Envy

 これは玲の声だ! まさか、殺人犯に襲われたのではないか? 僕が考えている間に、湊は駆け出していた。





 二階に上がると、悲鳴の出どころが分かった。玲の妹である愛さんの部屋からだ。廊下を曲がって、目的地についた僕たちの目に飛び込んできたのは――変わり果てた愛さんの姿だった。そこからの記憶はない。





 気がつくと、自室のベッドの上だった。湊が心配そうに覗き込んでいる。そうだ、僕は凄惨な光景を見て、気を失ったんだ。頭を触ると、痛みが走る。包帯のようなものが巻きつけられていた。



「誠、無理するな。倒れた時に軽く頭を打ったんだ。結城さんが命には関わらないだろうって言っていたけれど」



 湊の言葉で思い出した。



「愛さんは? 彼女はどうだったの?」僕の質問に対して、湊は沈黙した。どうやら、手遅れだったらしい。



「誠、しばらく付き添ってやるから、安静にしてろ」



「でも、それじゃあ玲が一人で危ないよ!」



「心配するな。玲には他のみんながついている。さすがに犯人も手出しできないさ」



 そういう湊の顔には、不安げだった。いくら安全とはいえ、玲の身を心配しているに違いない。





 僕が回復して湊と一緒にリビングに入ると、そこには全員の姿があった。なにやら幸さんと加賀美さんが口論をしている。



「幸さん、絶対という証明はできるのかしら?」



「いくら加賀美さんでも、言っていいことと悪いことがあるわ!」



「玲、これはどういうことだ? 何があった?」湊の問いかけに玲は首を振る。



「ああ、玲は――愛の死を見てショックを受けたんだ。それで……今は話すのが難しい状況だ」レオンさんが代わりに答える。



 そういうレオンさんの顔にも怒りが満ちていた。愛娘を殺されたのだ、無理もない。



「それで、幸と加賀美はこう言い争っているんだ。『本当に死んだのは愛なのか』と」



「まさか、加賀美さんは?」



 確かに二人は一卵性の双子。見た目はそっくりだ。でも、加賀美さんの言葉を借りれば「口調や性格で分かる」はずだった。玲がショックのあまりに喋れない状況でなければ。隣では湊が加賀美さんを罵っていた。



「まあ、落ち着けよ。これで取り分が増えたんだから」声の主はリッカルドさんだった。



 僕は怒りのあまりに殴りつけようとするが、あっさりとかわされてしまう。



「そんなに気にするなよ。学友じゃないんだろ? 素直に喜べよ」



 湊も頭にきたらしい。今度は湊が殴りかかる――前に、ごほんと海野さんが咳払いをした。



「非常時だがね、殴ったら暴行罪になる。賢明とはいえないな」



 プロの言葉に湊も自分が何をしようとしていたか、気づいたらしい。慌てて拳を引っ込める。リッカルドさんは「ざまぁみろ」という表情をしている。僕は悔しさのあまり、唇を噛む。



「それで、結城さん。今回はどうでしたか? 一緒に現場検証した結果は」と海野さん。



 なるほど。検視官と弁護士。この二人なら、現場保存は安心して任せられる。



「分かったことは二つ。今回もナイフでの刺殺であること。そして、死後硬直がないので、事件から三十分以内であること。以上です」淡々と結城さんが述べる。



「それで、殺されたのは愛って娘かい? それとも玲って方かい?」リッカルドさんが無神経な質問をする。



「そればかりはなんとも。でも、東京に戻ればはっきりします。歯の治療痕までは変えられませんから」



「そうだな。ただし、全員無事で帰られたら、という文言つきだがな」



 リッカルドさんを無視すると海野さんがこう言った。「死体のそばに書かれていた文字のことを忘れてないかね? 『Envy』という文字を」

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