第4話~宿でのひと時~

「ねえ、ガイゼン。宿はどうしているの。もしかしてメルシアちゃんと別にとっていたりする?」

ミーナがふと思いついたように言いながら、テーブルから乗り出してガイゼンに尋ねた。


「さすがにレディと一緒に泊まるわけにはいかないからね。」

ガイゼンが苦笑しながら答えた。


「じゃあ、私はメルシアちゃんと同じ部屋でオルエスはガイゼンの部屋でどう?」

ミーナの提案にオルエスが少し戸惑った様子で口を開く。


「ミーナさん。先に宿に空きがあるかを確認してからじゃダメなんですか?」


「駄目よ、オルエス。そこまでのお金がないわ。エール代はもちろんあるけど。」

とミーナはピシャリという。

「じゃあ、ミーナさん。どうするつもりだったんですか?」


その言葉を聞いたミーナは両手を腰に当てて

「なるようになるわ!いい、オルエス。ミーナお姉さんについていけば悪いようにはならないわ。だってそうでしょ。私と出会ったから君は今生きているし、泊まる場所も見つかったのよ!」

そう言ってミーナはオルエスを力強くぎゅーと抱きしめる。


ミーナさんって結構とんでもない人なのかもしれないとオルエスは思った。いや、とんでもないからこそミネルヴァポーションをポンと使ってくれたのであろう。昨日会ったばっかりで最初は愛想のよくない人かと思ったけどきっとこっちが素のミーナさん何だろうとオルエスは思った。


「メルシア、すまないがミーナと一緒に泊まってくれないか。あいつはその辺で雑魚寝煮させておけばいいから」

「あ、はい。分かりましたわ」

4人はしばし談笑した後、ルーアの酒場を出て宿に向かった。


宿の部屋は簡素なベッドが一つとクローゼットが一つある質素な作りの部屋だった。ランプから香る獣臭さはメルシアは正直言って苦手だった。それでも野宿と違い、魔物や夜盗に襲われる心配がないのは非常にありがたい施設であった。


「あ~あ、食べた、飲んだ。生き返るわ」

そう言ってミーナは豪快に床に大の字になって寝転がる。


「あ、あのう。ミーナさん。いいんですか、本当に雑魚寝で」


メルシアが申し訳なさそうに言うとミーナはむくりと起き上がり

「いいのよ、野宿で慣れっこだから。それよりメルシアちゃんだっけ。」

ミーナは酔っ払い特有の赤い顔をしてメルシアにグイッと近づき、彼女の頬に手をあてる。


そしてメルシアのことをじっと見つめるとニヤッと笑い何かを感じ取る。

「な~んか、メルシアちゃんって。どこまでも可愛いんだけど違うのよね。女の子じゃないみたい」

それを聞いたメルシアが一瞬ピクッと肩を動かし、さっとミーナから目をそらす。そんなメルシアの動きを見ないふりをして

「まあ、可愛いからいいか。おやすみ」

ミーナはそういうとメルシアの頬にキスをしてそのまま寝てしまう。


メルシアはミーナの大胆な行動に戸惑いつつ、キスをされた頬に手を当てる。感情が遅れてやってくる。心臓の鼓動が早くなり顔がみるみる紅潮していく。

そんな表情をミーナに気が付かれないように、ランプの明かりを消してメルシアはベッドにもぐりこむ。


一方、ガイゼンとオルエスの部屋。

部屋の作りはミーナたちの部屋と変わらない。


「初対面で相部屋にさせるなんて滅茶苦茶だろ、ミーナって」

ガイゼンは笑いながらオルエスに話しかける。

「そうですね。初めは綺麗でなんて天使な人だと思いました。そして口数が少ない人なのかなと思いましたが今のミーナさんが素の彼女なんですね。ところでガイゼンさんはミーナさんと付き合いが長いみたいですが何時からお知り合いなのですか?」


