第12話~再びルーシア邸~

一行がルーシア邸に戻るまでそれほど時間がかからなかった。あたりは陽が落ちかけていた。

「まったく、結局あのにんじんはどこに行ったのかしら?今度会ったら絶対とっちめてシチューの具にしてやるわ」


メルシアはにんじんの精霊?に後れを取ったことを気にしているようである。


「そういえば、ミーナさん。ガイゼンさんと何の話をしていたんですか?」


オルエスの疑問に

「そうね、今後どうするか、どこに行くかについて軽く話しをしていたのよ。具体的なことはルーシア邸で落ち着いてからにしましょう」


そうこう話している間にルーシア邸に戻ってきた。


「ただいま戻りました、ルーシア卿」


「おお、ガイゼン殿。それにメルシア、ミーナ様とオルエス君も無事でよかった。それで森の様子はどうだね、ガイゼン殿?」


「はっ、ルーシア卿。森の奥にいる精霊の力を抑えましたので問題はないかと存じます。」


「さすがはガイゼン殿。この度は本当に感謝する。」


そういってルーシア卿は深々とお辞儀をする。


「それにしても皆さん、泥だらけではないですか。風呂を用意させますのでまずはさっぱりしてくださいませ」


ルーシア卿がメイドたちに風呂の準備をするように命じた。しばらくするとメイドから準備ができたと知らされたのでオルエスたちはそれぞれ風呂に向かった。


「やっとさっぱりできるわ、やっぱりお風呂って素敵よね」


ミーナが大きく伸びをしながら体を洗う。


「本当ですわ。泥だらけになるのはもうコリゴリです。」


ミーナの隣に並んで体をメルシアも洗う。メルシアはミーナの方をちらりと見て自分と比較する。傷一つ付いていないミーナに対してあちこちに擦り傷や痣がある自分の体。ミーナがいなかったら傷だけじゃ済まず命だって落としていたかもしれないと思うと思わず大きなため息をつく。


「メルシアちゃん、どうしたの?」


「私はまだまだ未熟だなと思いまして。正直ミーナさんたちがいなければ死んでいました。」


ミーナはメルシアの頭をポンと叩くと


「あんま思い詰めないの。そんなのは私がフォローするわよ。それにまだまだ教えていないことがたくさんあるから大丈夫よ。じゃあお風呂先に入るわね」


ミーナは立ち上がってお風呂に向かおうとした時、濡れた石畳に思わず足を滑らせて豪快にずっこける。大きな音にメルシアが振り返ると湯煙でぼやけた視界の先には足を滑らせて思いっきりし尻もちをついたミーナだった。


「大丈夫ですか?って翼?」


メルシアが思わず立ち尽くす。そこには背中から白い翼を生やしたミーナが尻もちをついていた。全く予想もしないミーナの姿にメルシアは立ち尽くした。と同時にまるで女神様みたいとメルシアはそう思った。メルシアが立ち尽くしている様子に気が付いたミーナは慌てて白い翼を消失させる。


「はは、見られちゃったか?実は私って人間じゃないのよね。」


バツが悪そうにミーナが苦笑いをする。ミーナはメルシアのもとに向かおうと立ち上がるが秘密がばれた動揺の影響か再び足を滑らせてズッコケてしまう。

メルシアはうつ伏せに転んだミーナを起こす。


「私が何者なのか?何故正体を隠しているのか?気になるわよね。でも今は翼をもったお姉さんぐらいで許してね。とりあえず今は世界平和のために動いているとだけ覚えておいて」


思わぬミーナの告白に唖然として言葉がでないメルシアに対してミーナは笑いながら

「そうそう、このことは二人の秘密ね」とメルシアと指切りをする。


メルシアがミーナと秘密を共有しているときオルエスとガイゼンもお風呂で泥埃を落としていた。服を脱いだガイゼンの体は全身が筋肉の鎧であり全く無駄がない体つきをしていてところどころに癒えない傷跡があった。左肩には特徴的な形をした痣があった。その姿にオルエスはガイゼンという男はどれだけ凄まじい人生を送ってきたのだろうと思った。


