第10話~北の森の戦闘

北の森は鳥のさえずりが響き、木漏れ日が差し込み、穏やかな森だった。オルエスは、こんな穏やかな森がどうして危険なのか、初めはまったく理解できなかった。しかし、その感想が間違いだったことにすぐに気づかされることになる。


突然、ヒュン!


オルエスの頭上を何かが空を切り裂く音がした。振り返ると、すぐ近くの木がうねうねと枝を動かしているのが目に入った。枝はまるで生き物のようにしなやかに振り回され、鞭のようにオルエスたちに襲いかかってくる。


風を切る音が再び響き、オルエスは身をかがめて避ける。心臓は早鐘を打ち、

汗が額を伝った。


「何だ、この木は…!」


オルエスは必死に状況を把握しようとするが、次々と襲いかかる枝の猛攻に圧倒される。森の静寂が一転し、緊張と恐怖が支配する戦場と化していた。


「散って!」


ミーナの声とともに一斉にオルエスたちはそれぞれ違う方向に駆け出す。

複数の枝が器用にオルエスたちを狙って攻撃してくる。

剣の鞘で枝の攻撃をいなしながら後ずさりして何とか木の攻撃から難を逃れる。


「まったく、木が攻撃してくるとはどうなってんだ?」とオルエスはつぶやく。


オルエスが驚いている間、彼らの目の前にニンジンがいる。

先っちょが二つに割れて、足になっている。


「なんか、ニンジンがいるわよ。とっ捕まえてシチューの具にしてやるわ」


メルシアは目の前のニンジンに意気揚々と掴みかかるが、ニンジンはひょいっとかわし、短い足で彼女の頭に蹴りを入れた。予想外の攻撃にメルシアは頭を押さえ、がら空きになった胴にニンジンは渾身の体当たりをかます。


一撃を受けたメルシアは、胃が反逆するような感覚に襲われ、冷や汗をかきながら顔を歪めた。必死に衝動を抑えようとするも、耐えきれずに吐き気がこみ上げる。


「あ、朝ごはんが台無しだわ」


そうつぶやくと、メルシアは地面にうつぶせに倒れこんだ。ニンジンは勝ち誇ったように彼女の背中に飛び乗り、得意げな態度を見せた。


「ニンジンに負けるなんて、私の人生最大の不覚」とメルシアはぼやく。


オルエスは鞘から剣を抜き、ニンジンに向けて構える。しかし、にんじんはさっと

後退し、森の中に消えていった。


「逃げ足早いな」


あっという間の出来事にオルエスは呆然と立ち尽くした。

オルエスは倒れているメルシアを起こし肩を貸す。


「オルエス、ありがとう」


メルシアは息がまだ荒くダメージを負った腹部を抑え、オルエスに支えられて何とか立っている状態である。一行はメルシアのペースに合わせゆっくりと森の中を進んで行く。

突如、森の中が開けた場所に出ると周りにはきれいな色とりどりの花が咲き誇っていた。


「おかしい、この森に開けた場所などなかったぞ。何かの罠かもしれない、気をつけろ!」


ガイゼンが普段と違う森の景色に不信感を示す。


「ふ~ん、安っぽい罠ね。どうせ落とし穴とか上から何か落としてくるとかそんな類かしら」


ミーナはフンと鼻で笑い飛ばす。とはいっても何とかしなければ次に進むことができない。強行するにしてもメルシアはダメージが大きすぎて素早く動けない。


「ねえ、オルエス。メルシアちゃんをこちらに頂戴」


何かを思案したかのようにミーナはオルエスにメルシアをこちらに渡すように頼む。ミーナはメルシアをお姫様抱っこする。


「さてと、ガイゼンは私に襲い掛かってくる罠を何とかして。足元の罠は自分で何とかするわ。そして、オルエス。あなたは自分で頑張って。じゃあ、強行するわよ!」


ミーナの合図でガイゼンとオルエスは一気に駆け抜けた。広場の真ん中あたりまで来ると、地面から突如木の根が現れ、ミーナたちに絡みつこうとする。ガイゼンが素早く前に出て、根をあっという間に切り捨てた。広場の周囲の木々がうねうねと枝を動かし始め、あたりがざわつく。


一本の木がかぼちゃのような木の実を作り、それを別の木の枝が受け取り、一行に向かって投げつけてきた。オルエスは飛んできた木の実をひらりとかわし、前に進む。しかし、木の実の投擲はこれだけではなかった。複数の木が木の実を作り、他の木がそれを次々と投げつけ、オルエスたちは弾幕のような攻撃に晒された


