冷戦

 朝食の席は静かだった。当たり前かもしれない。すでに三人が亡くなっている。



 個人的な推測をするならば、リッカルドさんが一番怪しい。昨日から口を開けば「取り分が増えた」とばかり言っている。だからといって、他の人の可能性がゼロというわけではない。全員に動機があるのだ。久嗣さんの財産に目が眩んだ誰にでも。



「海野先生、どうしますか?」と結城さん。



「この状況では団体行動は無理だろう。次の殺人が起きなければいいが」海野さんは手を揉んで、そわそわしている。



「先生のおっしゃる通りかもしれません。私はリッカルドさんを見張りますから、先生は他の人をお願いします。彼が一番厄介そうですから」どうやら、結城さんも同意見らしい。





 それからは結城さんたちの見立て通り、別行動となった。僕と玲、湊は一緒だったが。





「それで、昨日は喋れなかったのに、今日は大丈夫なのか? 無理してないか?」湊が玲を気づかう。



「うん、もう平気。でも、おかしな話よね。お父様の死体を見て、悲鳴をあげて、喋れるようになるなんて」リビングに置かれたコップを撫でつつ言う。



「しょうがないよ。二日間で二人も家族を殺されたんだから」と僕は慰める。



「そうね。そして、友人の渚も死んじゃった。彼女を忘れちゃ駄目ね。でも、大丈夫。スマホに思い出の写真があるから」玲はポケットに手をつっこむが、何やら焦った表情をしている。



「私ったら、スマホを部屋に置いてきちゃったみたい……。取ってくるわ!」



「おいおい、玲。いくらなんでも危険だ」



「湊、心配しすぎよ。リッカルドさんには結城さんが、他の人たちには海野先生が張り付いているわ」



 心配しないで、と手を振るのを見送るしか出来なかった。





「誠、いくらなんでも遅くはないか?」湊がスマホで時間を確認している。



「確かに、スマホ一つ探すのにこんなに時間かかるかな。心配だし、二人で部屋に行こうか」





 扉をノックするが、玲から返事はない。



「何か嫌な予感がするんだけれど」と僕。



「レディーの部屋に押し入るのは気が引けるけど、そんなこと言ってられないな。玲、入るぞー」断りを入れて、ドアを開けると僕らを迎え入れたのは――血溜まりに横たわる玲だった。





「事件は防げなかったか……」結城さんは悔しそうだった。「まさか、毒殺とはな」



 そう、玲は毒殺されていた。今までがナイフによる刺殺だったから、ボディーチェックではナイフを持ってないかだけを確認していた。トランクに毒物が入っていたのを失念していた。



「海野先生、今度は血文字が見当たりませんね」という結城さんの問いかけに、海野さんが頷く。



 血文字がないということは、犯人は別人なのか? それとも、そう見せかけるためにあえて書かなかったのか? 疑問は増すばかりだ。



「代わりと言ってはなんですが、今回もダイイングメッセージがありますね。『mer』。これも誰かの名前には当てはまりませんね」との結城さんの言葉に、湊から待ったがかかる。



「おい、『mer』はフランス語で『海』っていう意味だ。つまり、海野さん、あなたが犯人だって示しているんだ!」



「ちょっと待ちなさい。それだけで私を犯人扱いするのかね? 東京に戻ったら、侮辱罪で訴えてやってもいいんだぞ!」海野さんが怒鳴り返す。



「湊君、落ち着きなさい。それから、海野先生も。普段の先生らしくないですよ」



 僕は玲の残したメッセージを見つつ何か違和感を感じた。そうだ、毒殺なら犯人が誰なのか分からないはずだ。現場には飲み物はない。つまり、犯人が毒物を飲ませる方法がないのだ。では、ダイイングメッセージはどういう意味だろうか。



「確かに湊君の指摘は正しい。でも、少し違うな。今思い出したよ。もし、この単語の後に『e』の文字があれば『mere』、つまりフランス語で『母親』という意味だ。これはどちらにも受け取れる。やっかいなことになったな」結城さんは頭を抱えている。



「それなら、話は早いだろ。その二人を軟禁すればいい」リッカルドさんが提案した。



「あら、そうかしら。この文字は犯人が残したものかもしれないわよ? そういうあなたこそ、犯人じゃないかしら?」と幸さん。



「一旦、コーヒーブレイクとしましょう。この状況じゃ、まともな話し合いになりませんから」結城さんの提案に「それもそうね」と加賀美さんが賛成した。



「さあ、リビングに戻りましょうか」





 リビングに戻ったはいいものの、話し合いとはいきそうになかった。険悪な雰囲気は続いている。



「さて、玲さんの毒殺ですが――」



「ちょっと待ってちょうだい。さっきの、そこの男とのお喋りで喉が渇いているわ」幸さんはテーブルのコップに手を伸ばすと、ぐいっと勢いよく飲み干す。



「生き返ったわ。さて、続きを――」



 次の瞬間、幸さんが苦しみながら床に倒れ込んだ。必死に喉をかきむしっている。



「なんてこった! まさか、コップに毒が塗られていたのか!」結城さんは幸さんの喉元を緩めつつ叫ぶ。



 だが、手遅れだったらしい。幸さんは断末魔の後に動かなくなった。





「海野先生、厄介なことになりましたね。犯人は――もし、一人だと仮定すればですが――どんな手段を使ってでも、私たちを殺す気らしいですから」



「君の言う通りだ。犯人は自暴自棄になっておる。これでは、我々全員が殺されかねない! おまけに、私は犯人扱いだ。小娘のメッセージのせいで!」海野さんは髪をかきむしっている。



 それにしても、玲を小娘呼ばわりとは。普段の海野さんからは想像できない。それだけ精神的にきているのだろう。僕も同じだけれど。



「ちょっと意見いいかしら? 犯人はピンポイントで幸さんを殺したかったのかしら。つまり、、その可能性はゼロじゃないわ」加賀美さんが自分のコップを胡散臭げに見る。



「なるほど、加賀美さんの言うことにも一理ある。そうなると、私が犯人ということになりますね。コップに手をつけたのは、私が最後でしたから」苦々しげに結城さんが言う。



 しかし、結城さんに毒を塗るタイミングはないはずだ。ずっとリッカルドさんに張りついていたのだから。では、コップに触るチャンスがあったのは誰か。リビングにいた僕と湊のどちらかだ。もちろん、僕ではないから、湊が犯人ということになる。湊も同じ考えらしい。僕を睨みつけてくる。



「二人とも、落ち着きなさい。親友がいがみあっていたら、玲さんも浮かばれないわ」加賀美さんがたしなめる。



「待てよ。誠君に湊君。君たちが玲さんと一緒にいた時、彼女はコップに触ったんじゃないか? 違うかい?」



 結城さんの問いかけで思い出した! 玲は僕たちとの会話の最中にコップを撫でていた!



「やはり、そうらしいね。そして、玲さんには不安になると爪を噛む癖があった。つまり、彼女はコップに毒を塗り終わった後に、誤って毒を舐めてしまったんだ。これなら、一連の毒殺事件の筋が通る」



「結城君、それならダイイングメッセージはどう解釈するかね?」海野さんが疑問を口にする。



「これは推測になってしまいますが、おそらく海野先生と幸さんを犯人に仕立て上げたかったんでしょう。そうすれば、友人である誠君たちは容疑者リストから外れる」



 もし、そうだとすれば、刺殺事件の犯人は別にいることになる。生き残った六人の中に。

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