うわさ話 2

「5丁目の茂木さんで赤ちゃんが産まれたんだって」ご飯を食べながらママが言った。「それでね、奥さんにも旦那さんにも似てないんだって」


「産まれたばっかりだからじゃないの?」


パパはおっとりと言った。そしたらママは頷いた。


「そうだよね。でもね楠本さんが言うには、奥さんは美人だし、旦那さんも俳優のHに似たハンサムなのに、赤ちゃんが魚みたいな顔なのは変だってみんなが言ってるんだって」


だからね、とママは続けた。


「楠本さんが言うには、茂木さんの奥さんが整形してるか、浮気した証拠なんじゃないかって言うのよ。ひどくない?」


「そうだねぇ」


パパは波風を立てないようにお返事してる。

私、コナちゃんはソファーの上で丸くなったまま、テーブルでの会話を聞いていた。ソファーの反対側にはガンちゃんが丸くなっている。だけど、お耳だけテーブルの方へ向けているからガンちゃんもママとパパのお話を聞いていたみたい。


「ちょっと気になるね」


ガンちゃんはそう言うと両手両足を思い切り伸ばしたの。すぐにママが気付いて「あらガンちゃん、長くなったのねー」なんて言っている。


コナちゃんだって長くなれるんだから。


ママが立ち上がったところでコナちゃんが伸びをしてみせたら「あらコナちゃんも長くなったのねー」と言いながらママがコナちゃんのお腹を撫でに来てくれたの。


早速お腹を上に向けていっぱいナデナデしてもらったわ。「コナちゃんかわいいね、かわいいね」ってママはいっつも云ってる。


ガンちゃんはまたカーテンの向こう側でお月さまを視てるわ。


「ママちゃん、晩ご飯の途中でしょう」


パパがテーブルから呼ぶとママは「はあい」と言って戻って行っちゃった。つまんないの。ガンちゃんの側に行ってみようっと。


コナちゃんはソファーを降りて窓際にいるガンちゃんのお隣に座ったの。

後ろから「あら二人で並んでる。かわいい」と喜ぶママの声がしたわ。


「ガンちゃん、お月さまに邪神の報告してるの?」


「ううん。今は5丁目に住んでいる、ぎんちゃんと通信してたんだよ」


「ガンちゃん、遠くに住んでるお友だちがいるの? 会ったことあるの?」


「ぎんちゃんとは会ったこと無いよ。だけど時々、情報交換してるんだよ。今はママの言ってた『ご両親に似ていない赤ちゃん』について訊いてみたんだよ」


「ぎんちゃんは茂木さんのおうちのコなの?」


「ううん、違うお家のコだよ。でも普段からお外に出てるんだって」


「ええっお外に? そんなに危ないことしたらいけないのよ。ママに叱られちゃうわ」


コナちゃんはびっくりしたの。だってママはコナちゃんが玄関に近づいただけで「だめよ、コナちゃん、お外は危ない危ないなのよ」って言うんだもの。


「ぎんちゃんも遠くには行かないんだよ。たまにお散歩がてらご近所の情報収集してるんだって」


「そうなの? ぎんちゃんのママは知っているの?」


「ぎんちゃんにママはいないんだよ、コナちゃん。パパしかいないんだって」


「じゃあいいのかしら。それで、ぎんちゃんは何がわかったの?」


だってパパはコナちゃんが玄関に近寄っても「コナちゃん、ママに叱られちゃうよ」って言うんだもの。


「あのね、赤ちゃんのお父さんは『深きものども』とか『ダゴン』って呼ばれてる人だったって」


「それ、どんな人?」


「半分お魚で半分ニンゲンの人だよ。えらがあって水中でも呼吸できるんだって。普段は海の中に住んでいるんだよ」


「便利なニンゲンねえ」


コナちゃん感心しちゃったわ。コナちゃんは濡れるのはイヤだもの。毎晩ママと入るお風呂だって、お風呂の蓋の上に乗ってるのよ。


「そうなんだけどね。海の中で寝ている邪神を時々起こそうとする人たちでもあるから、危ないこともあるんだよ」


「だから情報収集してるのね。じゃあコナちゃんとガンちゃんはダゴンの人たちをやっつけに行くの?」


「行かないよ、コナちゃん。今のところ、ダゴンの人たちはちょっと変わった宗教を信じているだけの人たちだからね。それにニンゲンと結婚してるし」


「そっか。ところでガンちゃん、赤ちゃんはダゴンの人なの? ニンゲンなの?」


「どっちなんだろうね? どっちでもいいんじゃないかな」


「じゃあどうしてわざわざ情報収集して、どこにいるのか知っておくの?」


コナちゃんはびっくりして聞いたの。


「マティス将軍は『礼儀正しくあること、洗練された専門家であること、だが出会った全員に勝つことができるようであれ(注)』って言ってるんだ。じゃあ、コナちゃん、勝つためにはどうしたらいいと思う?」


「うーん、パパを連れてくる」


「つまり、強くなるっていうことだね。じゃあ、コナちゃん、どのくらい強くなったらダゴンの人たちに勝てるの?」


「うーん、ダゴンの人たちよりもいっぱい」


「そうだよね、そのためにはダゴンの人たちが、どれくらい強いのかっていうことが分かってなくちゃね。それに、孫子は『彼を知り己を知れば百戦あやうからず』って言ってたよ。

1588年アマルダ海戦の最後といえるグラヴリンヌ沖海戦でイギリスはスペインの戦い方をもう知っていたから勝つことができたし、1939年ノモンハンでは作戦も武器も補給物資もない中でソビエトに突っかかっていった日本が負けたんだよ。僕たち自身の強さもわかってなくちゃいけないね」


そういってにっこり笑ったガンちゃんは、いつもよりちょっとだけ頼もしく見えたの。


「コナちゃん、お風呂はいるよー」


ママが呼んでるわ。コナちゃんはちゃんとお返事したのよ。


「コナちゃん、お風呂に行くなんて勇気があるねえ」


ガンちゃんはしっかりカーテンに隠れながらコナちゃんに言ったの。ちょっとだけ頼もしく見えたのはコナちゃんの気のせいだったのかもしれないわ。


さ、今日もお風呂でリラックスするのよ。









〈注記〉

原文 Be polite, be professional — but have a plan to kill everyone you meet.

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