第五章 イヅナ使い

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 三発目の銃声が響き、またしても涼佑の足元を抉る夏神。どう見ても彼が持っている銃はエアガンであろう筈なのに、銃声はさながら本物だ。背後の真奈美達に危ないから離れているように涼佑が言うと、何かを狙っていた夏神は痺れを切らしたように呟いて四発目を撃った。真奈美に向かって。


「なら、これならどうだ?」


 銃口が真奈美に向いたと分かったその一瞬で間に合わないと直感した涼佑と巫女さんは、ほぼ二人同時に交代しようと無意識に意識を繋げた。放たれた銃弾を真奈美に届く寸前、閃く刀身ではたき落とした巫女さんは咎めるように夏神を睨む。


「生者に手を出す程、私に会いたかったのか? 小僧」

「……あなたに確かめたいことがあってね」


『小僧』と怒りに任せた言葉を向けられても、夏神は冷静だった。先程までの攻撃的な態度から一転して、常の口調に戻っているのが何よりの証拠だろう。彼は巫女さんに銃口を向けつつ、あることを尋ねた。


「三年前のこの町にあなたは降りましたか? 夏神という神主に聞き覚えや見覚えは?」

「無ぇな。この町に降りたのは、この体が最初で最後にしたいもんだ」


 一考の価値も無いと吐き捨てるように即答した巫女さんの態度に、少し思案した夏神だったが、やはり引き金に掛けた指を思い切り引いた。


「まぁ、本当のこと言う訳無いよな。なら、拷問して聞き出す」

「やってみろ」


 四発目は外すつもりは無いらしく、正面から放たれた銃弾は身を捻った彼女の頬を掠めていく。しかし、それよりも巫女さんを襲ったのは、そんな物ではなく、視界の端から素早い動きで自分の腕を絡め取ろうとしてきた者だった。


「ちっ……!」


 右腕を狙ってきたそいつを、巫女さんはすかさず刀でいなす。刀で止められたことで数歩下がったそいつを、彼女はそこで初めてまともに視認することができた。


「狐……やはり、あの時邪魔したのもお前か!」


 それは白銀の毛並みを持つ小さな狐だった。額に三つの宝石のような石が嵌っており、瞳の色と同じ緑色に光っている。その目は敵意に満ちており、巫女さんを真っ直ぐに睨み付けている。夏神は何がおかしいのか、くくくと喉の奥で押し殺したように嗤う。


「あの時は焦った。ここには全員で来てもらわなくちゃいけなかったのに、お前一人だけで向かおうとしたからな。かと思えば、全然来ねぇし。空気の読めねぇ奴。お陰で俺が動くことになったじゃねぇかよ。……っと」


 目前まで迫っていた刀の切っ先を数歩後ずさって避けた夏神は、空いている左手をぐい、と何かを掴んで引き寄せるような動作をする。すると、それが合図だったかのように彼と巫女さんの間に割り込んで来て、彼女の刀を防いだのは、またしても白い狐だった。今度は二体。それぞれ赤と青の瞳と宝石を持った二匹だ。しかし、それぞれ額に嵌った宝石の数が違い、赤は一つ、青は二つ。おそらく、ランクや順番を表しているのであろう。その二匹の間から夏神は六発目を放った。


「遊んで来い」


 刀を引き戻す余裕も無いまま、巫女さんは放たれた六発目の銃弾と共に飛び掛かって来た六匹目の狐を、避けることができなかった。一瞬だけ見えた紫の瞳を持つ狐。その額に嵌った六つの宝石を見た瞬間、巫女さんは利き腕である右の肩口に牙を突き立てられていた。


「ど、ど、どうしよう!? 真奈美ぃ……!」


 何の意味があるのか分からない生者である夏神と巫女さんの戦いに割って入るべきか、そもそも入れるものなのかと思い悩む絢に、真奈美も友香里も黙って見守るしかないと言いたげに心配そうに見ていることしかできない。


「分かんない……。分かんないよ。そもそもどうして、夏神くんは巫女さんを襲ってるの? 何にも分かんない……」


 どうしたら良いのか分からず、立ち尽くしている二人とは対照的に、真奈美の言葉で何か考えていた友香里は、ぱっと顔を上げて二人に提案した。


「分かんないんだったらさ、私達は私達にできることしようよ! いつも怪異を相手にする時と同じようにしよう」

「私達にできること……」

「じゃあ――」


 示し合わせたように三人はそれぞれ自分のスマホを取り出す。いつもやっていることと言えば――。


「よし! こうなったら、夏神のアカウント特定してやるわ!」

「うん」

「私、一応いつでも救急車呼べるようにしておくね」


 しかし、三人娘がスマホを取り出した瞬間、真奈美の肩にいつの間にか乗っていた白い狐の存在に気付いた二人は、確かめるように恐る恐る夏神の方を見る。巫女さんと一定の距離を保ちながら立ち回っている夏神は瞬間的にこちらを一瞥した。その目つきだけで三人娘は青褪めて固まってしまう。その目は雄弁に「余計なことをしたら、殺す」と語っていたからだ。すっかり萎縮してしまい、淡い恋心を散らせた絢は他の二人と同じように力無くスマホをしまった。