「そんなにこの傷が気になるか、オルエス」


オルエスの心の中を透かすようにガイゼンが問いかける。


「俺も雇われ兵として長く生活してたからな。戦場での傷なんて数え上げたらきりがない。この腕の傷はドラゴン討伐時にできた傷だな」


ガイゼンは自分の腕にある傷を当時の状況を思い出しながら語りだす。


「とまあ、色々あったわな。意気投合して酒を酌み交わした奴が次の日にあっさり死んじまったりと。お前さんはそんな経験をするんじゃないぞ。碌なもんじゃないからな」


ガイゼンは自身の人生を振り返り穏やかな声でオルエスに話す。


「ところでオルエス、お前さんがつけているネックレスってあんまり見かけない飾りだがなんか特別な意味でもあるのか?」


オルエスは鍵状の飾りを右手でぎゅっと握りしめながら


「よく分からないです。ウライン村の近くにあるレーソト海岸に拾われたときから既に身に着けていたと村の人に聞いたことがあります。もしかして俺の両親からの贈り物かもしれません。俺は両親について何も知らないのです。ヒントになるのはこのネックレスだけ。」


「何やら複雑な事情がありそうだな。もしかしたら旅の途中で答えが見つかるかもしれんぞ」


「そうだといいですね。俺も自分のルーツを知りたいです」


そう言ってオルエスの目はまっすぐガイゼンを見る。

それを聞くとガイゼンはポンとオルエスの頭をなでる。


「いい目をしてきたな。ルーアの酒場で出会ったときに比べて見違えているぞ」


二人はしばしの間、談笑をしたのち風呂から上がった。オルエスが風呂から上がると食欲をそそる香辛料のいい香りがしてきた。


「オルエス、今日はごちそうだぞ、たくさん食べな」


意気揚々とテーブルにオルエスは向かう。テーブルには多くの食事が並べられていた。鴨のリエット、鶏のフリカッセなど1か月ほどルーシア卿にお世話になっていたが食べたことがないものが並べられていた。


「さあさあ、椅子におかけください。これは私からのささやかなお礼でございます。」


とルーシア卿が恭しく頭を下げる。しばらくするとメルシアとミーナが揃ってやってくる。何となく二人の距離が風呂に入る前より近く傍から見ると仲の良い姉妹みたいである。


「どうしたの、オルエス~、ニヤニヤしちゃって」


メルシアがオルエスをからかって腕を組む。思わぬ不意打ちにオルエスの心臓の鼓動が早くなる。


「顔が真っ赤よ~、さてはメルシアちゃんに惚れたな」


ミーナがわしゃわしゃとオルエスの頭をなでてからかう。祝勝会は賑やかに行われた。ガイゼンが饒舌に話す北の森の出来事をルーシア卿は身を乗り出して非常に興味深く聞いている。お留守番をしていたメルシアの双子の弟のカインはミーナの隣に座ってミーナに一生懸命話している。


「あのね僕、弓の練習を始めたんだ。遠くを見る事には誰にも負けない自信があるからきっとミーナさんの力になれるよ」


お酒の力を借りてもいないのにカインの頬は紅潮している。


「本当、カイン君。じゃあミーナお姉さん頼りにしちゃおうかな~」


ミーナはそう言ってカインの頭をわしゃわしゃとなでる。


「ちょっとミーナさん、カインに何しているんですか?」


メルシアが軽く口をとんがらせてミーナに詰め寄る。


「いいじゃん、いいじゃん。妬かないの。一生懸命な男の子って私は好きよ」


ミーナはメルシアをからかうように言ってカインをぎゅーと抱きしめる。

結果としてミーナの胸元に顔をうずめることになってしまっているカインはミーナから漂ってくる甘い香りと優しい感触に身を寄せると共に、この人を自分のものにしたいという凶暴な感情に葛藤と戦っていた。祝勝会が明けたころガイゼンとミーナは神妙な面持ちになってオルエスとメルシアに向かう。


