若葉台のねこ
薬瓶の蓋
ある夜の出来事
私はコナちゃん。
病院では「
コナちゃんと一緒に住んでるのは「ニンゲン」のママとパパ、そして猫のガンちゃん。
ガンちゃんは病院では……何だったかしらガン太郎だったかしら? ともかく、ちょっと長い名前で呼ばれているけど、ママは「かわいいガンちゃん」って呼んでいるわ。
このガンちゃんはいつの間にかコナちゃんのお家に住むようになっていたの。きっとママとパパがお外で捕まえてきたんだと思うの。最初は「路地裏」っていうところの「ゴミ箱」の近くで生きていたんだって。そのせいか、ちょっと変わってるのよね。
コナちゃんは生まれてすぐ本当のお母さんから離されちゃったから他の猫がどういうものなのか、知らないの。お外もほとんど出たことがないわ。
でも、ガンちゃんはちょっと変なの。
だってね、夜になってもママと一緒に寝ないでお空に浮いてるお月さまを見上げてじっとしていることがあるのよ。
今もそう、ホラ、カーテンの隙間からお外を見てじっとしてる。
「ねえ、ガンちゃん、何してるの?」
「うん? コナちゃん、僕はジャシンの報告をしているんだよ」
ガンちゃんはお外で生まれたせいか、コナちゃんの知らないことを知っているみたい。
「ジャシンってなあに?」
「
一回目ってなんのことだろう? コナちゃんはガンちゃんが何を言い出したのかわからなくて思わず尻尾がぱたん、ぱたんって動いちゃったわ。
「僕たち猫はね、何回か生まれ変わるんだ。コナちゃんもいつか動かなくなっちゃうでしょう? そしたらお空の神さまに会って、新しい毛皮で生まれ変わってまたこの世の中に戻ってくる。その時は2回目だね」
コナちゃんは途中からガンちゃんを見ていなかったの。窓から入ってきた黒い
これはね、ママが「インターネット」っていうところから「怪談」を読むようになってから、時々この黒い靄がママを狙ってコナちゃんのお家に入ってくるの。だからね、コナちゃんはこの黒い靄がママに触らないように捕まえて食べることにしてるの。
「それで? 報告したらどうなるの?」
コナちゃんはお口の周りを舐めながら聞いたの。
「本部で記録を精査して、対処が必要ならチームを作って派遣するんだ。ほとんどは経過観察、だけどね」
「本部はお月さまにあるの?」
「ううん、お月さまはデータの中継地点なんだよ。データは分析されて全部、記録されるんだ」
「いっぱいあるの? 忘れちゃわないの?」
「大丈夫、硬い石にデータを記録して保管してあるんだ」
「ニンゲンが見つけてビックリしないの?」
ガンちゃんが悲しそうな顔になった。コナちゃん、悪いこと言ったかしら?
「前に中国大陸のバヤンカラ山脈に保管していたデータが見つかっちゃったことがあってね、あの時は
「
「悪いニンゲンのグループだよ」
「ニンゲンはビックリしたの?」
「チイ・プウテイっていうニンゲンが表面の模様だけ読み取っていたけど、データ自体は気が付かれなかったんだよ。今はもう716枚全部取り戻して、別の場所にちゃんと保管してあるよ」
「ふーん」
コナちゃんはついついガンちゃんとお話するのに夢中になって、ママが夜中にトイレに起きるのを忘れていたの。だからお家の中の空気が重たくなって、ママが「ヒッ」て息を吸いこむ音がした時にはまだリビングルームにいたのよね。ニンゲンには聞こえなくてもネコの耳にはちゃんと聞こえてるのよ。
いち早く2階のトイレに駆け付けたのはガンちゃんだった。コナちゃんは走るのも階段を駆け上がるのもちょっと苦手なの。
そこにいたのは鏡から出てきたらしい髪の長い女のニンゲン……だったもの。その向こう側でママがすっかり怯えて身動きもできずにいた。
髪の長い女が青白い骨の手をママの方へ伸ばした。ママが両目をぎゅっと瞑る。
ガンちゃんの呪紋が展開して髪の長い女を包み込み、小さく丸まっていくとガンちゃんが一口で食べちゃった。その間にコナちゃんはドアにバスタオルをかけた。
「あ、あれ? 目の錯覚かな?」
ママが目を開けてきょろきょろしている。
「あ、タオルか」
コナちゃんが一声鳴いてママの足に頬を摺り寄せたら、ママは怖がっていたのを忘れてコナちゃんとガンちゃんを撫でてくれた。全くもう、「インターネット」から悪いものを拾ったりしたらダメじゃないの。ちゃんとコナちゃんがお隣で眠ってあげるわ。
「明日、おひさまが出たらさっきのおまじない、コナちゃんに教えてね」
「うん、いいよ。おやすみコナちゃん」
「おやすみガンちゃん」
おやすみ良いニンゲンたち。
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