 三人娘が見守ることに徹したと分かった途端、夏神は三人への意識を完全に切って巫女さんへ切り替える。何とか腕を振って肩口に噛み付く狐を弾き飛ばした巫女さんは、再び夏神に向かって刀を振った。しかし、またもやそれよりいち早く反応した夏神に避けられる。巫女さんが狐に構っている間に弾を補充していたらしい夏神は、また彼女へ銃口を向けるも、出し抜けに地面から飛び出した注連縄に足を取られ、後ろへ転倒した。


「くそっ……ナメやがって――」

「周りにばっかり意識向けてるから足元がお留守になるんだよ。まんまと誘われてくれて嬉しい限りだ」


 そう言って不敵に笑い、巫女さんは夏神に向かって刀を振り上げる。それが振り下ろされた瞬間、迫ってきた刀を夏神はエアガンの持ち方を変え、グリップ部分で迎え撃った。ガキンッと鈍くも鋭い音が響き、巫女さんは驚いて刀を引く。


「バカッ……! お前――」


 その一瞬の隙を見逃さずに夏神はポケットから何か黒い物を出したと思った瞬間、バチンッと光が閃き、彼女は刀を取り落としてしまった。次いで、夏神の「隙だらけなのは、テメェの方だよ」という一言が合図だったかのように、今度は脇腹をまた狐に噛み付かれた。真奈美達が悲鳴を上げ、駆け寄ろうとしたが、また狐に行く手を阻まれて立ち止まってしまった。

 今度こそ立っていられなくなった彼女は、何が起こったのか分からないという顔で、膝から頽れて夏神を見上げる。その視線の意味を汲み取った夏神は、改めて彼女に見えるようにその手に持っている物を見せた。黒く、夏神の手に収まっているそれは日常生活で実物をあまり見る機会は無いが、スタンガンだ。


「あ? ああ、スタンガンだよ。お前みたいな単純なアホは真っ向から来ると思ってたからな。『護身用』って言えば、お咎めなしなんだよ」


「そんなことより……」とそこで夏神は巫女さんの髪を掴み、ぐい、と真上に捻り上げる。痛みと体に残る痺れと衝撃に歯を食いしばって巫女さんは、精一杯夏神を睨み付けた。


「さっきからなんで刃じゃなくて、峰で攻撃してんだ? ええ? ナメてんのかって訊いてんだよ」


 夏神の言う通り、巫女さんはこの戦いが始まってから一度も彼に刃を向けていない。全て当たる直前で持ち方を変え、峰で打とうとして来ているのだった。しかし、当の彼女は「何を今更」とでも言いたげに夏神を見据えて言い返す。


「私は巫女だ。たとえ幽霊でもその務めを忘れたことは無い。彼岸と此岸の境を守り、そこからはみ出して生者を脅かそうとする死者を或いは導き、或いは斬る。ただそれだけだ」


「それがたとえ、自分の管狐を使い潰そうとするお前のような奴が相手でもな」と確固たる自信を持って言い切った巫女さんに対し、夏神は少しの間黙っていたかと思うと、やがて押し殺したような、それでいて地の底から響いてくるような低い声で呟いた。


「うるせぇな、どいつもこいつも。ああ、ほんとうぜぇ……!!」


 ガリガリとスタンガンを持っている方の手で苛立たしげに頭を掻き、脱力した巫女さんを乱暴に地面へ投げた夏神は落ちていたエアガンを手に取って、尚も彼女へ銃口を向けた。


「道具と一緒だろ、こんな奴ら。肉体もこの世に留まる大した理由も無い、半分存在否定されてるような奴。お前もどうせ、あいつの道具だろ。こいつらと同じ、人間に良いように使われてるだけの道具のくせにっ!!」


 あまりの言い様に絢が夏神へ殴りかかろうと走り出そうとした瞬間、彼の背後から雄叫びを上げて誰かが突進してきた。突然のことに反応できなかった夏神は呆気なく地面に転がり、巫女さんへの追撃は叶わなかった。彼に突進してきたその人物を見た途端、皆呆気に取られていた。


「な……」

「直樹……!?」


 パジャマ姿のままそこに立っていたのは、記憶を取り戻すまで家で待っている筈の直樹だった。

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幽霊巫女の噂 れく @rek1011

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