夏至の夜

「今日はね、夏至なんだよ」


ガンちゃんが言った。コナちゃんは舐めていた左脚を下ろすのを忘れてガンちゃんを見たの。


「夏至ってなあに?」


「お日さまが出ている時間が一年で一番長い日だよ。満月に近いからあまり忙しくなさそうだね」


「満月じゃないとき? 新月の時は忙しいの?」


「うん、なぜかニンゲンは新月の時の魔法が一番効くと思っているみたいで、邪神とか悪魔を呼ぼうとするんだよね。それこそ月蝕の時なんか、みんなで一斉に呪文を唱えだしたりするんだ。」


世界の半分は夜だからね、とガンちゃんは笑った。


「でも、呼んだからって簡単には来てくれないんでしょう?」


「うん、普段はね。でもみんなが一斉に『こっちおいで~』って騒いだらつい来ちゃうかもしれないでしょう? だから邪神に聞こえなくするお祈りをするんだよ」


「お祈りするだけでいいの?」


悪いニンゲンはきっと一生懸命おまじないを唱え続けると思うの。


「うん、天空の神ヌートは僕たちの味方だからね」


「コナちゃんも次の時はお手伝いしてあげるわ」


「ありがとう、コナちゃん」


「でも月蝕って前もってわかるの?」


「うん、計算できるんだよ。昔は人間もわかってたから一緒に呪文を唱えていたんだよ」


「昔って?」


「二千年ちょっと前かな。1901年にはアンティキティラ島沖からそのころ使われていた月蝕や日蝕の計算もできる機械も見つかっているよ」


「日蝕も計算してたの?」


「うん。紀元前585年5月には戦争をしていたニンゲンたちが日蝕に驚いて戦争をやめるくらい一大事だったからね」


「戦争ってイヤぁね」


テレビで「戦争」とか「戦闘」とかの話題が出てくるとママは、コナちゃんがお膝にいても悲しそうなお顔になるの。思い出しても嫌になっちゃうわ。コナちゃんは落ち着くためにちょっとお手々をお手入れしたの。


「僕たちネコもニンゲンの戦争に巻き込まれたことがあるんだよ」


「えっ? そんなの危ないじゃないの」


「1960年代に、CIAは『アコースティック・キティ作戦』っていうネコに盗聴器を仕掛けてみようとした研究してたし、紀元前525年には実際の戦場に僕たちネコやイヌ、ヒツジを配置したアケメネス朝ペルシアのカンビュセス2世って王様もいたんだよ」


「コナちゃんたちを兵隊さんにしたの?」


コナちゃんのご先祖様はロケットランチャー砲とか歩兵携行式多目的ミサイルジャベリンとか担いで戦場を走っていたのかしら?


「ううん、ニンゲンの兵隊さんよりも前に配置したんだ。攻め込まれたエジプトの第26王朝時代にはニンゲンに僕たちネコが神に近い存在であるって知らせてたものだから、エジプト人がネコを傷つけるのを怖がって降伏したんだよ」


「じゃあカンビュセス2世も判っててやったのね? 非道いわ」


コナちゃんは重大なことに気が付いたの。


「ガンちゃん、ネコが神さまに近いから、ニンゲンはネコを生贄にしようとするの?」


「そんなことしたら他の神さまが怒っちゃうから、やらないんじゃないかな? さっきのカンビュセス2世はあの後、兄弟を殺害した上にお酒飲みになって、いっぱい悪い事して不幸せになったんだよ」


「可哀そう。何のために王様になったのかしら」


「ホントだね」


ガンちゃんにお日さまが当たっておヒゲがキラキラしてるわ。


「じゃあ神さまはニンゲンの生贄が好きなの?」


「どうかなぁ? コナちゃん、もし知らないニンゲンがニンゲンの死体を持ってきて『こっち来て、遊んで~』って言いだしたら嬉しい?」


「コナちゃん、引くわ、ソレ」


「だよねぇ。この前の新月の時も、一生懸命ニンゲンを捧げてるニンゲンがいたけど、邪神は全く応答してなかったね」


「見てたの?」


「うん、ヨタカの霧羽さんがライブ中継してたから」


「ふーん」


きっとその時コナちゃんは眠っていたんだと思うの。ガンちゃんは夜更かしさんだから、ホラ、お日さまの光で眩しそうに目を細めてる。


「そういえば、昔のニンゲンは日蝕をどうやって観測していたんだろうね?」


ガンちゃんが香箱座りをしてから大きなあくびをしたの。コナちゃんもお隣で横になったわ。


「お日さまって裸眼で見てもよくわかんないのにね」


日触も月蝕も、地球の影にお日さまとお月さまが入っただけだし、新月だって見えないだけで、そこにまあるいお月さまがあるのにどうして「邪神呼び寄せ日和」だと思うのかしら。お月さまの陰がこの次元に開いた孔にでも見えるのかしら。


そんなこと考えてたらコナちゃん、だんだん眠たくなってきちゃったわ。

今日はお日さまがいっぱい浴びられる日なのよね。

お腹もちゃんとお日さまに見せなくちゃね。







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