疑心暗鬼

「ひとまず、リビングにいようぜ」それが湊の提案だった。確かに、リビングにいればひとまず安心だろう。



「それにしても、とんでもないことになったわね。誠と湊は当然、玲とあたしを守ってくれるわよね? まさか、変なこと考えてないでしょう?」



「もちろんだよ。僕たち四人はお互い助け合わなくちゃ」と僕。



「誠、その考えは甘いぞ。俺は自分の身が第一だ。もし、三人のうち誰かに襲われたら――友人だろうが容赦はしない。ナイフがなくても、俺は平気だ。拳があるからな」湊はファイティングポーズをする。



 まさか、身内も疑うことになるとは。僕にはそんな気はなくても、誰かに襲われた時、過剰な正当防衛で殺してしまう、これは十分にありうる。僕も意図せずして殺人者になる可能性があるのだ。そうならないことを祈ることしか出来ないが。



「みんな、ごめん……。私が三人を誘わなければ、巻き込まれずに済んだのに」



 玲は自分の責任だと、感じているに違いない。責任感が人一倍強いのだから。



「ええ、その通りよ。はっきり言って玲の責任よ。あたしは殺されるなんてごめんだわ。この島を出たら、如月家を訴えるわ。どんな法律に引っかかるは分からないけれど、間違いなく如月家は没落するわね。橘家にとってはありがたいことにね」



 最後の一言は余計だ。いくら如月家と橘家が争っているとはいえ、そんな言い方はないだろう。渚からそんな言葉が出るなんて。よほど、昂っているらしい。普段なら言いそうにないのだから。



「さて、色々あった訳だが、俺たちは互いを信じあう必要がある。このままだと、玲のお爺さんの思惑通りだ」玲と渚の会話に湊が割って入る。



 渚はいい足りないようで、不機嫌そうな顔だ。果たして、三日間を四人で乗り切れるだろうか。個人的には結城さんもこちらに引き入れたいところだ。このシュチュエーションでも、冷静にかつ論理的に思考している。さっき知り合ったばかりだが、僕の直感が「結城さんは裏切らない」と告げていた。



「まあ、こうしたら固まってれば殺されはいないんだ。そうギクシャクすることもないだろ?」と湊。



「それはどうかしら。誰かがあたしたち四人をまとめて殺す、そんな可能性も考えるべきよ」渚の一言によって、その場の空気が凍りつく。



 最悪な雰囲気を壊したのは結城さんと海野さんだった。



「四人に朗報だ。たった今、倉庫の鍵を海に投げ入れてきたんだ。これで、一安心だろう」海野さんが左手で物を投げる仕草をする。



「先生の言う通りだ。四人も喧嘩なんかしないで一致団結するべきだ」と結城さん。



 二人のフォローを加賀美さんが「それでも部屋にある凶器はどうしようもないけれどね」という一言でぶち壊した。



「あとはリッカルドさんを連れてくるだけだ。彼も一人ではどうなるか分からん。まあ、いらぬ心配かもしれんが」海野さんはそう言い終えると、結城さんと加賀美さんを引き連れて二階へ上がっていく。



「あたし、ちょっと部屋に用事があるから、三人はそのまま、ここで待っていて」そう言い残すと渚も結城さんたちにくっつくように歩いていった。



 こんな時に一人になるとは。渚はこの深刻な状況を分かっているのだろうか。





 数十分が経ったが、一向に渚は降りてこない。



「さすがに長すぎない? 殺人が起きるかもしれないのに、渚を一人にするのは危険よ」と玲。



 僕も首を縦に振って賛同の意を示す。



「二人もそう思うか。ひとまず、三階に行くとするか」





 渚の部屋の前に来ると、何か異様な臭いがした。



「渚、いい加減に出てこいよ! 単独行動は危険だって、お前自身が言ってただろ?」湊がドアをノックするが、返事はない。



 僕がドアノブに触れると、ガチャリという金属音とともに、扉が開く。



「渚、失礼するよ」僕はそう断りを入れて部屋に入る。そこで目にしたのは――腹にナイフを突き立てられた、渚の姿だった。

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