オルエスの質問にガイゼンはちょっと黙った後思い出したかのように答える。

「最初の出会いは、あれだ。ブラックキメラの討伐の時だ。だから10年位前かな」

「ブラックキメラってあのレッドランクの魔物ですよね?」


一般的に魔物は名前がないものとネームドと呼ばれる名前が付けられている魔物が存在する。ネームドは危険度が高い順にブラック、レッド、オレンジ、イエロー、グリーンとランク付けされている。レッドランクの魔物は一般的に軍隊が対処するレベルの魔物である。

「ブラックキメラが現れた場所はパルスター帝国とハーミル王国の境目で軍隊も出しずらいこともあって討伐体が組まれたんだ。その中の一人がミーナだ」


ガイゼンはブラックキメラ討伐の話をはじめる。

「ブラックキメラは2つの口から火炎、毒ガスを吐き、おまけに空も飛べる奴でな。それだけじゃなく下っ端の魔物を統率する能力も優れていた。近づくことさえ困難な奴で下っ端を倒したころには討伐体で生き残っていたのは俺とミーナだけだった。俺とミーナの攻撃でだいぶ弱ってきた奴は空に逃げようとしたんだがミーナが無理やり飛び乗ってな。そのまま奴の首元を切り落としたんだ。」


「ミーナさん、無茶やりますね」

「だろう、最後は奴の死体もろとも落下したが、奴の死体をクッションにして何とか無事だったがな」

「す、すごいな。」

オルエスはそう言うのが精一杯だった。


「ブラックキメラ討伐後に死体回収班が来たが、ブラックキメラで血まみれのミーナを見て何人かぶっ倒れたのは傑作だったな」

ガイゼンはその時の様子を懐かしそうに笑う。

「まあ、とにかくだ。ミーナは無茶苦茶で無鉄砲なところはあるが俺が安心して背中を任せられる数少ない戦友だ。」


しばらくガイゼンはブラックキメラとの戦闘以外についてもミーナとの話をオルエスにした。そして時計の針が夜の11時を回ったころ

「まあ、今日はこのくらいにしておこうか。明日は早いぞ。」

そう言ってガイゼンはオルエスとの話を終わりにし、ランプの灯を消した。

ガイゼンはオルエスにベッドを勧めたが無理やり押しかけている以上、悪いと思いオルエスはガイゼンの好意を断り床で雑魚寝をした。


草木も眠るほど夜が深まったころミーナはふと目を覚ます。彼女は酔い覚ましに夜風に当たろうと宿の外に出ると近くにあるベンチには先客がいる。ガイゼンだ。


「あらあなたも夜風に当たりに来たの?横いいかしら、いいわよね」

ガイゼンの隣にミーナは座ると両手を大きく伸ばす。


「お酒を飲んだ後の酔い覚ましの夜風って最高だわ。このひんやりとした感触はこの季節にしか味わえないわよね。ねえガイゼン、もしかして寝付けないの?」

ミーナはガイゼンにぐっと近づき腕を絡む。


「相変わらずの距離感だな。ミーナといると他の女性との距離感が分からなくなる。あの少年の行く末を考えていてな。少々気分転換してみたくなったんだ」

経験豊富なガイゼンでもオルエスのような苦境を経験したことがない。それをまだ18歳のオルエスが経験するには荷が勝ちすぎているのではないかと思った。


「そうね。これまでの帝国のやり方から考えるとオルエスの村はもう無くなっているでしょうね。おそらく村人たちも口封じのため全員殺されているでしょうね。だからあの子は村の様子を見に行こうとはしなかったのよね」


ミーナが大きくため息をつく。あたりは夜風で木の葉がささやく音だけが響く。

「ガイゼン、もう寝ましょう。明日早いんだから。」


そう言ってミーナはガイゼンの頬にキスをするとメルシアが寝ている宿に向かう。

考えても答えが出ないと思ったガイゼンも自分の部屋に向かった。

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