双子
湊はまだまだ遠いが、ガタイがいいから存在感がある。角刈りの頭にはキャップを前後逆にして被っている。
「悪いな。待たせちまって。それで、さっきのは誰だい?」
湊の質問に対して、手短に答える。
「なるほどね。暗号か。てっきり、お邪魔するのは俺たち三人だけかと思っていたぜ」湊も知らなかったらしい。
そもそも、「暗号を解いたら、遺言状の開封に立ち会える」とした久嗣さんの意図が分からない。親族以外を呼ぶことなど、あるのだろうか。
「浮かない顔してどうした?」
「いや、少し気になることがあって。あ、
「お待たせ。あたしが最後ではなさそうね。玲本人がまだだわ」
渚は日焼け対策を徹底しているらしい。アームウェアを着けている。おしゃれに疎い僕でも分かる。流行りのブランドのロゴが刺繍されていた。
「それにしても、遺言状の公開開封なんて、面白いことするじゃない。あたしの家でもやろうかしら」
渚が言うと、冗談には聞こえない。如月一家と同じくらい資産を持っている
「それで、そこにいるガラの悪い男は何者かしら?」
渚の視線の先には、刺青を彫った、関わらない方が良さそうな人物がいた。
「やべぇ、あいつ近づいて来たぞ。悪口が聞こえたんじゃないか?」湊は渚を睨みつける。
さっきまでの距離で悪口が聞こえるとは思わないけれど。近づいてくる人物は「悪口が聞こえたんじゃないか?」という言葉は聞こえたかもしれない。さっきより、距離が近いから。
「おいおい、人を見た目で判断するなって。俺はリッカルド。暗号を解いてここに来た一人だ。あのサングラスをかけた女と一緒だな。まあ、三日間楽しくやろうぜ」
リッカルドさんの握手に応じつつ、感じたのは「意外と気さくな人だな」という印象だった。
「おっと、学友のご到着だ。邪魔したな」そう言うと、リッカルドさんは立ち去った。一瞬、冷たい眼差しで僕たちを見て。
「おーい、玲。遅いぞー」湊が大きく手を振りながら叫ぶ。
何かがおかしい。いつもなら、「ごめん、遅れた!」くらい言いそうなのに。
「またか。まあ、その反応も慣れたけど。私は
そうか。玲は一卵性の双子とは聞いていたけれど、これほどまでに似ているとは。
「ちょっと、いつまで見てるわけ? 見せ物じゃないんだけれど」愛さんの一言で我に返る。
「悪いな。誠は惚れっぽくてな」
湊はそう言うと、僕にウィンクするが、それはフォローになっていない。愛さんから軽蔑された目で見られているのだから。
「まあ、いいわ。三日間、私に関わらないでくれれば」そう言うと、愛さんは足早に去る。弁解するチャンスはもらえなかった。
「まったく、姉妹なのにここまで違うかねぇ」と湊。
「あら、そうかしら。玲に似た雰囲気を感じたけれど。上から目線なところとか」
「渚、そんなこと言うなよ。玲はそんな奴じゃない。玲は――」
「湊、ストップ! あなたが玲を好きなのは分かってるから。からかっただけよ」
さて、どうだろうか。渚の言葉は本気に聞こえたけれど。まあ、「静かに読書したい」という理由で入部されたから、渚にすれば玲を許せないのかもしれない。
八時まであと五分。倉庫の方からからやって来る人影が見える。全部で三人。一人は玲。他の二人も知っている。玲の母で如月家の女社長、
「ごめん、時間ぎりぎりになって」
玲の第一声だった。これぞ玲といった感じだ。
「紹介するわね。こっちが――」
「嬢ちゃん、紹介はあとにしな。時間通りに出航しないと大型タンカーが来て、出れなくなっちまう」船長が怒鳴る。
「レディーファーストだ。幸、玲、先に乗りな」
「じゃあ、そうさせてもらおうかしら」玲が母親の手を取って、船橋を渡る。
「船長、先生たちは先に行ったのかい?」
「レオンの旦那、その通りで。お二人は先に島へ着いてます。なんでもやることがあるとか」と船長。
「それならいい。さあ、船を出してくれ!」
クルーザーでの船旅は快適だった。玲から両親を紹介されると、湊はキョロキョロする。将来、義理の両親になる、とか考えていそうだ。
「ねえ、レオン。あんな人、今回の参加者にいたかしら?」幸さんがリッカルドさんを胡散臭く見る。
「如月社長、招待状を持っていましたから、間違いありません」船長が運転しながら答える。
「あなたがそういうのなら……。でも、見覚えないのよ。暗号は如月家に縁がある人にしか配ってないはずだけれど」と幸さん。
それならば、加賀美さんも何かしら如月家に縁があるんだろうな。それにしても、玲の一言で僕たちは孤島で夏休みを過ごせるんだ、ラッキーだな。玲にはあとでお礼を言わなくちゃ。
「さあ、着きましたぜ」船長が指差す先には、塔のような館がある孤島が見えていた。
桟橋ではすでに初老の男性と三十代と思われる男性たちが僕らを待っていた。
「
先生。そして、遺言状の開封。おそらく、弁護士なのだろう。では、メガネをかけた、ひょろっとした若い男性は?
