第3話~トルスの町~

トルスの町は賑やかで活気に満ちていた。石畳の道には赤、青、緑など色とりどりの屋根が連なり、その上には陽光がきらめいている。食材から武器防具まで、さまざまな出店が軒を連ね、食欲をそそる匂いがあちこちから漂ってきた。


ウライン村から出たことのないオルエスにとって、目に映るすべてが新鮮で刺激的だった。彼の目は好奇心で輝き、石畳の道を歩きながら周囲の景色に見入っていた。


「すごいでしょ、ここがトルスの町よ。時間もまだあることだし、ルーアの酒場に行く前に少し散策しようか、案内するわ」


ミーナの提案に、オルエスは頷いた。彼女に導かれて、緑の屋根の武器・防具屋に足を運ぶと、店内の品々に興味津々と目を向けた。オレンジ色の屋根の食事処からは、地元の特産品を使った料理の香りが漂い、オルエスの胃袋を刺激する。


「ねえ、オルエス。とりあえず新しい服を買いましょう。いくら何でもそんなぼろぼろの服で表を歩くのは目立つわ。あとリュックサックも必要ね」


彼らは石畳の道を進みながら、屋根の色を頼りに店を探し始めた。青い屋根の店が服屋を示しているとミーナは教えてくれた。やがて、彼らは青い屋根の小さな店を見つけ、店内に入った。


店内には様々な種類の服が並べられており、オルエスは新しい服を選び始めた。その姿にミーナは微笑み、オルエスが選んだ服に対していくつかのアドバイスをする。また、店の隅にはリュックサックや旅行用の袋も置かれており、彼はそれらも注意深く見て回った。


「よしよし、これで少し旅が楽になるわよ」


新調した服を着て、オルエスは黄色の屋根の酒場の前を通りかかった。賑やかな声や楽器の音が外まで聞こえてくる。ミーナは

「ここは夜になると地元の音楽家たちが演奏をするのよ」

と教えてくれた。


「ほら、着いたわ。ここがルーアの酒場よ」

オルエスの目の前にあるルーアの酒場は木造の質素な建物で客の賑やかな声が聞こえてくる。


「マスター、久しぶり。席は空いているかしら?」


ミーナが声をかけた先には40代くらいの身なりがきちんとした男がいた。

細身だが筋肉質な体つきをしている。マスターと呼ばれた男は

「おおっ、ミーナじゃないか。久しぶりだな。どこでも好きなところに座りな」

そう言ってミーナに席を案内する。


「ありがとう。今日は連れもいるのよ。ちょっとオルエス、早く入ってきなさい!」


オルエスの姿を見たマスターが

「ほお、ミーナが男連れか。ついに彼氏ができたか?」

マスターが冷やかす。ミーナは頬を少し膨らませながら

「違うわよ、川で流れてきたのを拾ったのよ。彼が住んでいる村が帝国に襲撃されて帰る場所が無くなっちゃったの」


帝国という言葉を聞いた瞬間、マスターの顔が引きつる。ルーアの酒場のマスターとして、彼は新鮮な情報を日々仕入れており、帝国の魔女への迫害についても詳しい。

そんなマスターの顔つきの変化を見てミーナは

「マスターの想像通りよ、可哀想に。村を焼き払われて幼馴染も行方不明だそうよ」


マスターはオルエスの肩をポンと叩き

「坊主、大変な目にあったんだな。命があって何よりだ。何か助けが必要なら何でも言ってくれ。おじさん、出来ることならなんでも力になってやるからな。」

と優しく言った。


「あ、ありがとうございます」

マスターと呼ばれた男の人、すごく頼りになりそうな人だなとオルエスは感じた。


「そういえばミーナ、お前の知り合いがちょうど来ていたぞ。」

マスターが思い出したように言う。

「ちょっと、それを先に言いなさいよ」

ミーナが軽くマスターに軽く肘鉄をくらわす。

「すまん、すまん。ミーナが男を連れてきたからつい忘れてしまっていたよ」

「もう、ひどい言い草ね」

そんな会話をマスターとミーナが繰り広げなら目的のテーブルに向かう。


マスターに案内された先には4人掛けの丸テーブルがあり、一人の白髪交じりの男性と酒場に似つかわしくない可憐な女の子が座っていた。


「おうミーナじゃないか。こんなところで出会うなんて奇遇だな」

「それはこちらのセリフよ、ガイゼン。お久しぶりね。そこの女の子は?」

「この子はメルシア。今仕えているルーシア卿の娘さんだ。ちなみに隣にいる少年は?」

ガイゼンと呼ばれた男はオルエスの方を見る。

「この子はオルエス。旅の途中で拾ったのよ。色々と訳ありでね。それは後で話すわ!

