第十三話 ある遺跡冒険者の追憶 ③


「兄さまのバカ!」


 借金取りたちにあてがわれた、ぼろぼろの倉庫みたいな住処にて。

 冒険者になった話をしたとたん、妹は突然怒り出した。

 何故そんな反応が返ってくるのか分からず、アルは困惑するばかりだ。


「な……なぜ怒る」

「分からないの!?」


 紅い瞳に涙をにじませ、二つ結びにした長く紅い髪を激しく揺らしながら、妹はこう言った。


「冒険者なんて、いつ死ぬか分からない、必要があれば人だって殺さなきゃいけない、そんな仕事……兄さまにやってほしくなんかない!」

「だが金は稼げる」

「お金!? そんなもののために、兄さまは冒険者なんかになったの!?」

「そうだ」


 妹の予想外の反応に動揺しつつも、アルは精一杯に説く。


「金さえあれば、こんな暮らしからは抜け出せる。金さえあれば、お前にちゃんとしたものを食べさせて、服を買って、マトモな家に住まわせてやれるんだ」

「なにそれ。私のために冒険者になったって、そう言いたいの!?」

「そうだ」

「……え?」


 目を大きく見開いたまま、レイシアの動きがぴたりと止まった。

 そんな妹に向け、アルは続けて口を開く。


「”兄と言うものは、いつだって、妹を守ってやるものだ”……父さんが言っていた言葉だ」

「そんな……私、私のために、兄さまにそんなことしてほしくなんて……っ」

「お前を守るには、金が要る」

「でも、そのために兄さまが怪我したり……しっ、死んじゃったりしたら……!」


 切羽詰まった様子で声を震わせる妹に、アルは緩く首を振って告げた。


「……金のためだ。仕方がない」

「……」


 その言葉にレイシアは、何かを言い返そうとして、そして結局言葉が出てこない様子で……。

 やがて、胸のあたりで握っていた両手をだらんと下げ、俯いて言った。


「兄さま。私、お金が憎い……」

「……なに?」

「父さまも母さまも、お金のせいでいなくなったの。私たちにお金がないから、優しかったみんなに冷たくなったの。兄さまだって、お金のせいで……っ」


 小さな拳と細い肩が、小刻みに震えている。

 何と声をかけていいか分からないアルの顔を見上げ、妹は小さな唇を動かして、


「私、お金が嫌い。憎い。私たち家族を滅茶苦茶にしたお金が、大嫌い」

「……。そうか」

「兄さまは、違うの?」

「………」


 真っすぐにこちらを見上げてくる妹と、アルはしばしの間、黙ったまま見つめ合っていた。

 だがやがて、そんな彼女からすっと視線を逸らすように目を伏せ、


「……嫌いだろうが、憎かろうが、金は要る。生きるためだ。だから……」

「バカ!!」


 突然、妹の大声がアルの言葉を遮った。

 ぽかんとした表情のアルの目の前で、レイシアはぼろぼろと大粒の涙を零しながら叫ぶ。


「カネ、カネ、カネ、カネって、兄さまはそればっかり! なんで私の気持ち、分かってくれないの? 分からないの!?」

「レ、レイシア? 落ち着け。俺は……」

「もうやだ、嫌い! お金も、お金のことばっかり考えてる兄さまも、みんな……みんな大っ嫌い!!」


 立ち尽くし、オロオロするばかりのアルをどんっと突き飛ばし、レイシアは駆け出した。


「レイシア!? 待て、どこへ……」

「ついてこないで!」


 そのまま戸を開けて外に飛び出して行ってしまった妹の背を、アルは追うことができなかった。

 追いかけたところで、何を言えばいいのか、どうすればいいのかも分からなかったし、なぜ妹があそこまで怒ったのか分からない以上、自分が何かすれば余計に怒らせる結果になるような予感しかしなかったからだ。


 仕方なく、アルは妹が返ってくるのを待つことにした。

 しばらくして頭が冷えれば、レイシアも戻ってくるだろうと、そう思っていたからだ。

 だが、待てども待てども妹は帰ってこない。


 日が暮れ始め、窓の外が暗くなってくると、胸中に様々な不安が渦巻き始めた。

 どこかで怪我をしているんじゃないか、悪い大人に掴まって、乱暴されているんじゃないか……と。


 一度胸中に芽生えた不安の種は、見る見るうちに大きく成長していく。


 ついにはいてもたってもいられなくなり、アルは街へと飛び出した。


 黄昏時の街のあちこちを駆け回り、自身と同じ紅い髪、紅い瞳の少女を探す。


 されど、ここは帝都セントベルム。

 北方の片田舎とは、人の数も街の広さも段違い。

 とてもじゃないが、街のすべてを見て回ることはできなかった。


 周囲はどんどん暗くなり、自身の身体も疲れ果て、アルはとぼとぼと家への道を戻り始める。


 自分が家を出て駆けずり回っている間に、妹は帰ってきているかも知れない。

 そうしたら、まずは妹に謝ってみよう。

 自分の言動の何があんなに彼女を怒らせたのかは分からないが、とにかくまずは謝って、話をしてみよう。


 そう思い家に戻ったアルだったが……やはりレイシアは帰っていなかった。

 暗い部屋に魔導ランプを灯し、アルが深いため息を吐いたその時、


――がちゃり。


 アルの背後で、玄関のドアが音を立てて開いた。


「レイシア!」


 ようやく妹が帰ってきたかと、アルは喜色に満ちた顔で振り返る。


 だが、そこに立っていたのは――……。


「よぉ。残念だったな、てめぇの妹じゃなくて」

「っ、お前は……」


 いつもアルたちを虐げてくる、借金取りの男たちの内の1人であった。

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ルインズエクスプローラー ―冒険者アルと遺跡の少女―  ふくじんづけ @FUKU1639

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