第5話~ルーシア邸に向かう~

翌朝、辻馬車乗り場から一行はルーシア邸近くの停車駅に向かって出発した。馬車の窓から見る景色は草が風でなびき、色とりどりの花が広がっている。美しい風景だった。


「まったく、代わり映えのない景色ね。飽きたわ」


ミーナがそう言うのも無理はない。美しい風景も最初のころだけだ。

ガタゴトと揺れる馬車から見える景色はそう変わりはないのだ。なだらかな平地が続き、遠くの方には山々が連なっている。小川を超えるために時々橋を渡るが、その後は再び同じような平地が続いている。ミーナが飽きるのも無理はない。


「そうそう、オルエス君。君は帝国についてどれくらい知っているかな?」

「そう言われてみると帝国について、ほとんど知りません。魔女探しについてや、残酷な連中ということは耳にしていましたが、ついこないだまでは半分信じていませんでした」

とオルエスが答える。


「じゃあ、目的地に着くまでの間に我々の国、パルスター帝国について軽く講義をしよう」


ガイゼンはそう言うと帝国について話し始めた。

パルスター帝国が建国されたのはおよそ100年前。このレムリア大陸の一小国に過ぎない帝国だった。転機が訪れたのは30年前、アルミア遺跡の発見だった。調査の結果、この遺跡から発見された遺構・遺物から自分たちの理とは違う原理で動く代物であることが分かったのである。そしてこれを帝国は魔法と呼ぶことにした。ここまではオルエスでも学校で習ったことだから知っている。

その魔法を使った力を武器にパルスター帝国は次々と周辺諸国を滅ぼして現在ではレムリア大陸の75%を支配する超大国である事も有名である。

退屈そうに聞いているオルエスを見て


「さすがにこれくらいは知っているか。では現在の皇帝について知っているかな?」


ガイゼンの質問にオルエスは首を横に振る。話はそうして現在の皇帝

ドンメルと皇后であるクレアに移った。ガイゼンによると魔女探しが苛烈化したのはドンメル皇帝になってかららしい。それまでも魔女探しはあったが国の発展に必須の存在だったため丁重に扱われ親族にも多大な謝礼金が支払われていた。しかし皇帝がドンメルに代わってから魔女に対する扱いが正反対となる。


「クレアのせいよ、間違いないわ。あのドンメルって男、頭が悪そうだからクレアにいいように使われているのよ」


ミーナが口をはさむ。ガイゼンに代わってミーナが説明を始める。


「あのドンメルって男の父親、要するに前皇帝ね。彼は表向き事故死したことになっているけどクレアにそそのかされたドンメルが殺したって噂よ」

「そういう噂は俺も聞いたことがあるな。そうはいっても証拠もないけどな」


ガイゼンが水筒の水を一口飲んでから話す。しばらくは静かに馬車は進んでいたが突然急停止した。オルエスが窓の外を見ると馬車の周りには人相の悪い男たちが複数人が取り囲んでいた。野盗だなとオルエスは即座に理解した。町から離れた場所では自警団や騎士団の目が届かないため、こういう輩が人々を襲い金品を強奪していく。