「私たちはこれからヤマ地区に向かう。オルエスは知っているかは知らないけど、ルナーリーフという麻薬で汚染されたすさんだ地区よ。ここから馬車で二日もあれば到着するわ。私はちょっとクレアと因縁があってね。ヤマ地区が汚染されたのは間違いなくあいつが噛んでいるわ。それをちょいとばっかし蹴り飛ばしてやりたいのよ。あいつが皇后になってから魔女の迫害も始まったしね。オルエスにとっても有益なはずよ。ただメルシアちゃんはどうする?」


ミーナの問いかけにメルシアは


「ここで北の森の恩を返さなければ貴族の名折れですわ。」


その答えを聞いてミーナは


「分かったわ。じゃあ3日後にここを出発するわよ。」


ルーシア邸を過ごす最終日の夜、メルシアはカインのいる部屋を訪れる。


「カイン、まだ起きている?」

「起きているよ、メルシアが来るのは珍しいね」


メルシアはカインの部屋に入ると、カインが寝ているベッドに潜り込んだ。


「明日からヤマ地区に行くと思うとちょっと眠れなくて」


カインと一緒に寝るのなんて何年ぶりだろう。小さいころ以来だから10年ぶりくらいかな。普段は全く頼りがいがないのになんか今日は違う。不安なのかな私。


背中を向けていたカインが寝返りを打ってメルシアの方に顔を向ける。双子というだけあって顔つきは瓜二つだ。


「もしかして、少し怖いの?」


カインがすんだ瞳でメルシアを見つめる。


「かもね。ガイゼンは強いしミーナさんも強い。私も強くなってはいるけれどまだまだよ。それに今度行く土地はパルスター帝国でも特に荒んでいる場所でしょ・・・。あんだけ見え切っといて少し震えるの」


カインは何も言わずメルシアをそっと胸元に抱き寄せる。いつもは強気なメルシアが背中を小刻みに震ませているのを手のひらで感じると少し力強く抱きしめた。

カインの鼓動を聞いているうちにメルシアは少しづつ落ち着きを取り戻していく。


「ありがとうカイン。何か少し落ち着いてきたわ。」


「いいえ、どういたしまして」


メルシアにようやく睡魔がやってきて眠りについた。

ちょうどその頃ガイゼンはルーシア邸の中庭のベンチに腰を掛けて夜空に浮かぶ三日月を眺めていた。そこにミーナが現れてガイゼンの隣に腰を掛ける。


「月がきれいな夜と思って外に出たらガイゼンがいるなんてね。あなたそんなロマンチストだったかしら」


「分かってないな。月と自分の影を友にして味わう独り酒の味の良さが。」


「なら、私も混ぜて頂戴な。私の影と合わせて5人で飲みましょうよ。ちょっとは賑やかになるでしょ」


少しの間、静寂な空気が流れる。


「いよいよ明日出発ね。あなたと私であのひよっこを守れるかしら。強くなってきているけど不安が勝つわ」


オルエスやメルシアの目の前では見せない憂いな表情をミーナはガイゼンに見せる。


「さあな。来るなと言って、はいそうですかという聞く二人じゃない。なるべく戦いが起こらないように立ち回るしかないだろ。あっちには俺の知り合いもいる。裏でこっそりと頑張るさ」


「期待しているわよガイゼン。あ~あ、私の方があなたより年上なのに、あなたの方が年上みたい」


月明かりの下、二人の影が寄り添い静かな時間が流れる。時折、ミーナの艶やかな声が静寂を破る。秘密を知っているのは満月だけだ。


「何だか分からないけれど、あなたが一番落ち着くわ。じゃあね、おやすみ」


ミーナは着崩れたネグリジェを整えると寝室に戻った。しばらくしてガイゼンも寝室に戻った。一方、オルエスは新しい土地に行く緊張感もあったがふと気が抜けたせいかぐっすりと寝入ってしまった。

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ただの村人のオルエスがなんやかんやで冒険していくうちに世界を救い幼馴染の美少女を嫁にするお話 グレンディ @artaiueo

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