抄訳:妖蛆の秘密 2

黒柴おはぎちゃんが今朝も理子ちゃんのお散歩をしているわ。コナちゃんはガンちゃんとショゴスに挟まれて窓際に座って見ていたの。


「おはようコナちゃんガンちゃんショゴスちゃん、おはよう」


「おはよう、おはぎちゃん、ご機嫌いかが?」


ガンちゃんがお返事を返している。ショゴスは「蹴りぐるみ」のフリをしてじっとしているわ。


「幸せだよ。7丁目で魔法陣の準備をしているニンゲンがいたよ」


「それは怖いね、バイアキーにパトロールを依頼しておくよ。ありがとう」


「どういたしまして、それじゃあごきげんよう」


「ごきげんよう」


おはぎちゃんが公園の方へ歩いていく。コナちゃんたちは窓枠から降りたの。まだ朝早いからママはベッドの中にいるわ。


「ガンちゃん、バイアキーってだあれ?」


「宇宙生物だよ。ビヤーキーって呼ばれることもあるんだよ。本部から北欧にいる仲間ネコに連絡してバイアキーを呼んでもらうんだ。優しくてね、すごく速く飛べる翼があって鉤爪も持ってるから強いんだよ。ちょっと大きいからニンゲンに見つからないように昼間は隠れてもらうけど」


「夜だけのパトロールでいいの?」


「うん。呼ばれるとしたら『星から召喚した召使い』つまり『星の精』だからね。お日さまの光に弱いから、朝になったら消えてなくなるよ」


「宇宙から来るのにお日さまに弱いの?」


コナちゃんだって太陽系っていう言葉を知ってるのよ。この前、テレビでお勉強したんだから。


「うん、お日さまの無い遠い星から来るんだ。直接魔法陣で呼び出されるから来ることはできるけどね」


「ショゴスはいい子にできてるわ。その子も良い子にできるんじゃない?」


ねえ、ショゴス? とショゴスを見たら「テケリ・リ!」って嬉しそうにショゴスが鳴いたわ。


「1935年頃、アメリカの小さな州ロードアイランドっていうところで呼び出された時は何も言わずに笑いながら近くにいたニンゲンを食べちゃったんだ。今回呼び出すニンゲンは食べられちゃうんじゃないかな」


「食べられるために呼び出すなんて、ご病気なのね」


「呼び出すのと言う事を聞かせて『召使い』にするのは別なのがわかってないニンゲンもいるからね」


今夜、満月だったけど、ガンちゃんの予想通り若葉台の中でも誰かが「星の精」を呼び出した。きっとおはぎちゃんの言っていた7丁目の住人なんだと思うの。だって7丁目に住んでるクレアちゃんが緊急通信で「笑い声と悲鳴が聞こえた」ってみんなにお知らせしてたから。ニンゲンにも騒ぎが聞こえたみたいでしばらくしたらパトカーと消防車のサイレンが聞こえてきたわ。


「よう、元気か? 久しぶりだな、ガンダルフ」


とても低い声で話しかけてきたのは、いつの間にかお隣の屋根の上にいた生物だったわ。この間までコナちゃんたちが住んでいた近くにいたヒグマさんより少し背が高いかしら? でもヒグマさんはニンゲンの言葉を喋らなかったけどこのヒトは喋るのね。影になっててよく見えないけど、身じろぎした時に大きなコウモリみたいな翼が見えたわ。ああ、そういえばガンちゃんってガンダルフって名前だったわ。


「やあ、ジョン、元気だった? 来てくれてありがとう」


「構わないって。オマエも直接呼べばいいだろうに。ま、本部経由の依頼だから蜂蜜酒ミードは貰ったけどな、ありがとうよ」


「コナちゃんに紹介させてもらおう。ジョン、彼女はコナちゃん。まだ1回目だからバックアップをよろしく。コナちゃん、彼はバイアキーのジョンだよ。向こうにいるのがショゴスのショゴスだよ」


「よろしく、コナちゃん。ジョンだ」


「よろしくね」


ショゴスも触手を3本立てて左右に揺らしているわ。


「あっちで」とジョンは7丁目の方を片手で指して言ったの。「『星の精』が召喚されて、召喚した奴を喰っちまった。『星の精』はこの山のふもとの方へ移動している」


「2丁目の方か。この時間帯はバスで帰って来るニンゲンも多い。他に被害者がでないように見回ってくれるかい?」


「お安い御用だ。あ、今、一人喰われたな」


やれやれ、と言うとジョンは音もたてずに飛んで行ったわ。お空を飛ぶのってどんな感じなのかしら? コナちゃんもちょっと飛んでみたいわ。


「もうすぐパパが帰ってくるね」


ガンちゃんはそういうと窓の鍵を開けたの。


「ガンちゃん、お外に出るの?」


「念のためだよ、コナちゃん。ジョンは見に行ってくれただけだからね」


ガンちゃんは正しかったの。パパの自動車が駐車場に戻ってきた時、排気ガスの臭いに混ざって血の臭いがしたの。お月さまを覆っていた雲が流れて辺りが明るく照らされたわ。半透明で体中から脚を生やしたクラゲみたいな「星の精」の姿が見えたわ。透明な膜の下で赤く見えているのは多分、「星の精」が食べたニンゲンの血だと思うの。「星の精」は獲物パパを見つけたせいか、不愉快な笑い声をあげていたわ。


「パパが! パパが!」


コナちゃんはまさに自動車から降りようとしているパパが狙われていると思ってビックリしたの。


「ショゴス、行くんだ」


ガンちゃんに声をかけられたショゴスは簡単に窓を開けると全身で「星の精」へ飛び掛かって行ったわ。包み込んで電線にぶら下がってしばらくモゾモゾと動いていたけど、元の大きさになって戻ってきたの。パパは後部座席から何か取り出しているみたい。


「『星ノ精』ヲ食ベタ! マンゾク、マンゾク」


「えらいわ、ショゴス」


コナちゃんは戻ってきたショゴスに優しくタッチしてあげたの。玄関のドアが開いたわ。パパの足音がする。お迎えに行かなくちゃ。


「ただいま」


おかえり、パパ。

今日もお仕事、お疲れさま。大好きよ。








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