第2章~生きていたオルエス~

パチパチという音がしてオルエスが目を覚ました。近くには焚火で暖を取る女性がいた。


「おや、お目覚めかい少年」


薄暗い部屋の中、女性の繊細な横顔がほんのりと浮かび上がっていた。その微かな光の中でも、オルエスは彼女の美しさを一瞬で捉えることができた。オルエスは起きようとしたが体中が痛みで動かない。反射的に胸元に手を当てると、鍵状のチャームが無事なことを確認し、少し安堵した。これは、ウライン村の近くのレーソト海岸で拾われた時から身に着けていた飾りで、オルエスにとって両親との唯一の絆だ。贈り主が両親であるかはわからないが、そう信じている。


「川で体を洗っていたら人間が流れて来たんだからびっくりしたわ。川遊びでもしておぼれたのかい?」

オルエスは横たわったまま、村で起きたことをその女性に話した。帝国が突然現れて魔女を探しに来たこと。幼馴染が魔女だと村長が言い出したこと。村に火をつけられたこと。幼馴染を連れ出したが助けられなかったこと。

「それは…本当に気の毒な話ね」


沈黙がしばらく続いたが、やがて女性が口を開いた。

「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね。私の名前はミーナよ。ちょいとばかし帝国とは訳ありでね、そこはあんたと一緒ね。あんたの名前は?」

「オルエスです。」

「オルエスか、いい名前ね。オルエス、ところであんたはこれからどうするの?」


満身創痍の状態のオルエスにミーナの質問を答えるほどの余裕を持ち合わせていなかった。答えに窮しているオルエスをミーナはじっと見つめている。ミーナもオルエスがすぐに答えられるとは思っていなかった。ただ身寄りがなくした彼をこのままほっとくわけにもいかないので聞いてみたのだ。

「いきなりそんなこと聞かれても無理よね?ごめんごめん、今日はもう遅いわ。続きはまた明日にしよう。おやすみ、オルエス」

ミーナは寝袋にくるまってさっさと眠ってしまった。


オルエスは村がどうなっているかを考えずにはいられなかった。あれだけの火がつけられたのだから、きっと村は焼き払われてしまったのだろう。父さんや母さんが無事であってほしいと願いながらも、彼の心は重かった。

それにしても俺はどうしたいか、か。村で今生き残っているのはきっとレミアだけだ。だからレミアを助けないと。そうしないとあいつはまた一人ぼっちになっちまう。それにはまず怪我を治すことだな。


「おーい、オルエス。朝よ!さっさと起きなさい!」

ミーナがオルエスを叩き起こす。けが人に容赦ない人だなとオルエスは少しむっとした。しかし彼が思っていた以上に回復していて何事もなく起き上がれた。

「さすがミネルヴァポーションね。効き目も抜群だわ。ブラックキメラを倒したときにお礼でもらったけど使用期限が危なかったのよね。使う機会があってよかったわ」

ミネルヴァポーションという名を聞いてオルエスは驚きを隠せなかった。ミネルヴァポーションといえば、非常に貴重な回復薬として有名で市場にほとんど出回っていない伝説級のアイテムだ。それを持っているなんて、しかも俺みたいなただの村人に使うなんてミーナさんは何者なんだ。


「なに、ぼさっとしてんのよ。さっさと朝ご飯を食べなさい、冷めちゃうわよ」

大きな葉の上に焼き魚が一匹乗っかっている。昨日の昼から何も食べてないオルエスはあっという間に平らげてしまう。

「食欲があるようで何よりだわ、ひとまずは安心ね。私はちょいと情報を集めにここから少し先にあるトルスの町に行くけどあんたも行くでしょ?」


川沿いを進むミーナとオルエス。決してフレンドリーというわけではないが貴重な回復薬を惜しげもなく使うことから根はやさしい人なんだろう。無言が続くがふとミーナは足を止める。

「そういえばオルエス、昨日幼馴染を助けたいって言っていたわよね。気持ちは分からなくもないけれど、帝国から彼女を取り戻すには力が必要よ。だからさ一度私と模擬戦しない?」


ミーナの提案にオルエスは驚いた。

「私こう見えても結構長く生きていてね、オルエスみたいな人も見てきている。途中で諦めるならまだしも、命を落としている人も多くいるの。」

ミーナは腕を組んで少し考えると

「なんていうの、私の目が届く人は死なせたくないわけ。そのためにオルエスの今の実力を見ておきたいのよ」

ミーナはそう言うと木刀を一振り取り出しオルエスに渡す。


村ではいつも剣を振っていたし近くの魔物もよく倒していたのでオルエスは多少の剣の覚えはある。しかしこの人は昨日の質問といい何の前触れもない人だなと思った。


二人は剣を構え、対峙する。ミーナさんには助けられた恩があるが、勝たせてもらおう。

気合十分に一気にミーナに向かって踏み込む、そして木刀を上から振り下ろす。

けれどこれはフェイントだ、すぐに下から上に木刀を返しミーナの胴を狙う・・あれ?


ミーナの木刀が横から入り、バランスを崩されよろけたところを

「コツン」

とミーナは木刀を俺の後頭部に軽くあてた。

「まず、一本ね。早く構えなおしなさい」

オルエスの袈裟切りをさらっと受け流すミーナ、突きと見せかけてからの左胴打ち、これもミーナは軽くいなしてオルエスの右肩に寸止め。オルエスの攻撃を涼しい顔でミーナは捌いていく。


「まだ続ける?」

「もちろん!」


オルエスは剣を構えなおす。剣の腕は間違いなくオルエスより上である。並の方法では勝てない。剣を構えているミーナをよく観察するが隙が見当たらない。オルエスは踏み込むとミーナに回し蹴りをして彼女のバランスを崩そうとする。


「動きが大きすぎよ!」


ミーナはそう言いながら後退してオルエスの蹴りを躱し彼が立ち上がったところに回し蹴りを入れ、剣を弾き飛ばし仰向けになったところに膝蹴りを決める。


「どうする?」

「参り、ました」


オルエスは悔しさを滲ませて降参を告げた。

「筋は悪くないけどまだまだね。今の腕じゃあんたの幼馴染を救うことはできないわ。それどころか八つ裂きにされるのがオチよ。幼馴染を助けたいのなら、まずは強くなることね」

そう言ってミーナはオルエスの肩をポンと叩く。帝国兵に勝てず、ミーナには歯が立たない。そんな厳しい現実を突きつけられたオルエスは唇をきゅっと噛む。


「さ、行きましょう。もう少しでトルスの町につくわ。そこにある酒場は色々と情報が集まってきてね、帝国の今の状況もわかるかと思うわ」


しばらく歩くと遠くから賑やかなざわめきが聞こえてくる。ミーナが

「ほら、町が見えてきたわ」

と指さす。彼女の指の先には、煙突や多くの建物が並んでいるのが見えた。

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