「仕方がない。メルシアにはまだ秘密にしておこうと思っていたけど、使うとするか。皆、俺の周囲に集まれ」


ガイゼンに言われオルエスたちはガイゼンの周囲に集まる。


「アークウォール!」


ガイゼンが唱えると半円形状のドーム型のバリアが展開され、木の実の弾幕を弾く。


「これが魔法よ、オルエス、メルシアちゃん。驚くのは後!突っ切るのが先!」


ガイゼンのバリアで一行は安全に罠の広場を駆け抜けた。広場を抜け森を歩くとやがて小さな泉が見えた。


「この泉はよくカインと行ったことがあるわ」


そう言いながらメルシアはミーナから降りる。


「じゃあ、ここは安全ってことね」


う~んとミーナは両腕を垂直に伸ばしリラックスをする。


「それにしても魔法って本当にあったんですね」

「本当だわ、ガイゼンどうして教えてくれなかったのよ!」


オルエスとメルシアが魔法に驚きを見せたとともにガイゼンに詰め寄る。

詰め寄られたガイゼンは白髪交じりのバツが悪そうに書きながら


「すまんすまん、魔法が使えるのがばれると帝国に目をつけられるだろ。そうすると

ルーシア卿にも迷惑がかかると思って言い出せなくってよ」


魔法が使えるものは帝国に連れて行かれて、さらに故郷まで破壊されるのが現実の社会でガイゼンが話さなかったのは当然のことだった。


「そうよね、ごめんなさい、ガイゼン。魔法が使えるのがばれたら帝国にしょっ引かれるだけよね」

「いやいや、謝ることはないメルシア。初めて魔法を見たのであれば当然の反応だ。それに帝国の騎士団ごときに後れを取る俺じゃない。しょっ引かれるどころか全員切り捨ててくれる」


ガイゼンはメルシアの頭をわしゃわしゃとなでる。


「もう、何するのよガイゼン。髪が乱れるじゃない」


ガイゼンとメルシアのやり取りは少し年の離れた親子のように見え、この奇怪な森の中で少しだけ穏やかな時間が流れていった。


「まったく、何のんびり遊んでるのよ、昼ごはんにするわよ。ほら、オルエス。クロスの端っこ持って」


リュックサックからクロスを取り出し地面に敷いているミーナがぶつくさ言いながら休憩の準備をしている。


「すまんすまん、ミーナに任せっきりになってしまったな」


ガイゼンはバツが悪そうにしている。ミーナが敷いたクロスにはシンボルが描かれている独特なものであった。


「ミーナさんってロクスコ教徒だったんですね?」


メルシアがクロスをまじまじと見ている。独特な模様はロクスコ教のエンブレムであった。


「まあねぇ、形だけの信者よ。旅をしていると何かとあるもんでね、こういう組織には所属しておいた方が何かとお得なのよ。処世術ってやつ。さあお昼にしましょう」


木製の容器を開けると中にはパンに肉を挟んだもの、他にもリンゴやチーズが入っていた。


「あんたたちがぐ~すか寝ている間に準備したんだから感謝しなさいよ」


ミーナは肉を挟んだパンを食べ始める。続いて一行も食事をとり始める。


「そういえば、オルエス。前々から聞きたかったんだけど、レミアちゃんってどんな子なの?好きだったの?」


メルシアがオルエスの脇腹を肘うちする。


「レミアも俺もウライン村の出身じゃない。ある日、村の漁師が近くのレーソト海岸で倒れていたレミアを見つけ、保護したんだ。レミアは自分の名前以外何も覚えていなくて、村の人が彼女を養子にした。年が2つしか違わなかった俺は、すぐにレミアと仲良くなった。小さい頃は一緒に釣りに行ったり駆けっこしたりしていたよ。」


オルエスが懐かしそうにレミアとの思い出話をしていく。


「そうそう、そういえばレミアは時々変わったこと言っていたな。森の中に入るとこーんな小さなお人形みたいな人がいるとかなんとか」


オルエスは両手でレミアが言っていたお人形の大きさを示す。

ミーナは腕を組みながら


「オルエス、きっとそれは精霊よ。大きさ的にはミーンス族ね。その精霊についてレミアって子は他に何か言っていなかった?」


「うん、言っていた。なんか蝶のような羽が生えていて赤いワンピースを着ているかわいい女の子だって」


「特徴的にも似ているわね。オルエス、レミアって子は本当に魔法が使えたのかもしれないわ。もしくは非常に高い素質を持っている可能性が高いわ。だって精霊なんて普通の人間はもちろん、並の魔力じゃ精霊を感知することはできないもの」


ミーナはレミアは強力な魔力を持っている少女だと確信してオルエスに話した。


「オルエス、レミアには強い魔力が秘められている可能性が高い。ヒューマン族で精霊を感知できるなんて非常に貴重だからね。もし帝国が彼女の能力に気付いたら、厳重な警備がされるだろう。だからもう一度聞くわ。あなたはレミアを助けたい?」


ミーナの真剣な瞳にオルエスは


「ミーナさん、俺はレミアを助けたいです。お願いします、力を貸してください」


オルエスはミーナに深々と頭を下げる。


「決意は変わらないのね、想像を超える苦難になるわよ。ああそうそう、私はヒューマン族じゃないからね。あと滅茶苦茶に魔力高いから精霊を感知できわよ。」

さらりとミーナが自身について語りサムズアップしてにかっと笑う。


北の森の精霊との邂逅が近づいてくる。

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