それより」そこまで言うとミーナはマスターの方に振り返り

「マスター。エールビールを一つ頂戴。あと水も一杯ちょうだい。」

と注文をする。

「はいよ」

それだけ言うとマスターは厨房に姿を消す。

「紹介がまだだったわね、オルエス。彼はガイゼンと言って私の古くからの知り合いなの。一緒に遺跡を冒険したり凶悪な魔物を倒したこともあったわ。だから信用して大丈夫よ」

ミーナの紹介が終わると

「ガイゼンだ。オルエス君といったな、よろしくな。ミーナとは長い付き合いで話をすると長くなるから今は辞めておくが色々と凄いやつだぞ」

ガイゼンは右手をオルエスに差し出す。それに合わせてオルエスも右手を差し出して

二人は握手をする。

「オルエスです。先日、村が帝国に襲撃されてレミアを助けようと一緒に逃げ出したんですけど、崖から落とされて川に流されたところをミーナさんに助けられました」

と説明をする。


ガイゼンは真剣な表情で話を聞き、やがて口を開いた。

「なるほど、レミアという幼馴染を助けたいと。オルエス君、気持ちは分かった。厳しいことを言うが、残念なことに今まで魔女として帝国にさらわれて戻ってきたという話を俺は聞いたことがない。また帝国は最強の軍事力を持つだけでなく、情け容赦なく蹂躙する。それはオルエス君も分かるだろう。だから正直に言うと幼馴染の少女を助けようとするのは諦めた方がいい。君が死ぬことになるよ」


ガイゼンの言葉にオルエスは反論する。

「分かってます。分かってますよ!それでも、俺はレミアを助けたいんです!」

オルエスは語気を強める

「だ、そうだ。ところでミーナ、君はどう思う?」


「まったく、思春期の男の子って感じね。どのみち今のところ当てがないから情報を集めるしかないわね。ねえ、ガイゼン。ここにいるっているってことは何か困ったことがあるんでしょ。一緒に問題解決してあげてもいいわよ。」

ミーナが身を乗り出してガイゼンに話を持ち掛ける。


「全く相変わらず唐突なやつだなミーナは。ならミーナとオルエス君、君たちには俺たちの問題を手伝ってもらおう。メルシアもそれでよいか?」

今まで物置のように黙っていたメルシアにガイゼンが声をかける。


「は、はい。特に問題はないです。よろしくお願いいたします」

メルシアは見た目だけでなく声もかわいらしい。そんなメルシアが抱えている問題についてぽつぽつと話し始めた。


「あれは半年ほど前のことでした。帝国の騎士団がルーシア邸に魔法について探しているものがあるから敷地の森に入れてほしいと来たんです。特に問題がないと思った私たちは帝国の調査に協力しました。」


オルエスは水を飲みながら、緊張した表情で話すメルシアを見つめていた。ミーナはエールビールのおかわりを頼んでいる。


「帝国兵が帰ったときは何事もなかったのですが、それから数日して森の様子がおかしくなったのです。」


そこまで話すとメルシアは目の前にある皿の焼き鳥を口に運んだ。そして代わるようにガイゼンが続きを話す。


「おかしくなったといっても晴れなのに森だけ雨を降らせたり、木の枝を使って服を引っ張ったりといった悪戯程度のものだから、ほっといてもあまり実害はないんだが、帝国が何をしたらそうなったのかは気になって情報を集めていたらマスターがお前さんたちを引き合わさせてくれたってわけさ」


最初に帝国とのいきさつを話したきり黙っていたオルエスが立ち上がって

「その調査、俺たちにも手伝わさせてください。今は帝国に関する情報を一つでも集めたいんです」

それを聞いてミーナは呆気に取られてポカーンとする。

「オルエス、あんた人の話聞いてないでしょ。ガイゼンの問題を協力するって私、最初にいったんだけど」

ミーナはちょっとムッとする。


「す、すみません。」


そのやり取りを聞いてガイゼンが大声で笑い声をあげる。

「まあいい。そうと決まったら明日ルーシア邸に戻ろう、今日はもう遅い。ミーナもオルエス君も宿で休むといい」


「そういえば、今日の宿をまだ決めていなかったわ」

ミーナが思い出したように言う。

「あ~あ、また野宿かなぁ」

ミーナががっくりと肩を落とす。

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