Greed

 三日目の朝だった。六人目の犠牲者が見つかったのは。





「さあ、手伝って! 成人男性を下ろすのに私だけでは無理がある」



 結城さんの掛け声で首を吊った死体を下ろすのを手伝う。事切れたリッカルドさんの死体を。



「今回は『Greed』、強欲か……」結城さんが床のかすれた血文字見てポツリと言う。



「なあ、結城君。これは本当に他殺だろうか? つまり、この男が他殺に見せかけて自殺した可能性はゼロとはいいきれないだろう?」と海野さん。



「いえ、その線を考える必要はないでしょう。彼は人数が減るごとに取り分が増えたと喜んでいました。そんな人物が自殺する可能性はないでしょう」そして、リッカルドさんの首筋を見て続ける。



「彼の索状痕は二本あります。一本は水平に、二本目は首筋にそって。普通、自殺したのなら、一本しか残りません。水平な線は誰かに絞められた時にできたと考えるべきでしょう」



 つまり、リッカルドさんも謎の連続殺人犯の手によって殺されたのだ。血文字がそれを示している。



「やはり、レオンさんが残した『p』の文字が引っかかる。何か七つの大罪と関連があった記憶があるんだが……」そう言うと、結城さんは目をつむる。



「そうか! ダンテの『神曲』だ! あれの中では傲慢、嫉妬、憤怒の順だった! 今回は怠惰じゃないといけなかったんだ!」



「あの、七つの大罪にも順序があるんですか?」と僕。



「ああ、あるさ。一般的には傲慢、貪欲、色欲、嫉妬と続くんだ。だが、ダンテの『神曲』は違う。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰という順なんだ」結城さんは一気に話すと、深呼吸をする。



「そして、レオンさんが残した『p』の文字。あれは作中でダンテが額に記された文字を意味してたんだ。罪はイタリア語で『Peccato』。そこに由来しているんだ」



「つまり、今回の犯人は刺殺事件とは別人なんですね。法則性から外れているから。うーん、女性の加賀美さんには今回の犯行は難しそうですね。体力的に無理があります」僕は持論を述べる。



「つまり、犯人候補は私に海野先生、誠君に湊君の誰かということになるな」と結城さん。



「リッカルドという人名は『強力な支配者』に由来しておる。その彼が殺されるとは、皮肉なもんじゃな」誰に言うでもなく、海野さんが呟いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「西園寺警部、これは想像以上に酷いですね……」龍崎は目の前の光景にめまいがしていた。心臓を刺された被害者の血は赤黒く凝固している。



「デカなら、血を見たくらいで狼狽えるな。龍崎、お前の親父さんが見たら、一喝されるぞ」



 今日は八月九日。龍崎たちは市民からの通報で、とある港の倉庫にいた。



「警部、この死体おかしくないですか? 財布に手をつけた痕跡がありません」



「確かにおかしい。被害者の身元は……リッカルドさん、二十五才。手帳を見るに、一昨日から三日間、近くの孤島に行く予定になっているな」



「ここ最近、世間を騒がせているシリアルキラーの仕業ですかね」と龍崎。



「その可能性は高いな。被害者の持ち物から、招待状が見つからない。もしかすると……」



「リッカルドさんは、招待状を奪うために殺された可能性があると仰りたいのですね」



「その通り。被害者の手帳によれば、今日が三日目だ。東京に戻ってきたら、紛れ込んでいる連続殺人犯を捕まえてみせるさ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「さて、どうするかな。今日は三日目だ。夕方には迎えのクルーザーがやってくる。残りのメンバーはリビングで待機するのが無難だろう」



「結城さんの提案に賛成します。さすがに、これ以上殺人事件は起こらないでしょうから」



 犯人がこれ以上犯行を重ねれば、必然的に自分の首を絞めることになる。人数が少ないほど、疑われるリスクが高まるのだから。





 リビングは沈黙が続いている。そんな中、結城さんは突然立ち上がると、衝撃的な発言をした。



「今回のリッカルドさん殺人の犯人が分かりました。犯人は――」

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