いかけていた大柄な男の方が、俺がヨークルモール前に逃げたのを教えたに違いない。


 これでは助けを求める以前に、ヨークルモールに入ることさえできない。


 だからと言ってここでとどまっていれば、先ほどの大柄な男と挟み撃ちになってしまうだろう。


「やるしかないか……!」


 以前、試したことがあるが、瞬間移動できるのは自分自身だけ。つまり、上から物を落として攻撃ということはできない。

 

 どのみち1日1回の瞬間移動ディメンションはもう使ってしまった。

 

 買い物カートはヨークルモール内に置いてきてしまっている。今あるもので使えるものは……


 俺はお使いメモや財布を入れてきた子供用のショルダーバッグの中を探る。


 

 ……使えそうなものは輪ゴム銃しかない。


「逃げるんじゃねーぞおお!」


 男が殴りかかってくる。

 

「やばいっ!」


 俺は体を大きくそらし、紙一重でそれを躱す。

 

 クラス2番目くらいの運動神経をなめるなよ!


 それにしても、いきなり殴りかかってくるなんてなかなか横暴な奴だ。

 

 輪ゴム銃の袋を開けながら、男から距離を取る。


「こいつ、ちょこまかよけやがって!」


 小さな体を生かしながら右へ左へと器用に逃げる。だが、俺の体力はもう限界。今のままでは、とても勝てそうにない。


―――なら、隙を作ればいい。


 殴りかかってきた拳をギリギリで躱し、その隙に輪ゴムを装填そうてん


 装填そうてんできた弾は1発。


 俺は右手に輪ゴム銃を構える。


 男との距離、4m。


「そんなおもちゃ効くわけないだろっ!」


 狙うは男の眉間みけんの部分。


 ノータイムで引き金を引く。


 

―――パシュッ!



 反射的に男が一瞬目をつぶる。



 



 地面を蹴る。


 男との距離を詰め、勢いのまますねに渾身の膝蹴りを食らわせた。


 「痛てぇえええぇ!」


 男がすねを抱え込むように崩れ落ちる。



 普通に大人と戦っても勝てるはずがないが、弱点はある。


 すねは皮下脂肪が薄く、骨に衝撃を受けやすい。


 3歳児の攻撃でも十分に通用するのだ。


 なお、このすね攻撃は仲間でありライバルである工作部メンバーが教えてくれた素晴らしい技の1つである。


 「逃げましょう!」


 大柄なほうの男がこっちに向かってくる足音がする。時間がない。


 俺は息を切らしながら、まだ足が震えているメガネの男をつれてヨークルモール内に入った。


 そして俺は、今出せる最大の声で助けを叫んだ。



 ◇



 その後、俺の叫びに気付いたヨークルモール内の警備員が男2人を連れて行った。


 俺も警察署に連れていかれ、警察にあれこれと事件のことを聞かれた。

 

 俺がまだ子供だったからか、事情聴取はすぐに終わった。


 まあ、俺が戦ったことは伏せておいた。


 カツアゲされていた男は怖くて目をつぶってしまい、俺が戦ったのは見ていないらしい。それでも俺に感謝をしていた。


 何を勘違いしているのか、「鏡ちゃんを返せ————!」なんて言いながら警察署に突撃してきた母さんをなだめる方が苦労した。



 こうして俺のおつかい戦線は幕を閉じた。


 

 

 ……思えばこれが始まりだったのかもしれない。


 初めは偶然にすぎなかった。


 俺がおつかいに行くなんて言い出さなければこの事件には関わらなかった。


 確実に未来は変わっている。


 こうして俺は事件に巻き込まれていく。

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