藤原兼家といふ男(3)

 何度やっても結果は同じだった。

 筮竹ちくぜい賽子さいころ、天体、どの方式で見ても結果は同じことであり、それは間違いないということを示していた。

「運命というものは変えられぬものか……」

 晴明は牛車に揺られながら独り言を呟いていた。

 一人になれる空間である牛車の屋形は晴明にとって、唯一心の休まる場所でもあった。

 基本的に晴明は陰陽寮にある自分の執務室にいるのだが、ここにいると誰かしらが訪ねてきて応対をしなければならなくなる。特に朝廷関係者たちは引っ切り無しに晴明のもとを訪れては、相談事を持ちかけてくるのだ。また、朝廷の関係者が来ない時であっても、天文学生や天文得業生といった陰陽寮内の者たちが晴明に教えを請いに来る。これは陰陽寮の学生たちなので、晴明に教えを請いに来ることは当たり前のことなのだが、陰陽寮内での晴明人気というものは高く、天文道に関係のない陰陽師たちも教えを請いにやって来たりして、晴明は自分の時間というものがほとんど持てずにいるのだった。

 牛車は朱雀大路を下り、羅城門を抜けると洛外へと出た。洛中と洛外。それはこの羅城門で区切られているだけである。洛外に出ると、一気に人気ひとけは無くなり静かになる。ギシギシとなる牛車の車輪の音と牛の歩く足音だけが辺りを支配していた。

 先の正月、帝は元服を果たしていた。その際の加冠を務めたのは外祖父であり、摂政であった藤原兼家であり、この功を持ってして兼家は関白の座に就いたのだった。

 念願かなって関白となった兼家ではあったが、その関白の座をたったの三日で降りてしまった。病が兼家を襲ったのである。病に倒れた兼家は政務から離れると別邸である二条京極殿に移り住み、出家をした。名はその際に、二条京極殿は法興院という寺院に改められ、ここで兼家は療養することとしたのである。

 関白兼家の突然の引退により、朝廷内は混乱を来すかと思われたが、兼家は自分がいなくなった後のこともしっかりと考えていた。関白の座を長男である道隆に譲り、藤原北家九条流が朝廷を牛耳る図式を変えることなく、兼家の意思を継ぐ者たちによる政権維持を続けられるようにしたのであった。

 牛車が止まる気配がしたため、晴明は屋形の御簾をあげて外を覗いた。そこには古い寺院が建っており、周りには警備の武士もののふたちが武装して立っている。

「晴明よ、よく来られた」

 そう言って晴明のことを出迎えたのは、先の帝である冷泉院であった。普段であれば太上天皇(上皇)である冷泉院は、左京二条にある冷泉院を住まいとしている(そのため、冷泉院と呼ばれている)のだが、晴明を呼び出した場所は洛外にある古い寺院であった。

「ご無沙汰しております」

「堅苦しい挨拶は抜きにせよ。ここではなんじゃ、中に入られよ」

 晴明は冷泉院の言葉に従い、寺院の殿舎の中へと進んだ。

 冷泉院といえば、帝であった時代に奇行があるとして帝の座を二年ほどで追われた人物であった。しかし、それは藤原北家の陰謀であり、実際には聡明な人物であると晴明は思っていた。

「良い景色が広がっておりますな」

「そうであろう。朕はこの景色が好きじゃ。だから、ここへ晴明を呼んだのだ」

「ありがたき幸せ」

 晴明はそう言うと頭を下げた。

 寺の坊主が持ってきた茶を冷泉院と晴明は飲み、しばらくの間、歓談を楽しんだ。

「して晴明、あれをそなたはどう見る」

「あれと申されますと……」

「わかっておろう。北じゃ」

 冷泉院はあえて藤原北家という名を伏せて北とだけ呼んだ。藤原家に関しては代表的な四家が存在している。藤原北家、南家、式家、京家の四家であるが、いま力を持っているのは北家であり、さらにいえば北家の中でも兼家の九条流が最も力を持っていた。

「兼家に関しては、朕はあの者を好かん。だが、まつりごとに関しては、朕もその実力を認めざる得なかったが、その子息はどうなのじゃ」

「その心配には及びませぬ。関白の座を継いだ道隆もなかなかの才を持っております。ただ、あの者は酒好きで少々飲みすぎているところが心配の種ではありますが」

「そうか。政に関しては心配はないか。しかし、関白の座を狙うものは他にもおろう」

「その心配はございません。道隆殿は盤石な基盤を築いておられます」

「ならば良い。近い将来、我が子の居貞おきさだも帝になろう。その時に師貞もろさだ(花山天皇のこと)のように後ろ盾が無く、即位してもすぐに退位に追い込まれるようでは困るからのう」

 冷泉院はそう言うと、少し寂しそうに笑ってみせた。

 居貞親王についての占いは既に済ませてあった。しかし、その結果を問われない限りは口にすることはしまいと晴明は考えていた。場合によっては、占いの結果というものは口に出したことによって変化することもある。そのため、結果を伝えるという行為は慎重に行わなければならないのだ。

 ただ、消えゆく者の運命というものは変えることはできない。

 そう考えながら、晴明は茶を啜った。

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