「おいおい、見てみろよ。かなりの上玉がいるじゃねえか」

「本当だ。片方は顔も体も抜群じゃねえか。もう片方は体は残念だが顔は素晴らしい。市場に売りさばいたら大儲けできるぜ、こりゃあ神様に足元向けて眠れねえな」


男たちは下品に笑いながらミーナとメルシアを品定めする。


「な~んだ、野盗か。ねえオルエス、これ渡すから馬車の中でメルシアちゃん守って頂戴。わたしとガイゼンはちょっと野盗さんとお話してくるわ」


そう言って短刀をオルエスに渡し、ミーナは馬車から降りる。ほぼ同じタイミングでガイゼンも馬車から降りる。メルシアは震えていて今にも泣きそうである。

オルエスはメルシアに


「大丈夫。俺がメルシアを守るから」


と言って、メルシアを抱き寄せる。


「おいおい、女自ら降りてきたぞ」

「やっべ~、超美人じゃん。売り飛ばす前に一度味見してみてえ」


馬車から降りたミーナを見た野盗たちはそれぞれ品のない感想を口々に言う。


「本当、あんたたちってセンスないわね。もうちょっと、なんていうの。上品な言い回しってできないわけ?」


野盗にあきれ顔でミーナは文句を言う。


「いいね、いいねえ、その強気な態度。俺好きなんだよなあ、そういう女の強気な態度が段々と崩れて最後に泣き喚いて命乞いするあの顔。そして断末魔の悲鳴。あんたみたいな女、本当にそそるわ。」


野盗の一人はニタニタと笑いながらミーナを嘗め回すかのように見る。


「知性のないお方でよかったわ。何のためらいもなく殺れるわね」

ミーナは剣を鞘から引き抜いて野盗と対峙し挑発をする。そして一言


「良かったわね。最期に見る女がこんな美人で」


一閃。

ミーナの鋭い薙ぎ払いが野盗の1人を打ち倒す。一瞬で倒された仲間を見た残りの野盗たちが後ずさりをはじめる。

しかしミーナは容赦なく前に詰め、野盗の一人を袈裟切り。返す刀で下から上に斬り上げる。その一瞬でミーナは野盗の二人を倒してしまった。オルエスはメルシアの目を両手で覆いながらもミーナの圧倒的な剣捌きに目を奪われた。敵わないと悟った野盗は武器を放り投げてその場から逃げ出してしまった。馬車の反対側で野盗と対峙しているのはガイゼン。


こちらの野盗もミーナを挑発した先ほどの野盗と同様にガイゼンを挑発する。


「白髪のじじいがなに美女侍らしてんだよ!じじいはじじいらしく、そこら辺の婆さんとよろしくやっているのがお似合いなんだよ」

「汚いのは顔だけかと思ったら口も汚いとは。本当に救いようがない奴らだな。今すぐ引き返せば命だけは助けてやる。とっとと消えちまいな」


ガイゼンは野盗の凄味にも全くひるまない。


「命だけは助けてやるってよ、この爺さん。せいぜいあの世から俺たちがあの女と仲良くしているのを指くわえて見てるんだな」


その挑発を聞いたほかの野盗が一斉に大笑いする。


「そうそう、女もしょぼくれたじじいよりも俺たち若い男の方が満足するってもんだ。むしろ感謝して欲しいくらいだぜ」


またもや野盗たちが笑い出す。

黙って聞いていたガイゼンが鞘から剣を抜く。


「お、じじいが剣を抜いたぞ。やだねえ年寄りは。老い先だけでなく気も短い。せっかく俺たちが・・・・」

「次に老い先短いじじいよりも先にあの世に行きたいのは誰かな?」


野盗がしゃべっている途中でガイゼンは問答無用で切り捨てる。


「なんだ、このくそじじい。調子に乗りやがって。さっさとぶっ殺しちまうぞ」


野盗が一斉にガイゼンに襲い掛かる。ガイゼンは落ち着き払って倒すべき相手を順番に見定め確実に倒していった。ガイゼンの目の前にいるのはたった一人の野盗。


「うそだろ・・。あの一瞬で、全滅だと。何ものなんだじいさん」


野盗が一瞬で切り捨てられた仲間の死体を呆然と見つめる。生き残った野党は脱兎のごとく逃げ出した。戦いを見ていたオルエスは自分との圧倒的な実力差をまたもや目の当たりにした。そして目標ができた。あの二人のように強くなりたい。幸いメルシアは野盗の死屍累々を見ずに済んだ。何事もなかったかのように馬車はまた進む。馬にとっては休憩になったせいか心なしか速度が速くなったように感じる。日没の光が赤々と馬車を照らすころ、一行の行き先にまたもや立ちふさがる者たちが現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る