「あら、
「お母様、その言い方は結城さんに失礼よ。検視官も立派なお仕事です」と玲。
検視官。ミステリー小説やドラマでは見たことはあるけれど、あくまで主人公である警察官の補助だ。でも、作家を目指すのなら、そういった人の描写も必要だと思う。今後のためにも徹底的に取材しよう。
館までの道のりは酷く長く感じた。太陽が容赦なく降り注ぎ、首筋をチクチクとさせる。これは、明日には真っ黒に日焼けしているに違いない。
隣の渚は日焼け対策はしているが、坂道を登るのはしんどそうだ。僕が「荷物持つよ」と声をかけと、「じゃあ、遠慮なく」と渚がバッグを渡す。見かけよりも中にはずっしりと物が詰まっているらしい。思わずよろめく。
「無理はよくないな」
検視官の男性が、僕からバッグを引き取りつつ言った。
「えーと、確か結城さん……でしたっけ?」
「お、さっきのやりとりだけで、覚えてくれたか」結城さんが嬉しそうに顔をくしゃっとさせる。
「結城なんて苗字、そうはいませんから」と僕。
「なるほどな。そういえば、さっきクルーザーの中で、君がミステリー作家志望だと聞いた。館に着いたら、経験談を聞かせてあげるよ」
僕にとっては願ったり叶ったりだ。こちらから話を聞くのは躊躇いがあった。人の死を軽く扱っていると思われそうだったから。
「ああ、館に来るのは久しぶりだな」とレオンさん。
館はすでに冷房が効いていた。おそらく、先着していた結城さんたちが気を利かしてくれたに違いない。灼熱の太陽から解放されて、まさに天国だった。
「レオン、感傷に浸っている場合じゃないわ。とっととやることを済ませて、プライベートビーチで日頃の疲れをとりたいわ。遺産を相続するのは私なんだから、形式上の手続きは先に終えましょう」
「幸の言う通りだな。さあ、荷物を置いたら、一階のリビングに集合としようか。二階は八部屋、三階は四部屋だ。玲たちが三階を使うといい。友達同士、楽しくやれるに違いない」レオンさんが、僕たちに気を利かして提案してくる。
僕たちはレオンさんの提案通り、三階の部屋の向かうことにした。塔の形状をした館のため、螺旋階段だ。くるくると登ると、めまいがしてきた。
部屋は質素ながらも、最低限の家具が揃っていた。机に椅子、ベッドにナイトテーブル。これは思う存分読書が出来そうだ。最後に僕の目に入ったのは、何重に鍵がかかったトランクだった。泥棒なんていないのだから、ここまで厳重にしなくてもいいのに。
「おーい、誠。早くしろよ!」部屋の前に湊がいるのだろう。ノックの音が聞こえる。
「うん、今行くよ」
幸さんの言った通り、早くビーチで遊びたいな。玲か渚から日焼け止めを借りてから。
一階のリビングに着くと、僕たち四人以外はすでに椅子に座っていた。ドラマでしか見たことのない長テーブルに天井にはシャンデリア。如月家の財力を見せつけられた。
「さて、みなさんお揃いなので、故人の残した封筒を開けさせていただきます」
海野さんが封筒をハサミで切り、中の紙を取り出す。次の瞬間、海野さんの顔つきが変わった。
「みなさん、心してお聞きください」
海野さんが前置きをして、読み上げた内容はとんでもないものだった。あの瞬間を、僕が忘れることはないだろう。
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