Wrath
どうやら、僕はぐっすり眠っていたらしい。カーテン越しにうっすらと、朝日が僕を照らしていた。
早くリビングに行こう。そう思って着替え始めた瞬間だった。階下から怒声が聞こえる。「お前がやったんだろ」「それはこっちのセリフだ」など。朝早くから喧嘩とは穏やかじゃないな。みんな神経がまいっているんだ、無理もないかもしれない。
一階に着くと、湊とリッカルドさんが大声で言い争っている。キッチンの方だ。
「ちょっと、二人ともどうしたのさ。気が立っているのはわかるけど――」
僕がその先を続けることはなかった。そして、眠気は吹っ飛んだ。目の前にレオンさんの死体があったのだから。
「なるほど、今回も刺殺か。足の末端に死後硬直が現れ始めているな。死後七時間といったところか」結城さんがレオンさんの体を調べている。そばには割れたグラスが散らかっていた。
七時間前ということは、ちょうどみんなが寝るために自室へ戻ったころだ。グラスを見るに、レオンさんは飲み物を探していたに違いない。
「みんな、これを見てくれ!」結城さんがレオンさんのそばを指す。そこには「Wrath」と書かれていた。今回は憤怒か。この調子では犯行はエスカレートするに違いない。
結城さんはというと、レオンさんの前で首を捻っていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、レオンさんのそばに『憤怒』の文字があったことは分かる。昨日、娘さんを殺されたからね。それとは別に、引っかかるんだ。何かは分からないが……」結城さんは唸っている。
「あ! 結城さん、これ見てくださいよ、これ! レオンさんの体の後ろに、何かあります!」僕は興奮のあまり、声がうわずる。
「どれどれ」結城さんがレオンさんの体を動かすと現れたのは「d」という文字だった。
「きっと、犯人の名前を書こうとしたに違いありません! ほら、ガラス片に血が付いています。レオンさんのものでは?」
そう、今までの血文字は犯人によるものだった。もし、これがレオンさんのダイイングメッセージだとしたら、犯人が分かるに違いない。
「ふむ、『d』か。いや、後ろ手に書いたなら『p』かもしれない。誰かの頭文字ではないな。いずれにせよ、一歩前進だ。誠君、でかしたぞ」結城さんに褒められて、悪い気はしなかった。
「さて、現場保存のためにこれ以上、荒らすわけにはいかない。キッチンを封鎖するしかないな」
「結城さん、キッチンを封鎖したら、飲食はどうするんですか?」
「安心しろ。缶詰は持っていくさ。まあ、あと二日だ。みんなには質素なご飯で我慢してもらうしかないな」
幸さんあたりが文句を言いそうだ。考えただけで気が滅入る。結城さんの言う通り、あと二日だ。いや、まだ二日ある、とも言える。いずれにせよ、これ以上殺人事件が起きるのは勘弁だ。しかし、殺人犯はまた犯行を重ねるに違いない。人数が減るほど、自分の取り分が増えるのだから。
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